第三一話 太乙真人、蛇に咬まれ碧空その傷を癒す
【第三一話】太乙真人、蛇に咬まれ碧空その傷を癒す
夏の初め。
碧空たちが邑にやってきて一月が経とうとしていた。
いまだに土地神問題は解決していない。
けれど、そうしている間にも田畑の開墾は進み、邑の体裁も整ってきていた。
この邑は狩猟と採取に重きを置いているため、冬の時期は食糧に乏しくなる。
この地方の冬は厳しくはないが、住居や衣服の暖房も考えなくてはいけないだろう。
冬に向けてやるべきことはたくさんある。
そして、困難に対して協力することで自然と仲は深まるものだ。
碧空たち家族は問題を先送りにしつつも、邑に溶け込みつつあった。
「空。これでいいのかい?」
「うん。ばっちりです。さすがお祖母ちゃん」
動物の毛皮を仕込んだ防寒具は、碧空が案を出し、祖母が老人たちをまとめて率先して仕立てている。
「空。見てくれ。君の考えた罠でこんな大物がかかったよ」
「わぁ、すごいですね! 猪の習性を利用しただけの落とし穴なんですが上手くいったようでよかったです」
男手の狩猟組に参加している父が、碧空考案の罠で捕えた猪を背負って帰ってきた。
「今晩はご馳走ね。鍋に、燻製に、みんなの好きな生姜焼きも作っちゃいましょう!」
「わぁ、晩ご飯が楽しみです」
体力をつけるために碧空が考えたレシピをもとに、母が女衆と共に料理に精を出す。
碧空発のアイデアであることは隠して、家族の技術ということで邑に広まった。
碧空は現代知識を披露するつもりはなかった。
それがなんであれ、本来のこの世界のあり方に影響を与えてしまうのではないかと思っていたからだ。
今でもその考え自体は変わっていない。
だが。
浮き世離れした仙人になら大した影響はないだろう。
このままでは滅んでしまう邑になら力添えしてもいいだろう。
と、少しずつ知識を小出しにしていった。
正直ブレブレだ。
だけど、まぁ、この世界の常識を覆すような、大した知識は持っていないし。
そもそも誰からもチートだと叱られるわけでもないんだけど。
そんなある日のこと。
碧空が洗濯物を運んでいると、誰かの助けを求める声がする。
周りには他に人はいない。
なんだろうと声のする方へと行ってみると、見覚えのない青年が蛇に咬まれていた。
「え」
「ぎゃー。両手両足を咬まれたー!」
器用な咬まれ方だ!
逆にすごい!
碧空は蛇の尻尾をつかんで放り投げてやった。
蛇も大きな声で驚いただけだろう。
「毒蛇に咬まれたー! もうダメだー! 私は死ぬー!」
「青大将ですよ。毒蛇じゃないです。死んだりしませんよー」
結構しっかり咬み傷ができていたので、傷薬を塗ってやる。
「おお、みるみる痛みが引いていく。こ、これはいいものだね」
「それはよかった。この辺は動物が多いので、見通しの悪いところでは気をつけて下さいね」
立ち去ろうとする碧空を青年が引き留める。
「こ、この薬は仙人が作ったものだろう? 百年に一度しか咲かない花の蜜と、月光が降り注いでできた池の雫を丁寧に何日もかけて混ぜ続けて作る仙薬だ。これをどこで手にいれたんだい?」
そ、そんなにすごい薬だったのか。
普通に使ってた。莉音には改めて礼を言わねば。
さておき、薬の出所を教えていいものか答えに窮していると。
「見ず知らずの私に貴重な仙薬を使うとは、聞いていた通りの子だね。碧空君」
「あなたは……?」
青年は冴えない顔に柔和な笑みを浮かべて名乗った。
「乾元山金光洞の主で、太乙真人といいます。よ、よろしくね」
……太乙真人て。
え、本当に!?
太乙真人。
封神演義に登場する崑崙十二仙の一人で、有名な哪吒誕生に深く関わった人だ。
宝貝に造詣の深い発明家でもあり、その力で太公望を助けた。
なのだが。
冴えない顔立ち。ボサボサの髪。
やせ形でもやしっ子を絵に描いたような青年であった。
「会えて光栄です。太乙真人様」
「ふ、ふふふ。そ、そうかい。いいんだよそんな、お世辞なんて。ぼ、僕のことなんて誰も知らない」
「いえいえ、本当ですよ。ずっとお目にかかりたいと思ってました」
漫画版ではすごい好きなキャラだったから。
「そ、そんなこと言われたの初めてだ。う、嬉しいなぁ」
ちなみに後に聞いた話では、太華では十二仙入りしていないらしいが。
それにしても何故その有名になる予定の仙人がわざわざ碧空を尋ねてきたのか。
それはすぐに説明があった。
以前戦った小猿妖怪、白毛大仙。
彼が宝貝を盗んで逃げ出してきた洞府というのが、まさに太乙真人のところだったのだ。
莉音たちの調査の結果それが判明した。
太乙真人は自分の洞府から逃げ出した妖怪が迷惑をかけたことで、お詫びを言いにきたのだった。
「も、元々彼の方から働かせてくれと言ってきたんだよ。いつの間にかいなくなってて。てっきり雑用が嫌になって逃げ出したと思ってたんだけど……い、いやぁ、迷惑をかけてしまったね」
「今、彼は?」
「ば、罰として強制労働中」
仙薬の原料になる薬草の世話や宝貝開発のために暇なく働いているらしい。
だが、主の元へ引き渡されたものの、犯行の動機はいまだ不明だ。
白毛大仙は、碧空から奪った生気を後生大事に所持していた。
自分のために使うならさっさと吸引すればよかったのに、そうしなかった。
誰か他人のために使おうとしたのか。
「あまり厳しくしないであげてください。結果的に私は無事でしたし」
「そ、そういうわけには……でも、君がそういうのなら……」
太乙真人は約束してくれた。話のわかる人らしい。
「さて、君にはお詫びの言葉だけでは足りないね。な、なな、なにか私にできることはないかな」
「いえいえ、お気持ちだけで」
「いやいやいやいや、それでは私の気持ちがおさまらない」
そう言われても……。
待てよ。
太乙真人と言えば有名な宝貝がある。
あれならばもしかして……。
「あの、もしよろしければでいいんですけど、いただきたいものが」
「あ、ああ。なんでも言ってくれ」
碧空がある宝貝の名前を告げると、太乙真人は受け入れた。
「わ、わかった。完成したら、すぐに持ってくるよ」
「ありがとうございます!」
「で、でも、よくその存在を知っていたね。あれは、まだ研究途中で、ほんの数名しかその存在を知らないのに」
「あ、あはは」
ただ漫画も原作も読んだだけです、なんて言えない。
碧空は適当に笑ってごまかした。