第四一話 沙兄弟、故郷を離れて自由を満喫する
第四一話『沙兄弟、故郷を離れて自由を満喫する』
碧空一行は無事に邑へと帰還した。
まずしたのは、関不戯と沙兄弟のことを晁雲を通して邑人に紹介したことだった。
晁雲には都合上仙道のことはある程度伝えている。
山賊みたいな風貌だし、実質山賊みたいなことをしていた晁雲であるが、これでいてなかなか物分かりがよく人望もある。
不戯たちの人柄がよいこともあって、すぐに邑人たちと打ち解けた。
「まだまだ晁雲さんに任せれば邑は安心だなー」
不戯の武術指導も始まり、狩猟の成功率、傷病率はみるみる改善されていくことになる。
「おらおらおらぁ、この程度でへばるな、情けない。根性見せてかかってこい」
「へ、へい、もう一丁お願いします、失恋大将」
「失恋大将いうなぁぁ!」
意外な恩恵となったのは、沙兄弟の存在だった。
彼らは不戯には敵わないものの武芸を納めており、なにより都の知識や技術に通じていたのである。
「兄者、ちょっとこの柱支えて」
「おお、この角度でいい?」
「おお、それそんな感じ」
二人は率先して道具や建物を作り始めた。
実のところ。
西の都で見聞きしたことは碧空にとって大変刺激になるものだった。
碧空はそこそこ気にしいな性分である。
自分という異分子の言動がどれだけこの世界の常識から外れているのか、本来歩むべき歴史を歪めてしまわないだろうか。
そういうことを気にして行動をセーブしがちだった。
もっとも、実践できていたかはまた別の話であるが。
それが、先のことで関天翔という思いきりやっちまってる存在を知った。
関天翔が転生者なのか、はたまた別の事情があるのかは知らない。興味もない。
だが、あのくらいまではやっていいという目安は大変助かる。
それでおかしなことになったとしても。
碧空のせいじゃないと言い張れる。
「我ながらひどいやつだなー」
そう思いつつも、心が軽くなるのを感じる。
「わあああ、完成したんですか」
「まぁ、最低限だけどねー」
沙兄弟が作ったのは一見小屋のようなもの。
しかし、その実態は水洗トイレであった。
今までは森の奥や川辺までいくか、専用の木桶に貯めておいて後で捨てにいっていた。
この水洗トイレの建設によって衛生環境は劇的に改善され、病気の発生率も低下するだろう。
なにより現代人のトイレ経験をもつ碧空には、かなり心理的に楽になる。
田舎の祖母の家にあったボットン便所を改良したようなものだが。
その辺でするよりかなりマシだ。ビバ水洗。
「せっかくの人糞は流れちゃうけどなぁ」
沙通宝が気にするのは、人糞は畑の肥料として使われるからだ。
この邑ではまだ畑作は本格的に行われていないが、西の都では人糞も家畜のと同じく貴重な肥料とされていた。
碧空のおぼろげな前世の知識でも、人糞肥料は江戸時代を過ぎたわりと近代まで使われていた気がする。
「まぁその辺は大丈夫ですよ。あてがありますから」
「あて? まぁ俺たちもまるきり知らない訳じゃあないが」
碧空の口ぶりだと沙兄弟以外に頼りになる相手がいるのだろうか。
それよりも、と碧空は気になっていたことを口にした。
「お二人はついてきてよかったんですか?ここはできたばかりの辺鄙な邑で、都と違って不便なこともいっぱいあるでしょう」
「確かに。水汲みも大変だし酒の質もわるいし家畜もいない。道もでこぼこだし虫も多い。でも……まぁこんなもんだろ」
なぁ、と通宝が修均の顔を見ると、弟はうなずいた。
「鳳王様が生まれてから都はどんどん発展してった。悪いものはすぐに改善されていいものに変わってった。一日がかりでやらなきゃいけなかったことが半刻で終わって楽になった」
「じゃあどうして」
「それがまぁ、俺たちでもうまく言えるかわかんないんだがな。勘違いしないで欲しいんだがなにも、俺たちは変わっていくことが嫌いなわけじゃない。工夫して便利になれば楽になるし、辛い仕事が安全にできるにこしたことはない。ただ、なんか、一つのことに慣れないうちに次から次から新しいものができていったんだよな」
「それが嫌だとか駄々をこねるつもりはないんだ。鳳王様は、仕組みや道具に関しちゃ間違ったことはいってなかったし俺たちも賛成してた。でもよ。そんなにどんどん変えなくてもいいんじゃないか。これはこれで、昔のまんまでも味があったよ、なんてこともあったんだよね」
碧空はしみじみと、沙兄弟の愚痴ともつかない話を聞いた。
そして、すぐにこの二人の人柄を好ましく思うようになった。
「あれ? でも沙家って、関王家を代々守っているんじゃなかったでしたっけ」
「あーいいよいいよ。うち、兄貴いるし」
「なにより直系の恵風さんがいるしねー」
そういって二人は呵呵と笑った。