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第四四話 母、出産して、碧空、姉となる

第四四話『母、出産して、碧空、姉となる』



 西の都への遠征から一年が経とうとしていた。

 きょうちゃんこと神農しんのう様のおかげで、邑の農業は一切問題なく発達した。

 なにせこの世界では、人間に農業を伝えた、一大先駆者にして常に最先端の研究をし続けるトップランナー直々の指導なのだからさもありなん。

 思いきり仙道が一つの邑に肩入れしているのはどうかと思うが、元々人であった頃に農業を広めたのが神農であるということで問題ないとなった。

 結局、えらい人のいったもん勝ちなんじゃないかと碧空は思っている。


 邑の男たちは武術を覚え、妖怪や猛獣と遭遇しても大事故に至ることはなくなっている。

 あいつらは手強いと獣なりに感じたのか襲撃も減っている。

 おかげで生活技術の向上や畑の開墾、施設の拡充に時間をかけられる。


 噂を聞き付けてか、ちらほら新しい邑人がやってきた。

 過去になにかあった者もいるのだろうが、元々難民のより集まった邑である。懐が深い。


 邑は少しずつ大きく、豊かになっていく。

 おかげで、土地神問題は棚上げされている。

 このまま忘れててくれないかなーと碧空は思っているがさすがに楽観すぎるだろう。

 しかし、邑には笑顔が溢れるようになり、余裕が生まれつつあった。

 そんな中で、碧空家族に大きな変化があった。


「ああ、おいしい。空の作るご飯は本当においしいわねぇ。こっちのお新香も酸っぱくて最高。いくらでも食べれちゃう、あ、ごめんなさい。お代わりあるかしら」

「あ、あるが……ちょっと、お前最近食べ過ぎやしないか? その、見た目的にも……」

「ええっ、そうでふ? げっぷ、でも全然食べ足りないでぶ」

「そんな。語尾まで変わって……!」


 碧空の母は太った。局所的なデブといってもよい。

 父は急激な変化に心配したが、祖母と碧空には心当たりがあった。


「う……急にお腹が、お腹が苦しい……」

「言わんこっちゃない。早く腹下しの薬草を……!」


 苦しみだした母に狼狽する父を制したのは、祖母だった。


「こら、バカ息子。落ち着いて。私に任せな」


 祖母が母の容態を見る。

 決断は早かった。


「おい、バカ息子。この子を離れに運ぶよ。手伝いな。空は」

「たっぷりのお湯と清潔な布をありったけ!」

「その通りだ。急ぎな」

「あいあいさー!」


 その日は大変な夜になった。

 人ひとり、産まれるというのだから当然だ。

 だけどこんなに、騒がしく、血なまぐさくて、ドキドキして、神秘的な夜を碧空は知らない。

 祖母に産婆の経験があってよかった。

 その夜の日付の変わる頃、母は玉のような女児を出産したのだった。

 しょうもないことに、父は生まれたばかりの娘をその手に抱くまでなにが起きているのか理解していなかったらしい。


「お父さん。あなたの子だよ」


 と碧空が教えてやって始めて実感できたらしく、それから温泉が噴き出したように泣き出してしまった。


「俺の子、俺の子かぁぁぁ! よくやった! よく産んでくれたぁぁぁ! ありがとぉぉぉぉぉ!」


 父があまりに泣くので、碧空の感動の涙が引っ込んでしまった。

 まったく、困った父である。

 しかし、父が母と祖母を労り、他の語彙を失ったように感謝の言葉を何度も何度も繰り返すものだから、碧空もまた父と同じように感極まってしまった。

 妹が産まれたのだ。


 父が最後まで母の妊娠に気づかなかったのは間抜けという他ないが、一応情状酌量の余地はある。

 以前に語られたように碧空はもらい子であり、母には長らく子が産まれなかった。

 母の姉妹もまたみな子が産めなかった。

 原因は不明だが、子を孕めない家系ということらしい。

 父はそれを信じて二人の間に子ができることを諦めていたのだ。


 ところがここに碧空が太乙真人からもらった宝貝パオペエ、霊珠がある。

 これを母体に宿せばあら不思議、母の肉を使って子供が生まれてしまうのだ。

 封神演義における宝貝人間哪吒なたくを参考にしたやり方だ。

 正確には父の遺伝子が入っているかは怪しいが、これだけ喜んでいるんだから野暮なことは言わないでおこう。

 妹の誕生は邑中が喜んでくれた。そも出産の際にも女衆を中心に大いに手伝ってくれたのだ。

 いつのまにか碧空たちも邑の一員と認められていたということだろう。

 仙人たちも訪れ、新しい命に祝福を授けてくれた。


「人も獣も器物も分け隔てなく愛し愛される美しさを」

「命を慈しみ死を悼む思いやりを」

「喜ばしきを喜ぶ感性を」

「苦難にあって心折れぬ力強さを」

「薬や毒で倒れない忍耐力を」

「たゆまず向上する心を」


 これほどに人々に愛され、祝福された子があるだろうか。

 この子は幸せ者だ。

 一等上等な布にくるまれて、母のとなりですやすやと寝息をたてる赤子を優しく見守る。

 莉音、燕青、紅蘭、玉鼎ぎょくてい真人、きょうちゃん、太乙たいいつ真人。


「それで名前はどうするのだー?」


 莉音の言葉に碧空は父を見ると、目があった。

 なにかおかしい。

 その場にいた全員の視線が自分に集まっていることに碧空は気づいた。


「え、私ですか?」

「ああ、君が名付けるのがいいと思う」

「そうにも出ているね」


 玉鼎真人、いつのまにか占ってた太乙真人が次々に言う。


 名前か。

 難しいなぁ。

 転生前RPGの主人公に名前をつけるのにも悩んで一向に冒険が始まらないタイプの人間だったんだよなぁ。

 しかも女の子の名前ともなるとゲームみたいにやり直しもできないし。


「空はまた難しい顔をしてるのだ。直感を信じるのだ」


 と莉音が言う。

 直感と言われても。


「いや、どういう子に育ってほしいか意味を込めるべきだろう」

「堅いわねえ。子供の名前なんてとりあえず、産まれた順から一、ニ、三てつけるものでしょう。ちゃんと育ったらきちんと名付け直せばいいのよ」

「いや、師姉。多産の動物やそういう地域もあるようだが……」


 燕青と紅蘭が言い争っている。

 子供が成人まで育つのが珍しい時代だ。そういう理屈もわかるが、碧空はきちんと名付けてやりたい。

 封神演義ではいずれ、同じ方法で李哪吒リナタクが生まれる。


 那咤には兄が二人いてそれぞれ金吒きんたく木吒もくたくといったか。

 すると土吒どたくとか水吒すいたくとかのほうがいいのか。でもかわいくないなぁ。

 そういえば日本ではナタクと呼ぶのが定着したけど本当は誤訳で、ナタと呼ぶのが正しいんだっけ。


 あれでもないこれでもないと悩んでいると、赤子がぱっちりと目を開いた。

 生まれたばかりでは視覚は機能していないらしいが、碧空はそのとき目があった気がしたのだ。

 つぶらな黒い瞳。

 しかし光彩を放ち紫がかった青のようにも群青のようにも見えた。


瑠璃るり


 碧空はつぶやいた。


「この子の名前は瑠璃だ」


 その瞬間、幼き妹はきゃっきゃと笑った。

 まるでその名前を気に入ったようだった。


「瑠璃」

「瑠璃か」

「七宝の一つ。なるほど。素晴らしい名前だ」


 みなにも異論はないようだった。


「瑠璃」


 碧空がその名を呼びながら指を近づけると、瑠璃は赤子とは思えないほど力強く碧空の指を握ったのだった。

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