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第一話 老人、梨売りを騙し、子供それを咎める

【第一話】老人、梨売りを騙し、子供それを咎める



 迷子になってしまった。


 土色の塀に囲われた広い道は、平らにならされただけの地肌がむきだし。

 目印になるような高い建築物はなく、塀の向こうには緑の山、高い空。

 穀物を入れるのと同じ麻の繊維の服を着た人たちが牛なんかと共にのんびりと闊歩している。

 牧歌的な風景。


 古い、古い時代。

 染色が盛んでないので、老若男女みんな同じような服の色をしている。

 オシャレをするっていう考えがない。もしくは技術が追いついていない。


 この中から背格好だけで父親を探すのは大変だなぁ、と思う。

 大都会の人混みに紛れるのとは違う。間違い探しのように大変だ。


 今日は、父親に連れられて隣のむらまで来ている。

 邑とはこの世界の集落の単位で、たとえ国くらい大きくても、十数人しかいない村でも、みんな邑だ。

 隣の邑は大きな町くらいある。


 このままではいけない。早く父親を見つけなければ。さもないと……。


「おやぁ、どうした。迷子かね」

「あれま。かわいいお嬢ちゃんだねぇ」

「どれどれ。あら、ほんとうじゃ」

「うちの孫にほしいのおー」


 こうなってしまう。

 際限なくかわいがられてしまうのだ。


「あ。大丈夫です。自分で探せますので」

「ほう。この歳にして利発な子だ」

「ますます気に入った。うちの子になりなさい」


 ならんならん。

 冗談なのかもだけれど、この世界の人は感覚がおかしい。


「いえ、間に合ってますのでー」



 なんとか逃げ出して途方に暮れていると、人だかりを見つけた。

 どうやら大通りで梨を売っているようである。


 父親も足を止めていないかと、探したがいなかった。

 代わりにといってはなんだが、こんな不思議な出来事を目撃する。



 梨売りの行商のところへ老人がやってきた。

 商人は、老人があまりにみすぼらしいので追い払った。

 さわったら病気になってしまいそうな身なりだ。つい邪険にしてしまった理由もわからなくはない。


 すると、老人は食い捨てられた梨の種を埋めて、たちまち立派な木に育てた。

 木には売り物になるほど、たくさんの梨が実り、老人は多くの人に無料で分け与え始めた。

 自分を追い払った商人にさえ。


 みなは美味しい梨で満足した。

 そこで終わっていれば、梨売りはふくらんだお腹をさすりながらまた別の場所へ梨を売りにいけばいいだけで、なにも問題はないのだけれど。


 商人には愕然とする結果が待ち受けていた。

 あれだけあった売り物の梨が空っぽになっていたのだ。


「や、やられた……!」


 老人が配った梨は、自分の梨だった。

 そうと気づいた頃には老人の姿は煙のように消え失せていた。



「あー、うまかったのぅ」


 老人はとある路地のじべたに腰を下ろして腹を叩いた。

 その腹のふくらみこそが彼の勝利の証であるかのように。

 人を外見で判断し、貧者に厳しい、いけすかない商人。

 自分は腹一杯梨を食い、あいつにはいっぱい食わせることができて、愉快痛快。


 さてお次はなにをしてやろうか。

 老人は千里を走る視線を巡らし、使用人に怒鳴り散らす館の主人を見つける。

 その主人は自らが間違えたことを認めずに、失敗した憤懣と責任を使用人に押し付けている。化かすにはいい具合だ。

 次の標的はこれにしよう。さて方法は如何に、と。


 老人が思案する矢先、ふと気づいた。

 子供が近づいてきている。

 やっと物心がついたくらいの、幼児だ。



 やっと見つけた。

 あのおじいちゃんだ。

 老人は年寄りなのに健脚で、子供の短い足では追いつくのに難儀した。

 子供は老人を何度も見失い、隠れていそうな場所をいくつもあたって、ようやく見つけ出したのだった。


「商人がいけすかないからといって、あれはやりすぎですよ」


 子供は息を整えながら老人に言った。


「はて、なんの話じゃ」

「とぼけてもムダです。ずっと見てました」

「なにを?」

「梨だけでお腹いっぱいって、どれだけ梨好きなんですか?」


 子供は呆れたように老人の腹を見る。

 七福神の布袋さんみたいだ。

 ふむ、と老人は思案するように長いあごひげにふれる。


「童に見破られるような出来ではなかったように思うが……なんでわかった?」

「さあ? そんなこと言われても」


「人ほど欲で目を濁らす生き物もない。お前も、ただで梨を食べたかったじゃろ? あのごうつくばりがひどい目に遭って胸がすうっとしたじゃろう?」

「まぁ、そうかもですが」

「なら、あの術を見破れるはずがない」

「そうですか? まぁ、種を埋めたら木がグングン育って、梨がたくさんわぁーってなって、すごいなぁと思いましたけど」

「じゃろ?」

「はい。驚きました。どうやったんですか?」

「それは秘密じゃ」

「えー種明かしなしです?」

「種も仕掛けもありゃあせん」

「うそだー教えてくださいよー。さっき術って言ってたじゃないですか」


 知らぬ人が見れば、老人と孫がイチャイチャしたように和んだその後に。


「まぁ、それはそれとして、ダメはダメですよ」

「強情な童じゃのう」


 老人はしわだらけの顔をしかめる。


「別にお前がなにかを損したわけじゃないじゃろう」


 子供は貧相な身なりで、恰幅のいいあの商人の縁者には見えない。実際に縁もゆかりもなかった。


「不正を見逃したら加担したのと同じですよ」


 なんでもないことのように言ってくる子供。

 老人は、深いしわの奥から目をぎょろりとのぞかせる。


「なるほど。よい目を持っておる」

「視力はいいと思いますよ」

「そういう話ではない」


 老人は勝手に納得した様子でしきりにひげを撫で、コホンと軽いセキをすると


「それで、わしの悪行を指摘して、それでどうする? 役人に引き渡すか、商人につきだすか。どちらにせよ、童一人じゃ荷が勝ちすぎると思うぞ? まさか、と思うが、こんな枯れかけの老木のようなじじい、なんとでもなると侮っているわけじゃないじゃろうなぁぁ!」


 後ろ上がりの声量に比例して、老人の体躯がみるみる大きくなる。

 背はとうに館の塀を越して、更に高くなり、腕も脚もそれにみあう筋の浮いた筋肉で膨らんでいる。

 眉と長いひげで覆われた、しなびたナスのようだった顔は鮮血のような真っ赤に染まり、悪鬼羅刹を思わせる異形じみた形相へと変化した。


 口は耳まで裂けて、規則正しく立派な歯が生えている。


「お前のような小童一人、ひと呑みにしてやるぞ」


 銅鑼の鳴るような脅迫は腹に響いて、これで動揺しないというのは無理な話だ。

 恐怖に負けて泣き出すか、大人でも腰を抜かしてしまう。

 だが。


「脅したところで、屈しません」

「……ほう? 大した度胸だ。この羅刹を前に逃げ出さないとは」


 逃げ出したいのは山々だ。

 ただでさえ迷子だというのに、とんでもない相手にちょっかいをかけてしまった。

今日は3時間くらいごとに更新


するとかしないとか

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