第三話 光希、異世界太華に転生す
【第三話】光希、異世界太華に転生す
高校生、青井光希は死んだ。
寸前の記憶はないのでおそらく病気か事故で苦しむ間もなく死んだのだろう。
自分の死について、誰かが説明してくれたようにも思うが、はっきりしない。
そのことを思い出そうとすると頭に靄がかかったようになって、思い出すことができないのだ。
ただ、かすかにこんな会話をしたような気がする。
「……お客様のポイントはこれだけ貯まっていますがいかがいたしましょう。ご使用なさいますか。お客様でしたら王族貴族確定美中年ショタッ子、オプションで魔法の素養や幼馴染み、尊敬できる父親など選びたい放題ですよ」
「え? なんでもいい? ポイントはご使用されない? なんでですか。望むままの人生が歩めるだけのポイントが貯まっているんですよ。ていうかどれだけの善行を積めばこんなに貯まるんですか。特に思い当たることはないって、そんなことはないでしょう。なにかあるはずですよ。言ってみてくださいよ。え、電車で老人に席を譲ったり荷物持ってあげたり? 困ってる人に道案内したり乳母車運んであげたり? 悪口言われても許したりママゾンのレビューで悪評書かなかったり? 聖人ですかあなたは」
「ははぁ、なるほど。小さな善行を、なんでもないことのように積み重ねてきたわけですか。どこの誰でもできるようで、なかなか真似できませんね。こういうことは。奥ゆかしい性格のせいで、ありとあらゆる割りを食ってきたのがポイントの習得に拍車をかけたんですね。まぁ、さておきポイントの話ですよ。使いましょう。選びましょうよ。そこいらの人がどれだけ願っても手に入らない、恵まれた環境がいくらでも選べるんですよ?」
「え? 『どんな人生でも自分らしく努力して生きていくだけだから』? じゃあ、このポイントはどうするんですか。え? 『必要とする誰かに譲ってあげてほしい』そういうわけにはいかないんですよ、ルールですんで。ああ、もう、そんな徳の高いこというからまたポイント増えちゃったじゃないですか。どうするんですかこれ」
「じゃあ、もう私が勝手に決めちゃいますよ? それでいいですか? もうね、貯めるだけ貯めて使わないと社会が回らないんですよ。世界は循環することで成り立っているんです。特に持てる者はね、積極的に使わないと、ええ。だから使っちゃいますよ。私好みにね」
「あ、ちょうどね。あなたのような魂を必要としている次元世界があるんですよ。そこにしましょう。どこでもいいっていうならね。相性ばっちり。きっと無双できちゃいますよ。こんだけチートしてたらね。まぁ、それでも大量にポイント余ってますけど」
「それでは。いってらっしゃいませ。お客様。あなたの歩む道に幸多からんことを。次に会うときは、その困ったちゃんな性格が少しはマシになっておりますように」
そうして、光希が生まれ直した先は、いわゆる古代中国そっくりの世界であった。
名を太華という。
こういったときは大概、中世欧州風ファンタジーになるものなのではと思ったが。
考えてみれば、みんながみんな、そちらの異世界にばかり行くというのもおかしな話である。
中華な異世界に行くこともあろう。
「三国志とか好きだから、まぁ、いいか」
後で判明するが、三国志よりもっと前の時代であった。
三国志より、キングダムより、もっと前。
封神演義。神話の時代。
もっとも、似てるというだけで違う世界のようだけれど。
マンガや小説、歴史の教科書でしか知らない世界。
かすかに記憶が残っているのは、三途の川の水飲みが足りなかったからか。
念入りに顔を洗って水を飲めと言われたのだが、亡者がひっきりなしに行き交う川の水を飲むことが、どうにも気が乗らず、躊躇っているうちに次に進めと言われてしまったのだ。
なんだかの特典利用者は飲むのも飲まないのも自由、と張り紙もあったからまぁ、別によかろう。
そんなわけで転生を果たした光希であったが。
なんとかこちらの言語を覚えたものの。
別段、なにをしたいというわけもなく人生を過ごしている。
賑やかな都に生まれ、赤子のうちに今の田舎へと連れてこられて、豊かな自然と優しい家族に囲まれて育った。
のんびりスローライフ。それができれば十分。
異世界転生すると、チートで無双とかするのが安定の展開だが、別にそういうのはいいやと思っている。
先日、老人と共に猿の妖怪に教われた後。
はぐれていた父親とは、すぐに再会できた。
老人が告げる方向に歩いていくと、難なく出会えたのだ。
娘が遭遇した不思議な出来事を話すと驚いたが、信じてくれたようだった。
「信じてくれるんですか?」
「そういうこともあるだろう。僕は娘の言葉を信じるよ」
文明が発達しておらず、不便が同居して娯楽が離別している生活だが。
「『なんにもないがあるんだよ』って、こういうことなんだろうなぁ」
父の背に揺られながら、碧空はそう思うのだった。