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第三三話 碧空、西の都に行く

【第三三話】碧空、西の都に行く



 月夜の手習い作戦は経過が芳しくなかった。

 達人の武芸を見て覚えろというだけだから、改めて考えれば難しいものがあったのだろう。

 邑人たちは思うほど上達しなかった。


 ただ、そんな中、戒羽だけは違った。

 水を吸う綿のように、玉鼎真人の技を吸収していく。


「彼は筋が良い。仙骨さえあれば弟子にとりたいくらいだ」


 玉鼎真人のお墨付きだ。

 とはいえ。


「戒羽さんだけじゃなく他の邑人も上達して欲しいんですよね。自分の身を守れるくらいには。いずれは戒羽さんが教える側になってくれると期待したいけど」


 師範代みたいなのが欲しいな。

 ということを月夜の指導に来た玉鼎真人に相談したところ。


「なるほど。師が不在時に代理で教える者ということか。そういう者がいれば確かに便利だ」


 今の仙人界の教育システムには師範代という概念すらなかった。

 師が弟子をとるだけの少人数制だから今まではそれでなんとかなったのだろう。


「しかし、弟子とはいえ仙道であれば直接指導するのは、仙人界の掟にふれることになりかねない。いや、待て。適任の者がいる」


 そして、玉鼎真人は一人の名を挙げた。


 不戯ふぎ

 玉鼎真人の元弟子。

 武芸に秀で、道士と戦えば敵う者なし。


 だったが、素行が悪く、訓戒を破るのもしばしば。

 それもあってか仙術をまったく覚えられなかった為、本人の希望もあって破門とした。

 今は故郷である西の都にいるという。


「その人なら私たちの邑に指導をしてくれるんですか」

「ああ、既に破門した身。問題はない。それに実力は折紙つきだ」


 碧空は玉鼎真人の提案に従い、不戯を邑の武術師範として招聘してみることにした。



 西の都は遠いが、仙人の乗騎で飛んでいけばそれ程の距離があるわけではない。

 碧空のことも西の都まで連れて行ってくれるという。


「元弟子が問題を起こしていないか、師匠として確認する責任がある。今回はそこにたまたま彼を邑に招きたい君が同行するというわけだ」


 燕青が静かに頷いているということは、仙人界の規則にも抵触しないのだろう。 

 同行者は玉鼎真人、碧空、燕青、莉音。

 紅蘭は邑の防衛の為に残った。


「留守は私にお任せ下さいな。一人で十分ですわ。それに」


 いい女は待つもの、でしょう?

 と言う紅蘭が色っぽすぎて怖い。


「ところで、燕青姉さんはどうして縄に縛られているんです?」


 燕青は着物の上から縄に縛られていた。

 体の輪郭を浮き上がらせるかのように縄が走っていて、ちょっと妖しい。

 動揺しているからか、狐の耳と尻尾が出てピコピコ揺れる。


「いや、これは、湖よりも深い事情があってね、その、つまりね」

「我が代わりに説明するのだ」


 見るに見かねて、莉音が代わりに説明する。


「これは燕青の趣味なのだ」

「ち、違うぞ。バカ者ー」


「まさかまともだと思っていた燕青姉さんにこんな性癖があったなんて」

「違う。違うんだ。というか、性癖とはどういうことだ」


 後に、縄で縛られた女仙が一般人に目撃され、太華における縄芸術の始まりとなる。


 それはさておき。

 宝貝パオペエにはこれまで兵器としての性能ばかりが追及されてきた。

 ところが、先の件で燕青は自分が先入観に囚われていたことに気づいた。


 兵器としてはいまいちな宝貝パオペエに調理器具としての側面があったように、今まで切り捨ててきた部分にも見方を変えてみたら価値が出てくるのではないか、と。


 そうしてできたのがこのあえて命令なしに発動する自律式宝貝、緊縛縄きんばくじょうなのだが……。


「私の命令を聞かずに勝手に這い回って……ん。や、やめるんだ。そんなところを縛っては……あ、ああ、んんっ。だめ。だめっ。やめてぇ……」

「なにをしているんだ」


 緊縛縄の暴走は玉鼎真人が呪文を発して一瞬で解いてくれたので、一行は西の都に向けて出発した。



 仙人の乗騎は早く、半日もかからず西の都に到着した。


「ここが西の都、大邑で知られる関邑かんゆうですか。活気がありますね」


 城壁に囲まれた関邑の都市レベルは、太華の水準でかなり高い位置を維持しているのは疑いようがない。

 治水や工業、生活排水なんかも発達しているみたいだ。


「お嬢ちゃん、かわいいねぇ。おまけするから梨を買わないかい」

「いやいやかわいいお嬢ちゃん、うちの梨を買いなよ」

「うちの梨だ」


 この邑では随分商売が盛んなようだ。

 枝邑では貨幣という概念すら一般的ではなかったが。


「貨幣を発明したのがこの邑の王だそうだよ。ここから周辺の邑に普及していったらしい」

「そういえば、私が俗界にいた頃は貨幣というものはなかったね」


 玉鼎真人が興味深そうに頷く。

 といっても枝邑なんかじゃ邑内ではいまだに物々交換だが。

 聞けば、この関邑の王は周辺の有力な豪族をとりこみ、権益や領地支配を認める代わりに邑々の盟主となったという。


封建ほうけん制ですか」


 他の邑より進んでるなぁ。

 莉音が碧空を抱き上げて。


「せっかくだから色々見てまわるのだ。碧空となら楽しいのだー」

「こら、莉音。遊びに来たんじゃないんだぞ」


 腰に手を当てて叱るポーズの燕青を碧空がなだめる。


「まぁまぁ。玉鼎真人さんの元弟子さんもどこにいるかわかりませんし、聞き込みがてら見てまわりましょう」

「さっすが碧空は話がわかるのだー」

「ふむ。人間界の現状を見るのも一興か」


 玉鼎真人は真剣な表情で関邑の邑人の生活ぶりを観察している。

 もっとも、玉鼎真人の表情が真剣なもの以外であることは大変珍しいことだが。


「碧空に玉鼎真人様まで。それならば私もこれ以上とやかく言うつもりもありませんが」


 しぶしぶといった態度を見せるが、碧空には燕青の見えない尻尾が見えるようであった。

 燕青姉さんも本心は遊びたいのかな。

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