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第十九話 紅蘭、碧空と出会う

【第十九話】紅蘭、碧空と出会う



 玉庭山翠池洞に紅蘭という道士がいる。

 あらゆる才覚に恵まれ、なにをするにもすぐに一定の水準にまで熟達することから、厄介事がよく回ってくるようになった。


 道士でありながら天界に登り、給仕や料理人として仕えたこともある。

 天人や仙人に、下界の人のような食事は必要ないとはいえ、料理を楽しむ気持ちは残っているのだ。


 今は天界働きも退いて、師匠のもとで静かな洞府生活を送っている。

 仙人の資格を得て、実力も備わり、いつでも独立できる。

 まさに順風満帆。誰もがうらやむエリート道士。


 だが、本人にそういう意思がないのだった。

 仙道になったはいいものの、なにかをなしたいわけでもない。

 果たして自分はこのまま無為に生き続けるべきなのか。


「お。また小難しそうなことを考えている顔をしているな」


 紅蘭が気穴で気を巡らせる鍛練をしていると、知った声が聞こえてきた。


「その声は莉音でしょうか。なにかご用で……あら。その格好はどうしたのです?」

「ふっふっふ。どうだ。似合うだろう」


 莉音の服は、アラビアンな雰囲気を取り入れたちょっと扇情的な衣装。

 最初は出身である西方の服飾にしようとしたところ、その過程で本人の強い意向によるあれやこれやでこうなった。

 太華の人々には少し刺激が強すぎるかも知れない。


 紅蘭はアラビアンなんて言葉は知らないし、その格好はとても奇抜で妙ちきりんに思えた。

 だけど、確かに活発な莉音によく似合っている。


「素敵な服ですね」


 紅蘭の言葉に混じる動揺に気づかず、莉音は気をよくする。


「そうだろう、そうだろう。我が妹が作ってくれた特別な贈り物なのだ」

「あら。あなたに妹がいましたか? また将儀様でしょうか」


 仙人将儀の拾い癖は有名であるから、紅蘭はそう当たりをつけた。

 かくいう紅蘭と莉音も、将儀によって繋がれた縁だ。


「いや、そうではあるが違うのだ」

「どういうことでしょう」

「将儀師叔が見つけてきた才能なのだが、弟子入りはしていない。だが、それはそれとして、碧空は我が心の妹なのだ」

「はあ」


 莉音は器物出身であるからか、たまによくわからないことをいう。

 この場合は妹弟子ではなく、個人的に妹のように可愛がっていると、まぁそういうことなのだろう。


「今日会いに来たのも実は妹関連なのだ」


 というのも、妹が料理を覚えたがっているから、教えてやって欲しいとのこと。

 下界は仙人界と比べて発展が遅れている。

 それはなにも料理に限ったことではないが。

 天界の厨房に入ったことのある紅蘭に教えを請いたいというのはわからない話ではない。


「しかし、私がわざわざ出向く利はないですね」


 気乗りしない。

 しかも、聞けば相手は六歳の童子というではないか。

 わざわざ時間を割くようなことではない。


「なぜだ。どうせ暇だろう」

「暇って。貴女という人は、それが人にものを頼む言い方ですか」


 呆れてつい笑ってしまう。

 仙道は常に天地の理を探り、道行を深める。

 世界は深く、緻密で、際限がない。

 真理を知ろうとすればいくら時があっても足りないくらいなのだが。


 莉音からすれば、それは退屈な時間ということになるらしい。

 ただ、口に出すことこそはばかられるが、紅蘭も同じ気持ちはあった。


 道を究めて仙術を修め、粛々と時が過ぎていく環境に慣れて、ついには一人前と周りに認められるようになった。

 だが、いつの間にか目的を失ってしまったようなのだ。

 これから、いつ果てるとも知れぬ長い長い余生をなんの展望もなく、淡々と過ごしていくことになるのかと思うと。

 気が重いとまでは言わないが、果たしてそれでいいのかという疑念が湧いてくる。


 この世界にその言葉はないがそれは五月病に近い。

 紅蘭は仙道の五月病と言えるかも知れない。


「頼み方が下手か。自覚はあるのだが……まぁ、いいじゃないか。いこういこう」

「まったくもう」


 呆れ果てて、抵抗する気持ちも起きない。

 器物出身だからか、それとも西方の生まれであるからか、莉音は細かいことを気にしないところがある。

 口ではなにかと言うものの、実のところ紅蘭はそれを好ましく思っている。


 紅蘭は師匠に外出を願い出て、莉音と共に下界へと出発した。

 師匠の許可はあっさり下りた。

 師匠も、紅蘭に迷いがあることに勘づいているのだろう。下界で気分転換をしてこいと言外に告げている節がある。


 ゆくゆくは弟子に物を教える立場になる。

 下界で幼児に料理を教えたとて練習になるとは思えないが。

 気晴らし程度にはなるだろう。


 紅蘭にしてはその程度のつもりであったのだが……。

 その出会いが彼女の人生の大きな転機になるとは誰が思うだろう。


「どうしたんですか。燕青さん」

「え、紅蘭師姉。どうしてここへ」


 紅蘭たちが碧空の住む枝邑を訪れると、燕青が足取りも軽やかに散歩しているところに出くわした。


 可愛らしい蜜柑色の小袖を着ているおかげで、きれい系の燕青がかわいい系に見える。

 最初、紅蘭は燕青だと気づかなかったくらいだ。

 浮かれた気分の燕青も紅蘭に見られているのに気づかなかった。


「莉音さんに頼まれて料理を教えに来たのだけど」

「うわぁー! 新しい服とってもかわいいのだー! 碧空の新作か!」

「う。莉音。こ、これは碧空が新しく考えている服で、試着を頼まれたんだ。決して私が着させてくれと頼んだわけでは」


 その割には上機嫌だったことに、紅蘭は気づいていたが言わないでおく。


「よく似合っていますよ、燕青さん」

「あ、ありがとうございます」


 心からの言葉だった。

 莉音のアラビアンな服は斬新すぎる。へそが見えてるし。

 だが、和服は程よく新鮮で美しい。


「なるほど。体の凹凸を整えて、まるみがあって美しい線にしているのね」


 燕青のもつかわいらしさがよく表れている服だ。

 美少年然とした燕青しか知らない紅蘭にとっては恥じらう燕青もまた新鮮だ。

 服もそうだが、表情や仕草までかわいく見える。

 これも碧空という、その子の影響なのかしら。

 少し興味が湧いてきた。


 燕青と合流して碧空の家へと向かう。


 碧空は縁側でひなたぼっこをしているところだった。

 茶碗で茶をすすっては、ほっこりと幸せそうにしている。

 実にじじむさい。


「おー。碧空は今日もじじむさいなぁ」


 莉音が紅蘭の内心を代弁するかのように言い放って幼女に近寄っていく。


「あ。莉音お姉ちゃん」

「なにしてたんだ。お休みかー?」

「ええ、小袖の試作が一段落したんで小休止を……ちょ、ちょっと。お茶がこぼれますよ。抱っこしないで」

「大丈夫。こぼれないのだー」


 仲睦まじくて、まるで姉妹……というよりかは、老人にじゃれつく飼い猫のようだが。


「あ。燕青姉さん」


 莉音に続いて燕青まで姉呼びとは。


「着心地はどうですか。きついとこないですか」

「ああ。問題ない。どこも支障ないよ」

「胸もか? こすれたり揺れたりしないか」

「……ああ。そこに関しては生まれてこのかた支障がなくて申し訳ないね」

「いひゃいいひゃい。ほっぺたをひっぱるな、燕青」

「まぁまぁ、そこは個人差がありますから。気にすることないですよ」

「そうだよな。気にすることないよな。碧空」

「そうですよー。燕青姉さんは十分過ぎるほど魅力的な女性です」

「碧空ー。君はなんていい子なんだーぎゅー」


 幼女一人に、道士が二人。

 生まれも育ちも年齢も、大きな隔たりがあるはずなのに姉妹のように仲がよい。

 仙道は、血縁の情を振り切り長い探究の旅につく。長い寿命を得ては親ならず子や孫も曾孫さえ先に死んでしまうからだ。

 その切ったはずの縁を同じ仙道に求めることはあるが……。


「使役獣でもない。ただの人間に親愛を寄せるとは……なんとも不思議な光景ですね」


 紅蘭はひとりごちた。


「ところで莉音お姉ちゃん、そちらの方は?」


 紅蘭は、二人の姉にもみくちゃにされる碧空と、ようやく挨拶を交わした。


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