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第三九話 不戯、大衆の面前で失恋する

【第三九話】不戯、大衆の面前で失恋する



 空気が変わった。

 今まで兵士を圧倒していた不戯が身構える。


 沙恵風さけいふう

 爽やかな風をまとったような相貌。

 なのに歩き方一つとっても武術家であることを示す堂々とした態度。


「関邑一の武人、恵風将軍がいらしたぞ。さすがの道士殿下もこれまでだな」


 周りの評判もよい。不戯も相当だが、どうやらこの人も優るとも劣らない、とても強い人らしい。


「あの、お二人はなにか因縁でもあるんですか?」


 こっそり近くにいた兵士に聞く。


「幼馴染みのケンカ友達、なんだよ。沙家は昔から関家に仕える一族で、二人とも子供の頃から仲が良かったんだ」


 というかこの人、沙修均とかいう人だ。沙通宝も近づいてきて。


「俺たちは恵風さんとは従兄弟なんだけど、正直あの二人には負けるなぁ。俺たち以上に兄弟みたいだ」

「なにをのんきにしているんだ恵風。兄上が乱心した。早く取り押さえよ」

「へいへい殿下。委細承知致しましたよっと」


 不戯と沙恵風は一騎打ちを始めたが、二人の息が合っていて、演舞というかダンスのようだ。

 手を抜いているわけではないだろうが、勝負を楽しんでいるように見える。


「酒の飲み過ぎで腕が落ちたんじゃない? 不戯ちゃん」

「お前相手には酔っ払ったくらいで丁度良いんだよ」


 永劫に続くかに思われた対決。

 あまりの長さと見事さに野次馬たちは腰を下ろしてやんやと騒ぎ始めた。


「おい、誰か串焼き買ってこい。数は、えーと、嬢ちゃんたちも食べるよな?」

「莉音たちもいいのか?」

「いいよいいよ。あ、ほら、そこな兄さんには酒を」

「ふむ。いただこう」


 娯楽の少ないこの時代。

 不戯たちの勝負は娯楽認定されてしまったようだ。

 どの時代でも男の子は戦ったらどちらが強いか、考えたがるものである。

 最強なんて言葉に囚われ続けるのはお偉い仙人様を見ても明らかだ。

 たまたま碧空は距離をおいているが。


「どうしようか、碧空」

「逆らっても仕方ないです。ここは流れに委ねましょう」


 とはいえご馳走になるだけというのも悪いので。

 莉音の袖に収納していた調理器具と食材を使って山クラゲのピリ辛炒飯を作る。

 山クラゲとはそういう通称の山菜のこと。米とは違う食感が楽しい。

 幼児でも扱える中華鍋は、紅蘭に作ってもらった。仙人の技術が使われているので、ムラなく火が通る。

 火は莉音の誘行唱の術で起こす。


「お。なんだこりゃうまいな、米がパラパラ。この山菜は辛くてポリポリ。口にホイホイ入ってくるぜ。とまんねえ」

「お、おい、通宝。俺にもくれよ、一口、一口」

「あー、うまそう! 俺にもくれ」

「我にもだー。碧空のご飯は我のものなのだー」


 その輪に交わらないのは天翔くらいのもので。


「お前たち、なにをやっているんです。暢気に敵と食事をとるだなんて、恥を知りなさい」

「鳳王様……」

「まぁまぁ、弟さんも、はい、麻婆マーボ

「この私に麻婆を突き出すな!」


 天翔がぷりぷり怒っていると道の向こうからやってくるものがいる。


「これは一体どういうことですか。天翔」


 その華やかで美しい人は誰あろう。天翔の生母、関王妃であった。

 いかに戦い事にはうとい王妃であっても天翔の手勢ばかりが雁首揃えて不戯を痛めつけていたことは察しがついた。


「いえ、これはその……」


 関王妃の咎める視線を向けられて天翔はなにも言うことができない。

 本来ならこの時間、関王妃は花園の世話をしているはずだ。

 滅多に外出しない王妃がよりにもよってこの場にいあわせたのは、仙人たちの策略である。


 一度現状を見てもらった方がいいと思った碧空の提案により、莉音が不思議な燐光を放つ胡蝶を遣いに出したのだ。


「義母上様、ご安心召されよ。これは絆を深める儀式にござる」

「そんなわけがないでしょう!」


 関王妃はキッと、人柄に似つかわしくない厳しい目を息子へ向けた。


「天翔。なんですかこれは。まだ成人にも達しない幼児のくせしてこんなに兵士のみなさんを引き連れて迷惑かけて」

「いえ、母上これは」 

「黙りなさい。聞く耳もちません。ええ、貴方は私のお腹から生まれたとは思えないくらい賢いわ。民を導く、王の資質も持っている。自慢の息子です。でもね、口ばかり達者になってちーっともかわいくない! お母さんはがっかりです!」

「か、かわいくないって…」

「鳳王だかなんだか知らないけどいい気になるんじゃありませんよ。もっと母に甘えてくれなければ、貴方はただの親不孝ものです!」


 普段は見られない剣幕に、稀代の天才と謳われる関天翔はエサを待つ鯉のようにパクパクと口を開くしかなかった。

 その様子に噴き出してしまうものたちにもまるで気づかない。


「不戯さん」

「あ、はい!」

「不肖の息子がご迷惑をおかけしました。償いなら望むままに。愚弟のしでかしたこととお笑いください」

「いえ、大したことではありませんでしたから」

「そんなことねーだろ」


 不戯は悪友恵風にお前は黙ってろという意思をこめて睨む。


「あーあ、ここまでか」


 恵風は拗ねたようにそっぽをむいた。


 関王妃は不戯の負った傷一つ一つに心を痛めては、謝罪の言葉と共に無事な不戯の手をたおやかな自らの両手で包んだ。

 そして気づいた。

 不戯はなんとか隠そうとしたようだったが、関王妃には粉々に砕けたそれがかつて彼に贈った翡翠であることをわからないはずがなかった。


「あの、義母上」


 言葉を継げない不戯を待たずして、関王妃はすっかり見上げるようになってしまった義理の息子の顔を見た。


「不戯さん、あなた、私のこと好きって本当?」


 ずこっ。 


「な、なな、なんでそんな」

「だって、そこのお嬢さんたちが教えてくれたの」


 くるり、と碧空たちを見る。


「いや、私は一応止めたんだが……」と申し訳なさそうな燕青。

「なにも隠す必要はあるまい」と玉鼎真人。

「気持ちは伝えた方がいいと思って」と碧空。

「好きなら好きって言うものだぞ」と莉音。


 多数決により真実を告げるに決定。


「あんたらなぁ!? 俺の繊細な気持ちをどうしてくれるんだ!?」


 動揺する不戯に、関王妃は容赦なく自分へと意識を向けさせる。


「それでね、不戯さん」

「え、はい!?」

「私、あなたのこと……愛しているわ」

「え、義母上……いや、蛍雪けいせつさん、それって……」

「あ。勘違いしないでね。あくまで、息子としてね」

「……あ、はぁ」


関王妃こと関蛍雪はあっけらかんと、明るく魅惑的な笑みを浮かべた。


 それは、不戯が愛し、古い昔に恋に落ちた、あの表情だった。


「じゃなきゃ弟ね。出会った頃から男性としてみたことはないの。そうじゃなくても全然好みじゃないわ。私もっと濃い顔立ちが好きなのよねぇ、恋愛対象外だわ。たとえ陛下と結婚しなくても、不戯さんはないわ。ごめんなさいねぇ」


 こうして。


 不戯は弟や部下を含めた大勢の面前で、義母にフラレたのだった。

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