第二四話 碧空家族、王の言葉に憤慨す
【第二四話】碧空家族、王の言葉に憤慨す
晩ごはんの食卓。
家族の団らん。
「というわけで、邑の寄り合いで追放が決まっちゃったよ。はは、参っちゃうよねー。これからどうしようか」
と、碧空の父がのんきに切り出したので、碧空は最初言葉が見つからなかった。
「え、冗談ですよね? 追放って」
「いやぁ、冗談じゃないんだなぁ、これが」
「じゃあ、もっと重々しくいってくださいよ。お父さん」
「冗談ではない。追放なのだ。父は参っちゃう」
声だけ重々しくしても、ふざけている感は拭えなかった。
本日、邑の寄り合いがあった。
邑中の家長が集まり、橋や粉引き小屋の管理や耕し手のいなくなった畑の世話など、諸々の問題事を相談する場なのだが。
「身元のわからない怪しいものを呼び寄せて、理解できない怪しいことをしてるって言われちゃってさ」
「え。それって」
私のせい……?
「そんな子供は追放しろっていうから、子供を捨てる親がいるかバカ野郎。それなら俺たち家族ごと追放しろよって怒鳴ったんだよね」
「あなた、かっこいい! 惚れ直しちゃう」
「いやぁ、そうでしょー。僕もそう言ってくれるお前が大好きだよー」
「やーん、あなたー」
「お前ぇー」
いやいや、いつになっても熱々円満なのは結構なことだが。
その結果が、家族全員追放とは。
「私のせいで、お父さんお母さんまで追放だなんて、申し訳ないです」
「あらあら、そんなに落ち込まないで、空ちゃん」
「でも、うちにはお祖母さんだっているのに」
そう言って、祖母を見ると。
静かに話を聞いていた祖母は目を開いた。
「よく言った! わが息子よ。幼子を理解できんからといって閉め出すような、そんな狭量な邑なんぞこちらから願い下げじゃ!」
「お、お祖母さん」
「いいかい、空。覚えておきなさい」
祖母は碧空を見据えて言った。
「人を迎え入れる度量のない邑はいずれ滅ぶ。どんな事情があったとしてもな」
重みのある言葉だ。
「まったく七年前からこの邑には呆れて声も出んかったが……」
七年前?
碧空が生まれる前になにが……。
「今回のことでいよいよ愛想がつきた。息子よ。三日のうちにここを出るぞ。王にはそう伝えよ」
「承知しました。母上!」
え、ええー……そんな感じなの?
追放されるというのに悲壮感など微塵もなく、むしろノリノリな家族に、碧空は言葉もでなかった。
「でも、あの子はこうはいかないだろうな……」
「やだー! 碧空ちゃんがいなくなっちゃうなんてやだよ!」
案の定、小鈴は泣き出してしまった。
父から知らされ、朝一でやってきた直後である。
「ごめんね。私も、小鈴ちゃんと別れるのは辛いよ」
「でも、こんな急に……」
同い年の幼馴染として、姉妹のように育ってきた親友である。
別れが辛くないはずがない。
しかし、邑の寄り合いで決まり、王が決定した以上しょうがないのである。
川も山も田畑も粉引き小屋も、邑の共有財産だ。
邑に逆らえば生きていかれないのである。
泣きじゃくる小鈴をなだめ、無言の雷邦に別れを告げる。
それから碧空は猟師のお爺さんのところに行った。
お爺さんは碧空を我が孫のように可愛がり、度々お肉を分けてくれたのだ。
「お爺さんには多大な厚情を賜って参りましたが残念なことにその恩義を返す……」
「固い固い。別れの言葉が固いぞ。お嬢ちゃん。爺とお嬢ちゃんとの仲じゃあないか」
「親しき仲にも礼儀ありと言いますから」
「相変わらず子供らしくない子じゃのう」
「それがよくなかったのでしょうか」
碧空は子供らしからぬ物言いをする。
それが愛らしいと爺婆には好評だったが、転じてそれが得たいが知れず気味が悪いと追放の一端になったらしい。
結果家族に迷惑をかけるのなら、申し訳ないことだ。
「いや、お嬢ちゃんが気にすることはない」
「ですが……」
「あやつらは怖がりの時期なんじゃ。年を経て脳みそが固くなると怖がりになるもんなんじゃよ」
仙人を招いて未知の物の数々を作り出したのも事実だ。
人間はよくわからないものに恐怖を抱くもの。
自分の不用意な行動が恐怖を生んでしまったのかと碧空は反省する。
邑人は無知ゆえに、ありもしない幻を生み出す。
寄り合いでは、近年の嵐や農作物の不作も碧空の仕業であるという説が流されたらしい。
そんなわけなかろうに。
「まぁ、怖がりの時期を越えれば、案外都合よく色々なものを忘れるものさ。七年前のことがあっても、お前らのおっかさんたちもそうして戻ってきた。あいつらが怖さを忘れたらひょっこり戻ってくるといい。そのときはまたあの焼売とかいうやつみたいな、うまいもんをご馳走してくれよ」
猟師のお爺さんとの約束を交わした。
このときの指切りげんまんこそ世界初の指切りであった。
帰りに、墓地に寄った。
枝翠の眠る墓である。
墓自体は邑外れの山の中腹にあるが、これからはこっそり墓参りすることも容易にできなくなるだろう。
「ごめんなさい。枝翠さんともしばらくお別れです」
墓石には、早くに亡くなった枝翠の夫と娘の名前も刻まれていた。
夫は嵐の夜に川に落ちて溺死。
子供は栄養失調ではないかと言われるが原因不明。
邑人が、天候や原因不明のものを怖れるのも当然といえるかも知れない。
だからといって冤罪は勘弁願いたいが。
家に帰ると、見知らぬ男たちがいた。
そのうちの一人が特に偉そうである。
四十代半ば。無理に髭を生やしているらしく、髭面にムラがある。
その男は無遠慮な目付きでじろじろ碧空を見てこう言った。
「なるほど。似ていないな」
似るも似ないも主観の問題ですから、と答えかけたが、こういうところが禍を招いたのだと口をつぐむ。
「これだけ似ていないと、お前たちの子供だという主張も怪しいものだなぁ」
「お父さん。誰ですかこの人は」
「この邑の王だよ」
「ええ、この人が。まさか」
「そのまさかなのだよ」
「なにがまさかだ、なにが」
男の名は枝発。正真正銘、この邑の王である。
「まったく。親子をしてとぼけたやつだ。そこだけは似ていなくもない。おい、童よ。お前は幼い身でありながら、どこの馬の骨とも知れぬ悪漢たちをこの邑に招き入れ徒党を組んでいるらしいな?」
「悪漢て……王はそのものたちをご覧になったことは?」
「見るまでもない。みな噂しておる」
「悪事なんて滅相もないです」
「人心をかき乱しているそうじゃないか」
確かに邑人の心は乱れているかも。
おそらく燕青たちの美しさによってだが。
王は碧空たちに邑外への退去するよう最終通告をしに来たのだった。
「言われなくても出ていってやるわいな」
祖母が気炎を吐くのを王はふんと鼻で笑う。
「開き直りおって。子供のかんしゃくと変わらんな」
「用が済んだならもう出ていってください。その方がお互いのためだと思いますよ」
碧空の家族は邑外退去に同意している。明日には邑とはおさらばだ。
ならばもうお互い余計に不快な思いをすることもあるまい。
王は、しかし、碧空の顔面を指差す。
「わしはな、お前が悪鬼妖怪の類いではないかと疑っているのだ。童子でありながら知恵が回るのもそれを裏付けておる。でなければこの夫婦に子などいるはずがない」
「夫婦が愛さば子くらいできましょう。私は性根が生意気なだけですよ」
「いいや。それだけではありえん。なぜならな、お前の母は出来損ないなんだ」
え?
「出来損ないの、子を生めない体なのだから!」
この人は……。
この人は、なんてことを言い出すんだ。
碧空の母の表情が青ざめていた。
碧空は逆に自分の顔が燃え上がるように真っ赤になっていると感じた。
母にこんな表情をさせるやつを許してはおけない。
幼児の体でなにができよう。
しかし、このままにはしておけない。
と、碧空が決意し動く前に一足早く碧空の父が王の胸ぐらをつかんでいた。
「王よ。今から一発ぶん殴るが、いいか」
「な、なんだと」
「お前、王に対してなにを」
王の配下が引き剥がそうとするも、父は引かず。
「バカ野郎! お前がこの邑の長なら、僕だってこの家の長だ。大切な家族を侮辱されて黙っていられるか!」
お父さん、熱い!
普段はへらへらしているのに!
「やめよ。我が息子よ」
「お祖母ちゃん!」
お父さんを止めたげて。
「バカを殴るなら年長者に任せな!」
お祖母ちゃーん!
なんでこんなに熱い家族なの。
「血こそつながっちゃいないが、こんな愚息を選んでくれた大切な嫁だ。おまけにこんなかわいい孫までくれた。私には子供以上に大切なんだ。バカにされて黙っていられるか!」
「お母さん、あなた……ありがとう。ありがとうございます。でもいいんです。私には、その言葉だけで十分。怪我をしてもいけませんから落ち着いてください」
母はとうとうと涙を流した。
これ以上は母を悲しませるだけと知り、父も祖母も碧空も怒りの矛を収める。
それから、王の配下と王は。
「さっきのは王が悪いよ」
「そうだよ。ばーさんたちだって怒るさ」
「……だって本当のことだろ」
「いや、でもさぁ」
「うるさい。俺だって王としてこの邑を守らねばならんのだ。もし万が一子の授からぬ病が出たら」
「はいはい。わかったわかった」
「うう……」
といった具合に、最終的に意気消沈して帰っていった。