第二五話 碧空、母との出会いを知り枝邑を旅立つ
【第二五話】碧空、母との出会いを知り枝邑を旅立つ
王の言葉は許さない。
しかし同情する気持ちはある。
枝邑は人口五百に満たない小さな共同体だ。
ちょっとした病が流行るだけでも致命的になりうる。
だから、王として排除しようとしたのだ。
得たいの知れない子供を。
そして、子の産めない母を。
妊娠できない病。そんなものが流行ればこんな小さな共同体などひとたまりもない。
「さっきの王の言葉で、お母さんは青ざめ、お父さんたちは激怒した。強い家族愛だと思いました。だけどそれだけじゃない。図星だった。だからあれだけ怒ったんですね」
碧空は庭に立つ人に尋ねた。
いや、それは尋ねるというよりは事実確認が近い。
「ええ、そうよ……」
母は頷いた。
「七年前、お母さんたちは追放された。いや、正しくはお母さんだけが追放されたの。お父さんはお母さんについてきただけ」
子が産めないとされたから。
ただ産めないだけならいい。
だが、もしそれが他人に感染するとしたら?
邑は遠からず滅亡する。
だから王はそう判断せざるを得なかった。
妊娠しづらいことは感染なんかしない。病ではない。
だが、邑人はそんなこと知らないのだ。
「でもお母さんは今は許されてこの邑に住んでいる。それは、なぜか。子供ができたから。私という存在が、お母さんが子を産める証明になった」
夜空には星が瞬いていた。
この空は、本当にきれいだ。
余計なものが全然ないから。
「でも残念です。そうすると……どうやら私は、お母さんが産んだ子じゃない」
母がハッと息をのんだのがわかった。
「……本当に賢い子ね。あなたは昔からそうだった。手のかからない素直な子。私なんて、手間ばかりかかったと母や姉たちによくいわれたものなのに」
母はすべてを認めて話してくれた。
「さすが私の子じゃないだけあるわ」
母はこの邑の生まれで、年の離れた姉が三人もいたこと。
器量よしの姉たちは若くして嫁いだこと。
そして、その三人共が子をなせないまま死んでいったこと。
「姉たちは不運だった。そう思い込むにしたわ。あの人を愛していたし、あの人も愛してくれたから。でも、現実は非情だった。私が子を孕むことはなかった」
「……」
「疲れてても毎晩がんばったのに、おかしいわよね?」
「いや、子供相手にその話題はどうだろう」
実の両親じゃなくてもそういうのはちょっと……。
「いいじゃない。あなたは、やっぱり子供がどうやって生まれてるのかも知っているようだし」
「あ……うん。知ってる」
「不思議な子。六年前、あなたと初めて会ったときから思ってたわ」
碧空は天の落とし子だと。
いやいや、そんな大層なものじゃないでしょう、と碧空は思ったが、理由があった。
「私ね。本当は、お父さんを振り切って一人で生きようとしていたの。
お義母さまは邑に残っていたし。
あの人だけなら邑に帰ることができた。
私のことは忘れて、きちんと子の産める連れ合いを探してほしいと。
幸せになってほしいと。
私はそのとき、ここから西にある大きい邑にいて、そこでは数日前に瑞獣が現れたって騒ぎになっていた。
鳳凰が都の空を飛んだって」
優れた王が生まれると特別な霊獣が人々の前に姿を現すという。
吉祥を司るその獣を瑞獣という。
まさかその子供って……。
「その大邑の王の子供が生まれたんですって。男の子」
あ、はい。私じゃないですよね。
自意識過剰でごめんなさい。
「その邑中がお祭りのような賑わいでね。
まるで、私だけがとりのこされたように孤独だった。
でもそんなときに、生まれたばかりの赤子を抱いた女性に出会ったの。
こそこそと隠れるようにしていた。
その人は私がその邑の人ではないことを見抜いて、必死な形相でその子を預かって欲しいと言ってきたわ。
すぐにその邑を離れることを条件に。
夢を見ているんじゃないかと思った。
あれだけ乞い願った赤子が向こうからやってきたのだから」
それが碧空よ、と母は言う。
碧空は思う。
それでは本当の親はわからないわけか。
その渡してきた女性は母親ではないだろう。
産後すぐにそんなに動き回れはしない。
実のところ、碧空には転生によるものか、生まれた頃から意識があった。
言葉もわからず、目も見えなかったが、生まれてすぐにバタバタとどこかへ移動させられていたのだけは覚えている。
まさか貴種流離譚なんてことはないだろうけど。
転生の際に誰かが言っていた、オプションというのが気にかかる。
それはともかく。
母は赤ん坊を預り、追いついてきた父と共にこの邑へと帰ってきた。
祖母は、なにも聞かず迎え入れてくれたという。
莉音のときのように。
でも、そうまでしてやっと戻ってきた邑から、母はまた追い出されようとしている。
「ごめんなさい」
「なにを謝るの?」
「私のせいで邑を追われることになって」
「あなたのおかげで、この邑にも戻ってこれたし、子供を育てる幸せも味わえた……元々、追放された人間だもん。なんてことないわ」
「でも、畑も家もなくなっちゃって」
「大したことないわよ。家族を失うことに比べたら」
母は碧空を胸の中に抱く。
父も母も祖母も、家族をなにより大事にしてくれる。
血のつながりがないというのに、率先して守ってくれる。
これが彼らの家族の形なのだ。
ならば自分もそうしよう。
愛情に応えよう。
碧空は思った。
翌日、莉音たちがやってきて、仙人境で一緒に住もうと申し出てきたが、断った。
碧空は家族と離れるつもりはなかったからだ。
仙骨のない家族は仙人境に住めなかった。
莉音は仙笛を碧空に渡して、定住したり困ったことがあれば知らせるよう約束させた。
「それと、これは多少の傷ならたちどころに癒す傷薬だ。知り合いからもらってきた。これなら仙道でなくても使える。道で転んだら使うのだぞ」
「いや、それくらいなら我慢するよ」
傷薬はありがたくいただいた。
「私からはこれを。御守りです」
紅蘭からは小さな袋を受け取る。本職の仙人だけあって霊験あらたかな気がする。
「私だと思って肌身離さず持っていてくださいね」
「あ。はい」
御守りを持つ手に、紅蘭の手が重なりギュウッと握られる。なんだか艶めかしくてドキドキする。
「碧空ー。いっちゃやだぁー」
「おーよしよし。またいつか会おうね」
泣き続ける小鈴には余っていた布地と着物をあげた。仙人の手を借りて作った貴重なものだが、これからの旅路には荷物になるのでもらってもらった方が都合もいい。
碧空は、最後の抵抗と、王に対して説得を試みたが、聞き入れられなかった。
王には仙人道士と妖怪凶賊の区別はつかず、実際それらは同じようなものであったからだ。
決して王の肩を持つわけではないが、わからないでもない。
英雄譚の勇者だって退治される側からすれば脅威でしかないのだから。
「碧空!」
「あ、雷邦」
前に別れの挨拶をしてもずっと俯いているだけだった雷邦が神妙な表情をして碧空の前に立つ。
「俺……行くから」
「ん? うん」
はて、どこに行くのだろう?
「絶対迎えに行くから。お前がどこにいても、絶対、俺が……俺が迎えに」
ああ、そういうことか。
「うん。待ってるよ」
「その……だから、そのときは……俺と一緒に……その」
「そうだね。またみんなで一緒に暮らせる日がくるといいね」
小鈴と雷邦と、父と母と祖母、莉音、燕青、紅蘭、邑のみんな……。
そして、あのとぼけたおじいさんも……。
「……あ、ああ。そうだな。またみんなで」
雷邦はなぜかがっくりと肩を落としているけれど。
「その日がくることを楽しみにしているよ」
結局、碧空たち家族は枝邑を出ていった。
小鈴たちは泣いて見送り。
父である王に諫言した枝喩も、こんなつもりはなかった、と後悔しながら見送った。