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第四十話 恵風、親友の旅路に祝杯をあげる

【第四十話】恵風、親友の旅路に祝杯をあげる



 西の都関邑から東へと帰る途上。

 玉鼎真人の操る乗騎、黒馬の絶影の後ろに相乗りしながら不戯はすっとふて腐れていた。


「不機嫌そうだな」


 玉鼎真人が背中越しに尋ねる。


「当たり前でしょう」

「気がかりがあるのなら力になろう。言ってみろ」

「あああああ、このじじいなんにもわかっていねえ!」


 暴言をはいたカドで玉鼎真人に拳骨を落とされた不戯へと、碧空は憐れみをこめた視線を送った。

 不戯の秘する想いを伝えた方がいいと思った碧空ではあったが、あの展開はさすがになかったなと反省する。


 ともあれ、失恋した不戯は半ば自暴自棄気味に都を離れることを同意してくれた。

 碧空たちの邑の武術師範となってくれる約束だ。

 それは当初の目的通りとして、予想外の人間もついてきていた。


「さて、どんな邑だろうか楽しみだな」

「まぁ、勝手についてきて楽しみもなにもないけどな」


 燕青の乗騎、空飛ぶイスことその名もズバリ飛来椅に腰かけて軽口を叩く二人。

 沙修均と沙通宝の、ひげ武人兄弟だ。

 大柄な二人が乗ると飛来椅は飛び上がるとき大分ふらふらしたのだが。

 この二人の豪傑は「うおおお、結構揺れるな」「やばいやばい。想像以上に怖い」と口にしながらも結構楽しげだったので腹が据わっているのだろう。


 別に誘ったわけではないのだが、ついてきてしまったのだ。

 碧空の作った料理を美味しそうに食べていて、悪い人に思えなかったので反対する気も起きなかった。


「それじゃ、邑に帰りましょうか」


 莉音の懐に抱えられる形で碧空は大鷹にちょこんとまたがる。

 この大鷹は紅蘭に借りた使役獣だ。よくしつけられていて碧空のお願いもよく聞いてくれる。


 時刻はまだ昼過ぎ。

 乗騎は地上を歩くよりずっと早いので、日が落ちきる前に帰りつけるだろう。

 しかし、空の人となってからも燕青だけがずっとそわそわしている。


「燕青姉さんどうかしましたか?」

「いや、気のせいであればと思うのだが」


 碧空が前に座る燕青に尋ねると、困った顔が振り返った。


「どうも緊縛縄を落としてきてしまったかも知れない」




「は、早くこれをなんとかしろー」

 西の都の立派な王宮で切羽詰まった声をあげているのは、誰あろう、やんごとなき鳳王殿下であった。

 その幼い体には、蛇のように生き生きとした縄が絡み付き、束縛している。

 そういうプレイではない。

 燕青の宝貝緊縛縄である。


「しかし、殿下。この縄、どうやらただの縄ではないようなのです」

「ただの縄が勝手に動いてたまるか!」

「いえ、ですが、力でほどけず火をかけても焼けず刃をあてても斬れず、まったく手のほどこしようがない次第で」

「いやはやまったく不思議なものもあるものですなぁ!」


 従者たちが手をこまねいているなか、不敬ともとられかねない態度で笑う者が二人いた。

 一人は鳳王関天翔の実母、蛍雪。

 そしてもう一人は都の豪将、沙恵風である。


「天子であるからと人心を考えないから天罰がくだったのです。反省なさい」

「そんな母上……」

「まぁまぁ鳳王殿下。慌てなさるな。某の見たところ、その縄に邪気は感じられません。むしろ殿下を気に入ってじゃれついているのでしょう。そのうち遊び疲れて大人しくなりますよ」

「なにを根拠に、いいから今すぐなんとかせよと……」

「いやあ、民のみならず縄にまで愛されるとは、鳳王殿下の仁徳は限りがありませんなぁ」


 恵風はかんらかんらと笑って話を打ちきり、窓のそばまでくると空に向けて酒杯を掲げた。

 恵風は並び立つほどのない剛の者で血筋もよく人望があり、かつ鳳王を積極的に支持し野心がない。

 だからか、殿下の面前でこのように小馬鹿にしたような態度も許される稀有な存在であった。


「もういってしまったかしら」


 いつのまにか蛍雪が近くに来ていた。

 蛍雪の想っているのは、あの不器用で拗らせものの未練たらしのことだろう。

 振った相手とはいえ、本当の弟のように想っていたのは真実なのだ。心配もするだろう。

 うわべの言葉でなく、心から思いやり、またその様が美しい人。

 だが、そういう態度が誤解のもとだと恵風は知っている。兵士の中でも人知れず思慕している者は大勢いるだろう。

 試しに力づくの取り合いでもさせてみたら邑が滅ぶのではないだろうか。

 まったく厄介な人たらし。傾邑である。


「不戯のことなら心配ありませんよ、姉上」


 恵風は適当に言った。


「あいつのあんないい顔、久しぶりに見た。いつの頃からかしょぼくれた顔ばかりするようになりやがって」


 言っていて、恵風はその通りのように思えてきたので実の姉に笑いかける。

 蛍雪にはさっぱりわからない。

 ただ、今日促されるままに不戯に言ってやった瞬間は確かに自分が正しく不戯のためにもなると思ったものだ。

 しかし、生まれて以来まるで血を分けた兄弟のように育った恵風はその片割れが去って、寂しくも不安にもならないものだろうか。

 しかし、そんな姉の思いも意に介さず、恵風はなみなみと酒を注ぎ、


「姉上は本日大変素晴らしいことをなされた! その功績と親友の苦難に、乾杯!」


 酒杯に映る月を一気に飲み干すのであった。


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