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第四三話 姜、邑を訪れ野草を食う

第四三話『姜、邑を訪れ野草を食う』



 碧空が兄弟と次はなにを作ろうか等と雑談混じりに話していると、道の途中で女性が仰向けに倒れていた。


「え、大丈夫ですか?」


 慌てて助け起こすと、見た目幼き少女は息も絶え絶えに手に持った野草を見せつけ、


「こ、この草……」

「これがどうしたんです。まさか毒草……?」


 少女は首を振った。


「この草、くそまずい……」


 それを最後の言葉として、女は気を失った。


「なんだこいつ……」


 初対面であったが修均しゅうきんは言わずにはいられなかった。


「彼女は好奇心が人一倍強くて、野草とかを見たら食べずにはいられないんですよ」

「なるほどわからん」


 通宝つうほうが唸った。


 とりあえず碧空の寝床へとつれていき介抱する。

 碧空と彼女とは面識があった。

 紅蘭の紹介で二回ほど碧空のご飯を食べに来たことがあるのだ。


きょうちゃんて呼んでー」

「あ、はい。姜さん」

「だーめー姜ちゃん!」

「じゃあ、姜ちゃん」

「うむーよかよか」


 少女の見た目で言動もあどけなさが目立つが、紅蘭が恭しく接しているのを見るとそこそこえらい仙人なんじゃないかなと思う。


 前に紅蘭の依頼で作った、ゆったりとしたフリルつきの服を着ている。ティアードドレスをちょとだけ意識したデザインだが、もちろん誰もわからないので適当にいって渡した。

 いつもは紅蘭と一緒にくるが今日は一人できたのだろうか。


 苦い草をかんで目を回しただけだからすぐに目が醒めるだろうと、祖母に看病をお願いして水汲みにいっていたら母が碧空を呼びに飛んできた。


「空、大変よ。あの子が……!」


 慌てて家に帰るとひどい光景が広がっていた。

 祖母の力付くの制止も聞かずに姜ちゃんが、碧空がこっそり採集しておいた木の実や野草や漬け込んでいた果実などあらゆるものを、およそ食べ物とは思えないものまで口に含んだりかじったりしては、


「まずい!」

「激しくすっぱい!」

「むむむ、これは胃に効く!」


 などといちいち喚いていたのだった。

 気づいたときには碧空は招仙笛を吹いていた。



「大変申し訳ありませんでした。碧空さん。一人では決して、せめて供を連れて訪れるようにと申し上げていたのですが」


 あっというまにやってきた紅蘭が姜ちゃんを抑えてなんとか場は収まった。

 試作していた調味料も大分被害にあったが、まぁまた作ればいいだろう。


「こないだ食べた枝豆が食べたくなってついきちゃったー! めんごめんごぉ」


 ニンニクと調味料で味付けしただけの枝豆だが、姜ちゃんはいたく気に入ったらしい。

 この世界の仙道はみんなニンニク好きなのだろうか。


「お詫びってわけでもないけどー、こないだお願いされてた件、喜んでやっちゃうよー」

「あ、ありがとうございます」

「空、お願いしてた件ていうのはなんなんだい?」


 祖母がいぶかしんで聞いてくる。

 さっきの暴走ぶりを見ているから警戒するのも無理もない。


「姜ちゃんは農業にとても詳しいんだそうです。植物の知識も豊富で、この土地にあった農業指導をしてくれるって」

「ふーん。この子がねぇ」


 タイミングがよいので晁雲ちょううん戒羽かいうにも来てもらった。


 姜ちゃんが豊富な知識を持っていること、農業指導の実績もあることを説明したが、二人は既にこっそり仙道の知己を得て理解があるとはいえ、姜ちゃんの性格が奔放すぎてさすがに半信半疑であるようだ。


「俺たちは元々狩猟を主としていた。多少知識のあるものも災害で失ったから、指導してもらえるなら嬉しいが……」


 この邑はまだ自給自足できる力があるとは言いがたい。

 山や森の恵が不足したり、不猟不漁が続くと豊かな土地を求めて移動を余儀なくされるだろう。

 そのために農業技術の向上は必須なのだが……。


「姜ちゃんはすごいぞー。けっこーたくさん、色々なことをいーっぱい知ってるぞー。任せろー」


 聞いていると不安になってくるのはなんでだろう。

 なんともいえない不安を抱いていると、ふいに一羽のとんびがやってきて窓枠に止まった。


「お話し合いのところ失礼します。大帝陛下、天上での会議のお時間が迫っております」

「えーもういかないとだめー? まだ碧空のご飯食べてないのにー」

「お歴々をお待たせしてしまうことになりましょう」

「しょうがないなー。じゃあまた今度ねー。次は絶対枝豆食べるー。あ、もっと色々おいしいものを用意しててもいいんだよーなんでも食べちゃうー」


 姜ちゃんはその場の一人一人に気さくにじゃねーと挨拶をすると、巨大化した鳶にまたがって光速で去っていった。

 あの鳶は特別な使役獣なのだろう。紅蘭の大鷹の何十倍もの早さが出せるみたいだ。


「ありゃすげえ……」

「見かけによらねえな。あれは名のある仙人に違いない……」


 この場には、邑でも仙道の知識がある人が揃っていた。

 邑長の晁雲、その後継の戒羽、元道士の不戯ふぎ、通宝と修均の沙兄弟、碧空の父、母、祖母。

 だが、そのことに気づいたのは碧空だけだった。


「紅蘭姉様、もしかしてなんだけど」

「……なんでしょう」

「姜ちゃんて、神農しんのうって名前じゃない?」


 神農大帝。農業の始祖にして神。

 あらゆる薬や毒を口にして解析したとされ、そのせいで一日に七十回お腹を壊したという。

 仙人の親玉、原始天尊げんしてんそんとどっちが偉いのかわからないが、同じくらいは偉い仙人にして神様だ。

 紅蘭の巫蠱ふこは仙薬に長じる系統だからそういう意味でも筋は通る。


「ふふふっ、どうでしょうね」


 紅蘭は蠱惑的に笑うだけだった。

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