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第二六話 碧空、穴に落ちてねずみたちと交流す

【第二六話】碧空、穴に落ちてねずみたちと交流す



 碧空家族の放浪の旅は一筋縄ではいかなかった。


 まず山ひとつ越えたところにある隣邑を頼ったが断られてしまった。

 その邑に住むには、基本的にその邑の王の許しが必要なのだが、枝邑しゆうと隣邑は仲がよいため、配慮の結果、追い出された人間を受け入れるわけにはいかなかったのだ。


 続いて他の近隣の邑々を巡ったが、その結果も芳しくなかった。

 門前払いを下されたり。

 財産を要求されたり……もちろん渡せるような物などない。

 奴隷としてならいいと言われたり……父と祖母が激怒して大変だった。


 騙されてガマガエルみたいな親爺の妾にされそうになったこともあった。母ではない。碧空がだ。


 そんなわけで、邑を追い出されてからの一ヶ月はあっという間に過ぎていった。


 邑と邑への移動に、電車のような移動手段はもちろんないし、アスファルトで舗装された道も夢のまた夢。

 獣道に毛の生えたような、草繁る悪路を徒歩でいくためどうしても時間がかかる。


 その間、母と祖母が風邪をひいたが、薬も滋養にいい食べ物もなくて大変だった。

 傷薬なら莉音からくれたものがあったのだが。

 なんとか乗り越えたが、早いところなんとかしないと命にかかわる。


 そもそも食糧も底をつきかけていた。

 邑から持ち出した分に加えて、山や川で採取狩猟を行ったがそれも女子供連れでは限度がある。


 父一人ならなんとでもなるのだろう。

 だが、家族離れ離れになろうとは誰も思わなかった。


 この家族で生きていくことに意味がある。

 家族全員が思いを一つにしていた。


 道端に腰かけて食事をとっていると、食べかすを狙って小鳥や小動物が寄ってくる。


「近づくは動物ばかりなり、か」


 かわいらしさに心がなごむが、いざとなればこの子らを食べねばならないのだろうか。


 しばらく莉音たちにも会っていない。

 多いときには日に二度三度顔をあわせていたのに。

 そういえばこの間の別れ際は大変だった。



「やだやだやだやだいやなのだー。碧空とお別れなんて、いやなのだー!」

「我慢してください。なにも今生の別れというわけじゃないんですから」

「そうだよ、莉音。このところ怠け気味であったし、修行をして待っていればいいだろう。我々にしてみれば一休みするくらいの時間さ」

「それがいやなのだー」


 それがいやとは?


「人間はすぐ年をとる! 次に会ったときは碧空がおばあちゃんなんて絶対いやなのだー!」


 いや、どれだけ会わないつもりだよ。


「いや、さすがにおばあちゃんになる前に会えますって」

「そうだよ。それに碧空はおばあちゃんになってもかわいいだろうね」


 燕青さんも、なにいってるの……。


「でも、碧空はそうだろうけど……」


 莉音の視線を追う。

 ああ、そうか。


 莉音は碧空の祖母にもなついていた。

 祖母は達者だが、老年である。縁起でもない話だが、数年単位で隔たりがあればこれが最後の挨拶になりかねない。


「大丈夫です。またすぐに会いましょう。お祖母ちゃんも一緒に」


 そう言ってやっと説得したものだ。

 定住先は見つからないが、そろそろ連絡をしないと後で会うときが怖い。


 いや、仙人ならこのくらいどうってことはないか。

 いや、しかし……。

 考えごとをしていると、持っていたおやきがポロリ。


「あ……!」


 まんまるおやきがころころころりん。

 坂道を器用に転がって、短い手足は届かない。

 藪の隙間に入りこみ、その下にあいていた穴にストンと落ちてしまった。


「参ったなぁ」


 藪をのぞいて穴を見つけた碧空はため息をついた。

 今は一食のごはんにも困る窮状なのに。


「案外浅かったりして」


 おやきをとれないものか穴に顔を近づけると……。


「おやきだおやきだわーいわーい! おいしいおやきだちゅっちゅちゅー!」


 穴の中に誰かいる。

 それも一人二人じゃない。たくさんいるな。

 妖怪だろうか。

 そんなに悪い妖怪には思えないけれど。


「わーい。おやきおいしいでちゅー! こんなにおいしいおやきは初めてでちゅー!」


 うんうん。そうだろう。そうだろう。

 祖母のおやきを褒められて気をよくした碧空は、おやきはあげたものと思ってその場を去ろうとする。


 ところが、うっかり足をすべらせて穴の中へとコロコロリン。

 前回りに転がって、勢いのままにピョンと立つ。


「十点!」


 と、やってる場合じゃなかった。

 穴の中の住人たちと目が合う。


「誰っちゅか!?」

「あ、はは……お邪魔します……ってあれ?」


 そこにいたのは柏もちだった。


 いや、違う。ねずみだ。

 かしわの葉っぱにくるまれた、ねずみたち。

 もしかしたら、服代わりなのか。

 とてもかわいらしい。ぬいぐるみみたいだ。


「やや。この匂い。もしかしてあなたは先程おやきをくださった方でちゅか?」

「あ、はい。落としただけですが」


 どうでもいいが、語尾がかわいい。


「落とした……落とし物……あの、返した方がよろしい……?」

「ああ、いえいえ。どうぞみなさんでお召し上がりください」

「はぁぁ、ありがとうございまちゅー!」


 見るからに落ち込んだ様子から、一転跳び跳ねて喜ぶ。

 ねずみだから表情がわからないが、その代わり感情を全身であらわす。

 それがまたかわいい。


 おやきに群がるねずみたち。

 みんな普通のねずみより小さめに見えるが、その中でも一際小さい一匹のねずみがおやきに食いつけずにまごまごしているのを見て。


「あのよかったら、これもどうぞ」


 もうひとつおやきを取り出す。


「ありがとうございまちゅ。でも、それではあなたの分がなくなってしまうのでは?」


 動物であるのに思いやりがある。いいねずみたちだ。


「じゃあ、半分こしましょう」


 穴の中で仲良くおやきを食べた。



 ねずみたちは、仙人の仙薬をなめて知恵をつけた一族の末裔だという。

 知恵がついたはいいものの、性質が優しく非力だったため自然界では生きていけず、数を減らして子ねずみばかりの群れになってしまった。


 今は安心して暮らせる場所を探して移動を繰り返している最中なのだという。


「私たちと一緒だね」

「碧空さんたちも引っ越し中でちゅか。これは奇遇でちゅね」

「奇遇だねー」

「碧空さんたちは次はどこにいくか決めているんでちゅか?」


 ねずみたちはしばらくここに留まるらしい。

 緑豊かで天敵のいない土地を探しているのだ。


「決まってないんだ。もっと北の方に行こうかって話してるんだけど」

「北の土地! それはやめた方がいいでちゅ」

「え、なんで?」


「ここより北の土地は、起伏が激しいでちゅが、山の実り豊かで、清らかな水の源流があるので飲むの食べるのに困らないでちゅ」

「わぁ、いいじゃないですか」


「人が色んな植物を育てるのにも便利な平らな土地もあります」

「いいですねー」


「東にずーっと歩けば、海にあいます。そこは潮の流れがぶつかりあうところで、生き物が豊富なのだそうでちゅ。これは聞いた話でちゅが」

「いいじゃないですか。人間の邑はないんですか」

「人間はあまり住んでないそうです」


 それは寂しいが、逆に言えば誰に気兼ねなく暮らせるということでもある。定住先を見つけるまで、一時的に腰を落ち着けるのもいいだろう。


「今のところいい点ばかりに思えるけど」

「ところがどっこい! そこには落とし穴が!」

「落とし穴?」


「北には人ならざる支配者がいるのでちゅ」


 湖沼に龍神。

 竹林に天虎。

 平原に地狼。

 そして、山の奥深くに住む、強大で邪悪なるもの。


「人間やねずみでは絶対絶対敵わないでちゅ! みんなみーんな食べられちゃうでちゅよー!」


 なんてことだ。

 北の地は妖怪の縄張りなのか。

 それでは命がいくつあっても足りないな。近づかないことにしよう。


 碧空は泊まっていってと請われたが、穴の中はせまく、碧空たちの体の大きさでは食べ物に困る。


 ねずみたちはしばらくこの辺りに留まるというから、縁があればまた会おうといって別れた。

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