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第十八話 燕青、美少女に化ける

【第十八話】燕青、美少女に化ける



「ど、どう、かな……?」

「わぁ、かわいい!」

「すごく似合ってる!」

「とても女の子っぽいです! 燕青さん!」


 ある日の枝邑でお披露目会が開かれていた。


 燕青の新しい服である。

 それは、いわゆる日本の着物に似ていた。

 振り袖だ。碧空以外誰も知らないけれど。


 桜色の振り袖を着て、普段は結っている髪をおろしている燕青はどこからどう見ても可憐な大和撫子。

 自ら手がけた碧空も、素人なりにうまくできたのではないかとご満悦。


「かわいいよ。燕青さん」

「あ、ありがとう……世辞とわかっていても照れるね」

「お世辞なわけないじゃない。みんな本心だよ、ね?」


 莉音や小鈴をはじめとした子供たちが「かわいいかわいい」と称賛の嵐。

 性根の素直な子供たちなので、その言葉に世辞や嘘偽りがないことはすぐにわかる。


「う、うううぅ……やめ、やめぇ……わかった、わかったからぁ……」

「うわ。真っ赤になっちゃった」

「こら、逃げるな」


 誉められ慣れてないのだろう。

 燕青が名前に反した顔色になって隠れようとする仕草がかわいくて、つい笑ってしまった。

 ここまでの反響があるとやり遂げた感がある。


 そもそもこんなことになったのは、一月前のなにげない会話が始まりだった。


「また私を男扱いするんじゃないだろうな」


 川に魚取りに行ったとき、転びかけた碧空を助けようとして燕青まで水浸しになってしまった。

 乾かそうと服を脱ごうという話になって、燕青はさっと脱いで、碧空のも脱がしてやろうと近づいてきたので、つい動揺したのだ。


 だって、ほら見えてはまずいところが見えてる。


「そんなことないですよ。ただ心の準備が」


 つい視線が泳いでしまうのを気づかれたか。


「どうかな。私は女らしくないようだからね」


 こうなると燕青は面倒くさい。

 莉音によると、燕青は以前から男と間違われることが多かったという。

 だからか、一度間違えると後々まで根に持つらしい。

 碧空には、そんな風には思えないけど。


「あれはすみません。つい……服のせいもあって」

「服のせい?」


 太華では衣服の文化が発展していない。老若男女みんな似たような服を着ている。


「ならば私はどのような服を着ればいいのだ」


 口では説明しづらい。なにせここにないものだから。


「えっと、じゃあ、私が作ってみましょうか。燕青さんに似合う服を。もとがいいんだから、きっとすごくかわいくなりますよ」


 言ってはみたものの、それは大変な仕事だった。

 なにせ、誰も見たことも聞いたことがないものを、六歳の子が作ろうというのだ。

 難しくないはずがない。

 ましてや、布地や道具も十分でない。


 だが、碧空には心強い味方がいた。

 繕い物の師匠である祖母。

 そして、様々な術に通ずる莉音である。

 特に莉音は三面六臂の大活躍。

 一日に千里を駆けて、麻しかない枝邑に、綿花や絹糸、羊毛をもたらしたのだ。


「すごい。この辺りじゃ手に入らないものばかりじゃないですか」

「なーに。我の乗り物にかかれば大した距離ではない」

「これを糸車で紡いで、機織りにかけて染色して……ミシン、はないから針仕事。銅の針は弱いから鉄の針があればなぁ」

「鉄か! 下界にはあまり出回っていないが、仙界にならあるぞ! とってこよう。他にはなにかないか?」

「なにか絵を描けるものを」

「木簡や竹簡か。あ、そういえば紙というのもあるぞ!」


 紙も貴重品に違いないが、仙界には最先端の技術や物品が揃っている。


「紙や筆ならば、私が手配しよう」

「燕青さん。いいんですか?」

「私のためにしてくれているのだ。私がなにもしないというわけにはいくまい」


 仕方ないという口ぶりだが、手伝いたいオーラが漏れ出ている。

 素直じゃないなぁ。


「いいのに。我は面白がっているのだから」

「なんだと!?」

「あはは。冗談だ。では、任せた」


 碧空が妙なことをしているというので、小鈴が興味を持ち、雷邦もやってきて、子供たちが集まって染料になる木の実を集めるなどの手伝いをしてくれるようになった。

 周囲の大人たちは温かく見守ってくれているという感じ。


 服の型やデザインに関しては、祖母に相談しながら、貴重な紙をたくさん使って試行錯誤を繰り返し、次第に煮詰めていった。

 そうして。


「完成しました! 太華風オリジナル着物ー!」

「織り品……なんだ?」

「気にしないでください」


 本職の着物職人からしたら、とんでもないと言われそうな出来。

 でも、この世界にそんな人はいない。

 世界初の着物なのだ。

 そして、それはこの世界の服飾文化が動き始めた瞬間でもあった。



「いいなー。私もこんなきれいな服着てみたい」


 女の子だからか小鈴が羨ましそうにチラチラとこちらを見てくる。

 次は小鈴の服を作ることになるかな……。


「俺はかっこいい服がいいなー」

「我も我に似合う服が欲しいぞー。碧空作ってくれー」

「えええっ」


 莉音の発言を口火に巻き起こった服作ってくれコールが鳴りやまない。

 かなりの大作を作ったばかりだよ。


「え、燕青さん……」


 助けて、なんか言ってやって。

 碧空は燕青の後ろに隠れたのだが。


「あ、あのだね。碧空。この服は大変素晴らしくて、君の言う服の女らしさ、というものも十分に理解できたのだが……大変言いにくいのだが、私としては、もう少し女らしさを抑えて、人前で平静でいられる服を作って欲しいのだが」


 まさかのリテイク。

 碧空の服飾地獄はまだまだ始まったばかりなのだった。



 後日。


 燕青が上機嫌でやってきたので理由を尋ねると、下界で天女と間違えられたらしい。


「聞いて驚いてくれ。なんといきなり交際を求められたんだ! こんなに女性扱いされたのは初めてだ!」

「初めてなんですか。これまでも素敵でしたけど」

「女性に惚れられたことならある……」

「……あの、それは」


 なんて慰めればいいのか。


「もちろん告白は断ったが、碧空には感謝してもしたりないくらいだ。全部碧空のおかげだよ」


 男性と間違われることをよっぽど気にしていたようだ。

 服作りは大変だったけど、がんばってよかったと碧空は思う。


「手助けできたならよかったです。でも、服もそうだとはいえ、告白されたのは燕青さんが素敵だったからだと思いますよ」

「燕青お姉さん、だ」

「え?」

「君は、莉音のことを莉音お姉ちゃんと呼ぶだろう? ならば私は燕青お姉さんと呼んでくれ」

「あ、えと」

「さ、遠慮せずに」


 遠慮してるわけではないのだが。

 なにゆえ道士は妹にしたがるのか。

 それとも燕青が莉音に似ているだけか。


「えっと、その……燕青お姉さん」


 ためらいがちに呼んだのだが、それで十分だったようで。


「うーん! なんて甘美な響きだろうね。もう一度。もう一度だ。何度でも呼んでおくれ、碧空!」


 感極まったように頭を撫で回してくる。



 お姉さんができました。

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