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第二八話 土地神を巡って会議が紛糾す

【第二八話】土地神を巡って会議が紛糾す



 切り立った崖を左右に望みながら、水量豊富な川をさかのぼる。


 道なき道はところどころ狭まって大人数が一度に通れないほどで、通るにしても今にも崩れそうな岩肌や、なぜそこにあるのかわからない奇岩があり、まさに自然の要害といった感がある。


 曲がりくねった川は、下流へいけば枝邑しゆうへと続いているはずなのだが、そうとは思えない程枝邑しゆうとは景色が違っていて、川縁には岩石が滞留しており竹林や藪などの緑が濃い。


 深山幽谷とはこのことか。

 一体どんな人外魔境へと連れて行かれるのやら、と思っていたが。

 険しい坂道を登り切ると、急に視界が開けた。


 山の稜線に囲まれた青々とした湿地帯が遠くまで広がっている。

 山の深い色とは違う、陽光に輝く爽やかな緑だ。


 なだらかなに上下する道をしばらく行くと、小高い丘に山賊たちの集落があった。

 家屋は急ごしらえで、粗末な掘っ立て小屋のような建物ばかりだ。

 技術がないわけではないだろうが。

 枝邑しゆうにはあった粉ひき小屋などは見当たらない。

 女子供が木製の桶で水くみをしている。


 碧空たちは邑の奥にある広場のようなところに連れて行かれ、粗末ながら食事を出された。

 キノコや山菜を焼いたやつと焼き魚だ。すっぱい木の実もある。


 なるほど、いい土地なんだろう。

 山は植生豊かで、水に恵まれ、小高いところは畑作に、湿地は稲作に適しているように見える。

 彼らが稲を知っているかはわからないが。


 災厄に見舞われた晁雲たちは、苦難の末この土地を見つけた。

 ここを安住の地として再出発することを決めたのだ。


 しかしながら、この地に土地神の守護はない。

 天候、土地の事故、不作などなど。

 文明の恵みの薄い時代には、超常的な守護者、精神的支柱が必要不可欠ということなのだろう。


 実際、土地神は下手な妖怪より強い力を持つ。

 その土地が栄えるか如何に大きく携わってくると、燕青が言っていた。


 土地神。

 一族の者を生き埋めにして土地と霊的に一体化させ、その一族の安寧と繁栄を祈願するというものだ。

 土地神を出した家の者が王族となり、廟を作って代々祀る。

 土地神は邑を守護するが、王族の血が絶えたり、ないがしろにされて祀られぬようになれば、祟りを起こす。


 そういえば、前に碧空が枝翠しすいと戦ったのも枝邑しゆうの土地神の廟だった。


 この土地は、魑魅魍魎の跋扈ばっこするというから土地神は不可欠である。


 ところが、土地神も大切だが、そこに生きる民もまた大切である。

 晁雲たちは先の天災で多くの人を亡くした。

 今いるのは、男二十二、女二十五の四十七人が総人口。

 文明が進んでいない以上、重要なのはマンパワーだ。

 これ以上は民を減らしたくないというのが本音なのだろう。


「だからといって、土地神をよそで調達しようなんて」


 前世でも、死後の世界で偉い人に仕えさせるため、という名目で異民族捕まえてきて一緒に埋めたって話があったけれども。

 碧空たちはまんまと土地神候補として捕まってしまったというわけだ。


 そういった説明を晁雲から受けた。

 山賊行為も指揮していたから、そうかもと思っていたが、彼がこの邑の暫定的リーダーであるらしい。


 碧空の父は当然のように聞く耳をもたない、が。

 碧空は話を聞いてもいいのではと思う。晁雲は強面だが、話のわからない人ではなさそうだ。

 それに、捕虜にされている以上、生殺与奪は向こうに握られているのだから。


「土地神は一人でいいの?」

「ああ。一人でいい。残った者たちは王族として遇しよう」


 形ばかりの王族だろうけれど、少なくとも生命は保証してくれるらしい。

 しかし、そうなると、うちの家族で適当な人物は一人しかいない。

 言いたくはないけれど。


「なら、あたししかいないね」


 名乗りでちゃうんだよ、うちの祖母は。

 碧空は半ば諦めと共に祖母の言葉を聞いた。


「うちの孫、碧空は実は誰とも血がつながっちゃいないんだ。この中で血のつながりがあるのは、私と我が息子だけ。私はもう子は産めないから、当然私が土地神ということになる」

「なんと。そうだったか。てっきり一つの家族かと思っていたが……」

「一つの家族さ。血とは別のものでつながっているってだけで」

「血とは別のもので、か」

「だったらどうする? 殺すのかい?」


 土地神は自らの血族を守る。王が土地神の末裔から選ばれ、血を絶やさないようにするのもそのためだ。

 逆にいえば、血のつながらない人間は無用ということになる。

 つまり、碧空だ。幼く、子を産んでも王族となるわけではない。


「……そんな険しい目をするな。王族と遇することはできないが、切り捨てたりはしねえよ。人手もないし、我らの邑の一員になるなら、良好な関係を築いていきたいからな」


 祖母を土地神とし、父母は王族として、碧空は王の外戚として邑入りする。

 そうまとまりかけたときに、場を覆したのは、母であった。


「……私は、子供が産めません。王族となるわけにはいきません」

「……っ! お前、なぜ今それを言うんだ」

「でも、黙っていても問題を先延ばしにするだけよ。素知らぬふりをして、お義母様を犠牲にするわけにはいかないわ」


 晁雲たちは騒然となり、彼らだけで協議を始めたが、雲行きは見るからに怪しい。

 枝邑しゆうの王たちのように子の産めぬ母を忌まわしいものとして閉め出そうとするのではないか。

 これまで訪れた他の邑々でも、不妊を臭わせただけで態度は似たようなものだったので、期待はできない。


 この邑からの脱出を考えなければならないだろう。

 と思っていたら、予想は裏切られた。

 晁雲は母を受け入れたのだ。


「なぜか、聞いてもいいですか?」

「それには、我々の邑がなぜ滅んだのか語らねばなるまいな」

「天災で滅んだと聞きましたが」

「いかにも。雨は三日三晩降り続け、雷は鳴り止まず、森は崩れて、川と土が人を呑み込んだ。それはすべて土地神様の祟り。我々の愚行が祖霊の怒りを招いたのだ」


 土地神は祟りをなす。

 そうとは聞いていたが、まさか一つの邑を滅ぼすほど凄まじいとは。


「それほどのなにをしたというんだ」

「恥ずかしいことだが、口減らしをしたのだ」


 働けなくなった老人や、大病を患ったものを山へと捨てた。

 集団を活かすために個を切り捨てるという、生き残るための行為ではあったが、邑全体を守護する土地神にとっては逆鱗に触れる禁忌であったらしい。


「生き残った我々は二度と過ちを犯さぬと決めた。ゆえに、病をえた者も年老いた者も、これからは決して見捨てはしない」

「子をなせないという妻君さいくんの心中を慮ると苦しく思う。我らの一族に連なるならば、全力をもって報いよう」


 晁雲たちは口々に言う。その言葉には誠意が感じられ、碧空は信じてもよいと思えた。


「しかし、身内になるからには、そちらにも報いてもらわねば困る」


 王の妻が子をなせないとあれば、当代で血が絶えてしまう。

 ならば邑から未婚の者を選んで王の妻としよう、という申し出には父が拒否した。


「俺の妻はこの人しかいない。例え実子がいないとしても」


 父は潔癖で強情だ。

 母は今は時に恵まれないだけで妊娠できると頑として譲らず、第二夫人という提案さえ受け入れようとはしない。

 それが自分たちの首を締めることになるとしても。


「家族を裏切って王になるなんてまっぴらごめんだな!」

「……参ったな。ここまで訳ありとは思わなかった」


 晁雲は頭をぼりぼりかいて唸った。

 ひとまず話し合いは後日改めてということになったが、碧空にはこの問題がみなが納得できる形で解決できる気がしない。


 土地神を輩出できないとなれば、碧空たちはどうなるだろうか。

 家族の一つとして受け入れてもらえればいいが、奴隷か最悪殺されることもありえる。


「うまい落としどころが見つかればいいんだけど……」


 しかし、碧空の淡い期待をあざ笑うかのように、連日話し合いは続けられたが、話は一向にまとまらなかった。

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