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第三十話 碧空、莉音たちとの再会を喜ぶ

【第三十話】碧空、莉音たちとの再会を喜ぶ



 濃厚な森の匂いが漂う広場を、さわやかな一陣の風が暑気めいた空気をぬぐいさっていく。


 風が過ぎ去ったとき、木漏れ日のさすその場所に、華やかな少女が立っていた。

 少女は、伏せていた目を開いて蓮華の花が咲くように笑う。


「待ってたよ、碧空」


 そして、彼女が碧空へと近づいてくる歩むにあわせて、地面から植物が芽吹き、見る間に成長して花開いて、再会を彩る。


 小鳥たちのさえずり、虫の鳴き声が、オーケストラのように二人を祝福していた。


「いやいやいや」


 なにこの演出。

 絶対、すぐ側で準備していたでしょ。スタンバイしてたでしょ。


「碧空ぅー。再会の抱っこー」

「はいはい」


 抵抗するつもりもなく、莉音にぎゅうぅと抱っこされるに任せる。


「私も会いたかったですよー。莉音お姉ちゃん」

「本当か? 本当にそう思ってるか?」

「本当ですよ」

「えへへー、我もなのだー」


 大きな存在に抱かれ愛される実感は些末な悩みなどとろかしてしまいそうだ。

 いやいや、久方ぶりの再会を堪能している場合ではなかった。


「燕青姉さんたちは?」

「いるよー」


 莉音の指し示す先に、紅蘭を背に乗せた大鷹と燕青の腰かけた空飛ぶ長イスが降り立った。

 今まさに到着した、という体であるが。


「お久しぶりです、と言うより先に、助けてくれてありがとうございますと言った方がいいでしょうか」

「あらぁ、私の碧空せんせはどこまでご存じなのかしら」


 久し振りの紅蘭は一層色っぽさを増しているように思える。色香を醸造しているかのようだ。


「あの火柱は莉音お姉ちゃんの誘行唱の術。亡霊兵士は燕青姉さんの使役する鬼。大鷹は紅蘭さんの使役獣で、まぁ、そこにいますね」


 莉音は長嘯ちょうしょうという系統の道士で音を使って虫や小動物や自然現象を操る。


 燕青は召鬼しょうきという系統の道士で幽霊や天界の兵士に命令できる。空飛ぶ長イスにも幽霊が宿っているのだ。


 紅蘭は巫蠱ふこという系統の仙人で様々な薬を作る。また使役獣という、仙人の技術で改良を施した特別な獣を操る。大鷹も紅蘭の使役獣だ。


「そもそも隠していなかったね」


 肩をすくめた美少年然とした美少女は、燕青だ。活動しやすい道服を着ているため今は美少年寄りだが、見る者の視線を奪うことは想像に難くない。


「なんで笛を吹く前からこの場所がわかったんです? ずっと尾行していたわけじゃないですよね?」

「その答えは碧空さんの懐の中にあります」


 その言葉に懐を探ると、別れの際に渡された御守りが出てきた。

 開けてみると、金細工の小さな虫が入っている。


「もしかしてこれは宝貝パオペエ?」

「新しく作った宝貝パオペエ常鳴虫じょうめいちゅうです。前に座標を知らせるものがあれば、と碧空さんがおっしゃっていたのを思い出して作ってみましたの」


 宝貝パオペエの発信器つけられてた!


「我と紅蘭師姉の共同開発なんだぞ」


 莉音がとてもいい笑顔をしてくるものだから、碧空は怒るつもりにもなれない。


「すまないね。本当は黙ってこんな真似はしたくなかったのだけど、莉音が過保護だからな」

「なんだと! 過保護なのは我だけでなく燕青たちもだろ」

「過保護なのは認めるんだね、莉音お姉ちゃん」


 しかし、燕青も心配していたことを認める。


「なにせ、この土地は龍脈が通っているからね」

「龍脈?」


 なにやら中華っぽい単語が出てきたと思ったら。


 龍脈とは、かいつまんで言えば、大地に流れる力、気のこと。

 水が川を流れるように、気が龍脈を巡っているのだという。


 龍脈があると実り豊かな土地になり、動物たちも繁栄する。

 しかし、龍脈が良い影響を与えるのは作物だけではない。


「困ったことに、妖怪や仙道も龍脈によって恩恵を得られるんだよ」

「それも、普通の動物よりよほど厄介な能力を得ることが多いのよね」


 普通の動物や作物なら、体格がよくなったり、病気になりにくくなったりする程度。


 しかし、妖怪は火を噴く妖術を会得したり、空を飛ぶようになったりする。

 地狼も、もはや確かめる術はないが、元々は龍脈から力を得た狼妖怪の眷属と言われている。


 だから、龍脈が通っていると強力な妖怪の集まる土地になる。

 なるほど。心配するわけだ。危険な土地じゃないか。


「地狼は……また襲ってくるんでしょうか」

「くるだろうな。しかし、心配いらない。私たちが守ってあげよう」

「それはとてもありがたいんですが、でも、いいんですか?」


 仙人界には暗黙の不文律がある。

 それは、仙人は人界の争い事に関わってはならないというものだ。


 例えば仙人が懇意にしている邑が他邑に侵略されたとしよう。

 しかし、そこで仙人が助けに入れば、仙人一人で敵邑を撃退し、あまつさえ滅ぼすことさえ可能だ。

 それに加えて、敵邑にも仙人が現れたらどうだろう。


 双方の邑が壊滅。

 もはや収拾がつかない大混乱になることは目に見えている。

 仙人はそれほどまでに並外れた力を持っている。


 ゆえに、軽薄に人界に介入してはならないのである。


「でしたら、地狼に襲われてるこの邑を助けることも違反になるのでは」

「いや、これはいいんだ」


 人から要請があったとしても、仙人は応えてはいけない。

 しかし、仙人が自主的に妖怪怪異を退治するのは問題ない。


「今回のことは、私たちが地狼を退治しようとする時期が、たまたま、碧空のいる邑を襲おうとしていたところと重なったに過ぎない」

「はぁ、文句をいうような筋合いではないどころか、感謝する立場なんですけど、いいんですか、へりくつじゃありませんか?」

「そのへりくつが大切なんだ」


 三人の仙道娘の中で一番規則に厳しい燕青がそういうのだから、そうなのだろう。


「へりくつで愛妹を救えるのなら、これから何度でも偶然は起きるだろうな」


 そう言って、燕青は自身の発言を肯定するように頷いた。


「それにしても、碧空さんはよく地狼なんて知っていましたねぇ」

「ああ、それはねずみさんたちに教えてもらったんですよ」


 紅蘭の疑問に、碧空は穴の底で出会ったねずみたちの話をする。

 それを皮切りに離れていた時期の出来事や感じたことを、とめどなく語り合った。

 さながら旧友の再会のようであった。


 それから、邑は何度か地狼や妖怪に襲われたが、その度に不可思議な現象が邑を助けた。

 土地神の御利益でないことはわかっている。

 邑人たちは天がこの邑を見守っていてくださっているのだと大いに喜んだが、碧空とその家族には天の加護の正体に気づいていた。


 そして、もう一人、ありもしない天恵を信じていない者がいた。

 戒羽である。


「……なんだか視線を感じる」


 そうして碧空が振り返ると、そこには決まって戒羽がいた。

 勘づかれているのだろうか。


 枝邑しゆうでのことがあるので、莉音たちのことは秘密にしている。

 今は歓迎ムードかも知れないが、いつ手の平を返されて追放されるかわからないからだ。


 戒羽は怪しんでいるそぶりだが、じっと見つめてくるだけでなにも言ってこない。


「このまま流してくれたらいいんだけど」

「おい、お前」


 と考えているそばから戒羽が話しかけてきた。

 煮炊き用の小枝拾いをしていたところで、碧空が一人になるところを待っていたのかも知れない。

 地狼からかばってくれたし悪人とは思わないが、適当にごまかそう。


「はいはいなんでしょう」


 なにを言ってきてもとぼけるつもりで……。


「お前、妖術を使うのか?」


 直球きたー。


「違いますよ?」


 しかし、そう考えるのもわかる。

 最初の地狼襲撃の際に軽くはないケガを負った戒羽にこっそりと仙人印の傷薬を使ったのだ。

 自分をかばった為に傷を深くしたという負い目からの行動だが、バレないように使用したものの、少量でも効果覿面こうかてきめん過ぎて戒羽は即日回復した。


 邑人たちはそれも天恵だと喜んだが、当の戒羽はそう思わなかったらしい。


「そうか。では、神仙に知人でもいるのか」

「なっ、なんでそう思うんデス?」

「当たりか」

「いえいえ、私は肯定とも否定とも明言していないわけで」


「別に、隠したいならそれでいい。伯父たちには黙っておく」

「え、あ、はぁ、じゃあそれで……て、認めてないですけどね。認めてないですよ」

「ああ、それでいい」


 戒羽はそれで話は終わったとばかりに立ち去ろうとする。

 なんだったんだろ。

 碧空が小首をかしげていると、戒羽は立ち止まり、背を向けたまま言った。


「……ケガをする前より体調がいいくらいだ。その、感謝してる。ありがとう」


 なんだ。

 お礼をいう機会を探していたのか。


 碧空はつい顔がほころぶのを感じた。


 それからというもの。

 碧空がなにかしようとする度に晁雲が配慮してくれるようになった。

 どうやら戒羽が口添えしてくれたらしい。

 戒羽には今度お礼を言っとこう。

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