第四六話 碧空、戒羽に叱られる
第四六話『碧空、戒羽に叱られる』
「やられたぁ! またあいつらだ」
といって、やってきたのは邑人の一人だ。
なにをやられたというのかと、家畜であった。
西の都にならって、この邑でも鶏と牛の飼育を導入していた。
係を決めてわりと順調に生育できていたのだが。
家畜を飼い始めたのに勘づいたものがいた。
地狼だ。
以前莉音たち道士の加勢もあって、邑を襲うことが少なくなっていた地狼だが、最近またその行動が活発化してきていた。
なにせやつらは地中に潜れる。邑人の目をかいくぐって家畜小屋や柵の中に侵入するのはお手のものだということだ。
「これはなんとかしないとやられ放題ですねぇ」
転生前に飼ってたウサギがイタチに食べられたのを思い出してブルーになる。
そのイタチは入ったはいいものの狭い小屋から出られなくなって父親に始末されたが。
地狼はそれほどお粗末ではなかった。
邑長の晁雲らが集まって相談がなされ、地狼を退治するしかないという結果になったという。
地狼が害獣として活動する以上、戦いは免れない。
しかし。
元々、この辺りは地狼の縄張りであったのだ。
それを後からやってきた人間が自分に都合が悪いからといって退治するというのも向こうからしたらたまったものじゃないかも知れない。
害獣という言葉からして人間本位の言葉だ。
人間からみて都合の悪い生き物を害獣、害虫。
都合のいいものを益獣、益虫と呼ぶのだから。
生き物からしてみれば自分等なりの行動をしているだけであっても。
なんだかすっきりしないので莉音に頼んで一匹捕まえてみた。
「我をあっさり捕まえるとはただものではないな、と言ってるのだ」
音に精通した、長嘯の道士である莉音が通訳してくれる。
お姉ちゃんたちがすごいだけで僕は平凡なんだけどね。
「なぜ人間を襲うのか訊いてくれる?」
地狼の束縛が外れたら危ないので碧空は近づかせてもらえない。
碧空から質問を聞いた莉音がとことこ近づいていって、地に伏せられた地狼ともしょもしょ話をしてまたとことこ碧空のところに戻ってくる。
手間がかかるが、かわいい。
「我が一族が生き残るためだ。強くなければ滅ぶ。舐められても滅ぶ。後から来た猿もどきに強さを見せつけなければならない、と言っているのだ」
ポカポカ。
「莉音お姉ちゃん、別に怒らないから。多分猿もどきっていったことだろうけど、叩かなくてもいいよ。それと、叩いたわりにはそのまま伝えるんだね」
「我は正直者なのだ」
「人間はあなたたちを滅ぼさない。だからあなたたちも人間に近づかないようにして欲しいって伝えてくれる?」
トコトコトコ……トコトコトコ。
「どうだった?」
「ダメだったのだ」
あらま。
「竹林の虎も湖の竜も龍脈で力をつけて北の獲物を狙っている。北の獲物を狩れば最強。地狼は滅ぼされる。地狼こそが獲物を狩らねばならない、と言っているのだ」
「北の獲物?」
そういえば前に穴の底であったネズミたちも北にはすごい怪物がいるとかそんなニュアンスのことを言っていたような。
「北の獲物ってなに?」
「恐るべきもの。始まりの力の欠片。すべてを呑み込むもの、と言っているのだ」
ふうむ、なんだかわからないがとてもすごそうだ。
どうやら知恵ある妖異妖怪たちの中では有名な話らしい。
地狼たちがそうなるとは思えないけど、いつのまにか最強妖怪的な存在が生まれてたら怖いな。
地狼にもっと話を聞くと、今群れの長は年老いて長の子供たちが次の長となるべく互いに争っている。そいつらが揃って過激派で、人間や他の妖怪を襲ってより強い力をつけようとしているのだという。
「人間を食べると力がつくものなの?」
「我は楽器だからわからないのだが、そういえば妖怪はよくそなんなことを言うな」
そんなに強くないわりには経験値のおいしいエサなのかしら。
ちょっとゲームっぽく考えた。
「そうすると、その長の子供たちがいるかぎり襲われ続けるのかな」
困ったものだ。
尋問した地狼は、色々教えてもらったのにそのまま殺すのも可哀想なので逃がしてあげた。
正直、知り合いの仙人道士たちに泣きつけばそれで解決するのだろうが。
人間のことはなるべく人間だけで解決しないと。
相談しようと思い、地狼から得た情報を戒羽に伝えた。
戒羽は邑長である晁雲の養子で、幼きながら働き者でまじめなので周囲の大人にも一目置かれている。また、碧空と歳が近いので話しやすくもあった。
だが、相談した結果返ってきたのは、意外な反応だった。
あくまで碧空にとって、だが。
戒羽が怒ったのだ。
普段物静かな戒羽にしては珍しいことだった。
「なぜそんなことをしたんだ。お前は、子供なんだぞ!」
「はあ、うん。それはそうなんだけど」
「そういうときはやる前に他の大人に相談……せめて俺に話せ」
「戒羽も子供だけど」
「お前よりは大人だ」
いや、それはそうだけど、せいぜい小学生高学年くらいじゃないか。
「まったく、お前を見ていると危なっかしくて気が休まらない」
戒羽は深いため息をつく。
「そ、そうかな」
戒羽は碧空の話をまじめに聞いてくれる。それなりに認めてくれているのだと思っていたので、こんなに頭ごなしに叱られたことは碧空にとって意外だった。
でも、確かに、地狼に接触する前に相談してもよかったかもしれない。
「……心配、させるな。お前はもう大切な……同じ邑の仲間だ」
実際は莉音のおかげでなにも危ない場面はなかったのだけれど、戒羽は納得しそうにない。
それに。
戒羽は本気で碧空のことを心配してくれているようだ。
だから、碧空は素直に言うことができた。
「ごめんね、戒羽」
「こういうのは、もうなしだ」
「うん。わかった」
「俺を、俺たちをもっと頼れ」
「うん」
「……なら、もういい。みんなのとこに戻ろう」
「お父さんたちも怒るかな」
「怒るだろ。でも」
「でも?」
「俺も一緒に怒られてやる。だから正直に話せ」
「……うん、わかった」
案の定、碧空は大人たちに叱られたが、宣言通り戒羽は碧空のそばを離れることはなかった。