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第二二話 莉音、正体を明かして演奏会が開かれる

【第二二話】莉音、正体を明かして演奏会が開かれる



 それからしばらく、ケモミミで恍惚とする碧空と、そんな碧空をうっとり眺める燕青の関係ができあがった。


 これを萌えの相がかりの構えという。

 表面上は微笑ましいが、内々では互いに激しい萌えが荒れ狂っているのだ。


「ああーっ! 碧空、燕青。二人でなにをしているんだ! あ、大変だ燕青。耳と尻尾が出ているぞ!」

「出してるんだよ」

「我が紅蘭と話している間に、なにがあったんだ!?」


 と、興奮したせいか、莉音の鼻がムズムズする。


「は、は、は……」


 燕青は狐の本性が出てしまった。

 莉音も、もしかして?


「は……ポロロロロォン!」


「え」


 美しい弦楽器の音色がくしゃみの代わりに莉音の口から漏れた。


「もしかして今の聞こえたか?」

「あ、はい」

「ああ、聞かれてしまった! 恥ずかしい! うっかり音色を奏でてしまった」


「きれいな音色でしたよ」

「そんな破廉恥なことを言うなぁ!」

「破廉恥なんですか! ごめんなさい」


 莉音の様子がおかしい。

 というのも燕青が正体を現したことで、莉音は対抗心を燃やしているのだった。

 姉として、燕青に一歩出遅れた気がする。

 恥ずかしがっている場合ではない。


「とはいえ、人前は恥ずかしいのだ。碧空こっちにくるのだー」


 莉音は碧空をさらって二人きりになる。

 燕青と紅蘭は苦笑して追わなかった。


 泉のそば。

 苔むす岩場。


「ここなら邪魔者はいない。碧空、見て欲しい。我のすべてを……」


 莉音はするりと服を脱いだ。

 女性らしい、しなやかな肢体を隠すものはなにもない。


「ちょ、ちょっと莉音お姉ちゃん……!」

「しかと我を抱くのだ、碧空。ほら、右手はこっち。左手はここだ」


 戸惑う碧空の手を誘い、美しい裸身を碧空の懐へ滑り込ませる。

 密着状態。二人を隔てるものはなにもない。


「いくぞ。碧空……」


 莉音は熱っぽい視線を送り、原形を現した。


 ぼふん。


 莉音の体は消え、代わりに木製の弦楽器が碧空の手の中にあった。


「これは……琵琶? いや、違う。もっと西のものかな」


 莉音の正体はリュート。

 西洋の弦楽器なのであった。


 真っ先に思い浮かんだのは、付喪神。

 大切に使われた道具はやがて神や精霊を宿すという。


 言い換えれば、古い道具は妖怪になる。

 莉音は、長い年月を経て妖怪となりかけたところを将儀に見いだされ、仙人の師匠を紹介されたらしい。


 ちなみに碧空がリュートと言っても通じなかった。

 まだ名前がついていなかったのだ。

 莉音はこの世界最古の弦楽器の一つといっていい。


 正確には地球のリュートとは同一とは言いがたいが、碧空がリュートと名づけたのでリュートになった。

 後世にもリュートという名で普及することだろう。碧空は自覚していないが。


 今まさに歴史は作られているのだ。


「莉音お姉ちゃんて、こんなにかわいい楽器だったんだね」


 碧空はいっぺんでこの楽器が好きになった。

 丸い柿の断面から太い棒が伸びているところに、弦が五本通っている。


 この状態では莉音は会話できないが、碧空がかわいいと褒めたところでひとりでにポロンと鳴った。

 続いて、弾いてみろと促すようにポロンポロンと音が響く。


「私は演奏なんてできないよ」

 ポロンポロン。


「教えてくれるの? お姉ちゃん自ら?」

 ポロンポロン。


「じゃあちょっとだけ……へ、下手でも笑わないでね?」


 試しに弾いてみると、これが意外に上手くできた。

 莉音が自らここを押さえろ、弾けと示してくれるおかげだ。

 演奏補助機能がついているキーボードを思い出した。


 演奏を続けていると、その音を聞き付けた小鈴たちが寄ってくる。子供たちも集まってくる。


 そうして演奏会が始まった。


 邑で楽器といえば、太鼓がわりというのもお粗末な木箱と壺。そして、普段は連絡用の笛くらいのものだ。

 人の手による音楽にありつけるのは他邑に行ったときか祭りのときだけなので、小鈴たちは喜んだ。

 棒切れを叩いたり、石を打ち鳴らして演奏の輪に加わる。


 ただ、莉音は碧空以外の誰かがさわろうとすると嫌がって逃げた。

 自分を弾いていいのは碧空だけだと言わんばかりに。


 楽しかった、即興の演奏会が終わり、子供たちは醒めきらない高揚感を携えたまま帰っていった。


「碧空、見事な演奏だったよ。まぁ、莉音も覚えがあるだけあってなかなかよかったんじゃないかな」


 燕青姉さんたらまた憎まれ口叩いて。

 莉音が人型をとるのを待って、碧空は尋ねた。


「ねえ、燕青姉さんのおっぱいはなんのためにあるの?」

「はぁ!?」


 燕青はすっとんきょうな声をあげた。


「おっぱいは、ある、なんのため」

「いや、質問が聞き取れなかったわけではないんだ。ただ、その、ちょっと驚いただけで……」


 碧空は答えをまたず同じ質問を莉音にした。


「莉音お姉ちゃんのおっぱいはなんのためにあるの?」

「なんのためでもないぞ。ただ大きいだけだな」

「女性らしくて美しいではないか……」


 燕青が恨めしげに見る。いや羨ましげか。


「この姿は我がただの楽器出会った頃の持ち主を真似たものなのだ。似せた結果、胸も豊かになったのだが、ここは別に小さくてもよかったな」

「なぜだ。わざわざ胸を小さくするなど、気でも触れたか」


 燕青の言葉に、莉音はキョトンとして。


「我は子供が産めないからだ」


 そう言う莉音は少し寂しそうに見えた。


「人間か動物出身ならば仙人となっても、子を生むことはできるそうだ。だが、我は器物だからな。子を育てるための胸も必要ない。従って、これほど豊かである必要もないということだ」

「……そういうことか」


 燕青は莉音の言葉の真意を悟った。

 なにも胸の小さい燕青を侮辱したわけではなかったのだ。


「莉音。すまなかったね。私は勘違いをしていたようだ」

「そうなのか? なら勘違いがなおってよかったのだー」

「……許してくれるのか?」

「解決したならそれでいい。むしろ我は感謝したいくらいだ。燕青がきっかけで、もっと碧空と仲良しになれた気がする」


 莉音は陽キャラなのだろう。

 ネガティブな感情は忘れて、いいことを見つけるのが得意。

 仙人なのに大雑把すぎるようにも思えるが。


 碧空はそんな莉音が好ましく思えた。

 もっと甘えてあげてもいいかなと思うくらいには。


「碧空。ありがとう。君はこのことを気づかせてくれたんだね」

「いいえ。私は大したことはしていません。燕青姉さんですよ」

「え?」

「あなたが素直な心を持っていたからですよ。だから受け入れられるんです」


 たとえ真実を見つけても、それを受け入れられなければ間違えたままだ。

 いくら忠告する人がいても、当人次第で水泡に帰すように。


「これではどちらが姉かわからないな」


 燕青は笑った。



「それにしても、今日はやたらとくしゃみをするなぁ。なんでだろうなぁ」


 碧空はただ思いつきを口にしただけだったのだが。


「あらぁ、碧空せんせは私にもくしゃみをしてほしいのかしら。それとも、見たいのかしら」


 そのつぶやきを耳にした紅蘭が誘うように微笑を浮かべる。


「な、なにを」

「私のすべて」


 出会ってから、紅蘭はめっきり女らしくなった。

 女性扱いされて喜ぶ燕青の十倍は女らしい。


「見せてあげましょうか。あなたにだけ」


 最近の紅蘭は妙に色香があるものだから、女児であるにも関わらず、碧空はドギマギしてしまう。


「か、からかわないでください」

「ふふ、かわいらしい」



 ちなみに、妙なくしゃみの原因は、高台の柿の木の精の仕業だったらしい。

 将儀の術で生えた、あの柿の木である。

 仙道妖怪と縁があると、不可思議な木に育つことがある。この柿の木はまさにそれであった。


「まさか懲らしめたの?」

「いいえ。聞き分けのいい、良い子だったから優しく言って聞かせただけよ。ええ、優しくね」


 紅蘭にたしなめられて、柿の木は今後は花粉を最低限必要な分だけに控えると誓ったそうだ。

 なにをしたのかちょっと怖い。

 それにしても。


「あのじいさまはそこにいなくても騒がせるなぁ」


 碧空がそうつぶやくと、将儀がしたり顔をした気がした。

 想像の中ですら反省しやしない。

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