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第三二話 碧空、玉鼎真人に求婚される

【第三二話】碧空、玉鼎真人に求婚される



「ぎゃー! 毒蛇に咬まれたー! 今度こそもうダメだぁぁー!」

「大丈夫、大丈夫でーす。毒蛇じゃないですよー」


 後日。

 再び訪れた太乙真人から受け取った宝貝パオペエを使用した。

 効果が出るまでしばらく時間がかかるだろう。


 さておき、邑で問題が発生した。

 邑人が狩りの途中で妖怪に襲われたのである。

 邑の周辺には危険な敵は棲息していないのだが、安全圏を離れて遠出をしすぎたのだ。


 邑人たちは幸い、命に別状はない。

 だが、こういう事態になったのも邑の天恵を過信しすぎたことが原因にある。

 きちんと仙人の加護であることを邑人たちに伝えるべきか。


「それはいけないね」


 待ったをかけたのは、仙人界の規則にうるさい召鬼の術者、燕青であった。

 危険な妖怪が邑に近づいたとき、仙人たちがたまたまそれらを懲らしめているというのが現在の状況だ。

 ここまではグレーだが、ギリギリオーケー。

 しかし、邑人たちが仙人に守られていると伝わってしまうのはアウトだ。


「邑人みんなには黙っていてもらえればいいんじゃないか」

「人の口には戸は立てられないよ。それに、いくら箝口令を強いても嘘を暴く三尸さんしの術を使われればそれで終わりだ」


 嘘を見破る術もあるのか、覚えておこう。


「じゃあどうするのだ? 危険な妖怪は我が虱潰しにしてしまうか」

「あなたは世界中の妖怪を敵に回すつもりかしら。それに危険かどうかなんてどこにも書いていないのよ」


 莉音をたしなめる、紅蘭の言葉ももっともだ。

 将来害される可能性があるからといって、生きているものを退治するのはどうだろう。


 結局のところ、邑人たちが自衛できるだけ強くなるのが一番よいという結論に至った。

 であれば、仙人が直接関与せずに邑人を強くする方法を考えよう。

 そうして碧空が考え出した作戦というのが……。


 月の光がこぼれ落ちる夜。 

 気脈の噴出する奇岩の上で、絶世の佳人が月に演舞を披露していた。


 手には剣。

 その剣さばき足さばきは、凜として優雅さもあり、彼の人が超一流の使い手であることは素人目にも明らかだった。


 そして、その剣士の動きをじっと見つめる者たちがいる。

 晁雲、戒羽、そして碧空である。


「伯父上、あれは……」

「しっ。気づかれるな。あの剣さばき。さぞ名のある剣士に違いない。ぜひ教えを乞いたいもんだが、あの常人ならざる雰囲気、声をかけたら二度と姿を現さないかもな」

「ええ、ええ、私もそー思います」


 晁雲たちは、やがて剣士がいずことなく姿を消すまで、静かに剣士とその影の動きを見つめ続けた。

 その動きの一つ一つを目に焼き付け、自らの物とするためである。

 もちろん、一度目にしただけで会得できるほど簡単なものではないが。

 これから何度もこうして目撃できれば剣術の手本となるだろう。


 そして、碧空は彼の剣士が今後何度となくここで手本を示してくれることを知っている。

 これこそ碧空考案『月夜の手習い作戦』である。

 実は仙人でもあるかの剣士はあくまでここで自主練習をしているだけ。

 邑人たちはそれを目撃して勝手に剣術を覚えるだけ。

 直接教えるのでないならば戒律には抵触しない。


「上手くいってくれれば……我ながら迂遠な計画ですが」


 碧空は適当な理由をつけてなにも知らない晁雲と戒羽を剣士のいるこの場へと導いたのだった。



「……もう少し上手く隠れてくれるとありがたい」


 剣士は言った。

 晁雲たちと別れた後、碧空が感謝の言葉を告げにきたときのことだ。


「岩場近くの草陰を少し成長させましょう。紅蘭……姉様」


 紅蘭には姉様と呼ぶよう言われていた。

 莉音と燕青との関係をうらやんだ紅蘭が求めてきたのだ。

 碧空がそれを断るには紅蘭の請求手段は妖艶過ぎた。

 紅蘭は姉様と呼ばれると艶然と微笑んで草木を生長させる薬を使った。



 彼の剣士は、紅蘭たちの紹介である。


 玉鼎真人ぎょくていしんじん

 太乙真人と同じくいずれ十二仙入りをする予定であり、彼より彼の弟子の方が有名なのも共通している。


 玉鼎真人の弟子は楊戩ようぜん。変化の術を得意とする美形の天才道士。

 封神演義の大人気キャラだ。確か西遊記にも登場する。


 漫画では楊戩ようぜんに負けず劣らず、玉鼎真人も美形だった。

 ただ仙人界では美形と思われていないらしい。玉鼎真人は他の仙人よりかはマシだが、粗食指向なだけあって線が細い。


 男は筋肉質なむさくるしいのがモテるそうな。

 現代にきたら、この人はスターになるだろうに。


「……君が、その手に持つのは剣か? それとも薬か?」


 玉鼎真人が突然話しかけてきたが、碧空は手になにも持っていない。

 碧空は答えに窮して玉鼎真人に手を差し出した。


「握手してください」


 我ながらごまかすのが下手だ。

 碧空はそう思ったが、意外なことに玉鼎真人は握手に応じてくれた。

 きれいな顔だけど手はしっかり男の人の手だ。

 玉鼎真人はまじまじと碧空を見つめ、言う。


「私と子育てをしてくれないだろうか?」


 は?


「えーと、それはつまり」

「私と一緒に、親となって欲しい」

「結婚、しようってことですか?」


 結婚! 結婚だって! 結婚だと?


 周囲がざわつく。


「君が望むなら、そういう形にしてもいい」


 そんな話をしていると当然のように莉音が割って入ってくる。


「ちょっと待つのだー! いかな師伯といえど我の愛妹に求婚するとは見逃せないのだ」


 莉音が碧空を背後にかばえば、燕青が莉音に並び、紅蘭が碧空を受け取った。


「確かに、碧空はかわいい。歳に似合わずじじむさいところも、気の抜けたときのしまりのないところもたまらず愛おしい」


 そんなだらしないやつなのか、私。


「だから思いあまって求婚してしまうのも無理からぬところです。ですが、碧空はまだ幼子。睦言にはまだ早い!」


 睦言いうな。


「いや、誤解しないでほしい。私は別に幼女と交わりたいわけではない。ただ、彼女に母親になって欲しいというだけだ」

「産ませるか!」


 産めないよ?


「碧空せんせの子ならきっと玉のように美しいに違いありませんわね」

「う、うむ。私にも一人分けていただけるだろうか」


 適当なことをいう紅蘭と燕青。

 燕青姉さん、人間は一度にたくさん産めません。


「まぁまぁ、待って下さい。どうやら事情があるみたいですよ」


 落ち着いて事情を聞いてみれば。

 玉鼎真人が今度赤子を預かることになったのだが。

 玉鼎真人は結婚したことがなく、子育ての勝手がわからない。

 そこで、自分と一緒に子育てをしてくれる相方を探していたのだった。


「碧空君と接して直感が働いたのだ。大らかで、達観していて、幼子ながら長い経験と未知の知啓を秘めた瞳をしている」


 それはまぁ、転生者なもので。


「彼女とならば、決して失敗のできない育児も無事に完遂できるだろうと」

「重い! 期待が重すぎる!」

「育児とはそもそも失敗できぬものだろう?」


 重いのは玉鼎真人の責任感だった!


「とはいっても、碧空は幼児ですよ。自分とそう違わない年齢の子の親となるのは適切ではないのでは」

「その子は神仙の血を引いていて、成長がゆるやかなのだよ。碧空君の方が先に大人になる」


 神仙の血を引く、玉鼎真人の弟子……それはもしかしてまさか。

 楊戩ようぜんのことだろうか。


「それに、なにより大事なのは人を育てる資質だ。君にはそれがある」


 なぜそこまで見込んでもらえているのかわからないが。

 誰あろう玉鼎真人にここまで見込んでいただけるのは大変ありがたい。


 それに、かの天才、楊戩ようぜんの養母となれるなんて身に余る光栄だ。

 垂涎。尊い。ありがたみしかない。

 これが知れたら世の封神女子に妬まれる案件なのは間違いない。


 荷が重い。荷が重いよ。


「すいませぇん……正直荷が重いですぅぅ」

「な、泣くほどのことか」

「い、いえ、これは嬉しさと切なさと恐れ多さと……複雑な感情なんです」


 だいたい、自分男ですし。

 碧空は悩みに悩んで結局丁重にお断りした。

 やろうかやるまいか悩んだときはたいがいやらないことにしている。


「君以上の適任はいないと思ったが、そうか……」


 玉鼎真人は不安を感じているようだ。

 養母とはならないまでも、できるだけ力にはなりたい。


 その晩。

 碧空は玉鼎真人と夜通し、子育てについて話し合った。

 前世の知識を絞り出して、お風呂の入れ方、夜泣きの対処法、お腹に溜まったガスの安全な抜き方といった技術的なことから始まり。

 理想の父親像、子に伝えたいこと、そして、理想通りにいかなくても状況を受け入れ投げ出さずに立ち向かうこと。


 玉鼎真人は幼女相手というのに真摯な態度で語り合った。


 母がいなければ子育ては失敗する。

 そんなルールはない。


 それになにより。

 心の底から子を想う玉鼎真人おやがいるのだから例え苦難にあっても乗り越えていけるだろう。


「いずれ君と関わり合うことになるだろう。そのときは、どうかよろしく頼む」


 子育て会議を終えた朝に、玉鼎真人は言った。

 相手が天才道士ならば、願ってもない。


「ただの人間の私になにができるかわかりませんが、こちらこそ、よろしくお願いします」


 玉鼎真人と碧空は再び硬い握手を交わしたのだった。

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