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第十七話 枝翠、燕青の導きで天へと昇る

【第十七話】枝翠、燕青の導きで天へと昇る



 立ち去ったと思わせたのは、油断させるための枝翠しすいの罠だ。

 夜はまだ明けてなどいない。

 様子を伺いに出てきた燕青を昏倒させ、その声を真似たのだ。


「やっと出てきた。もう離さないわ。一緒にいきましょう。どこまでも。いつまでも」


 枝翠しすいは両手で碧空をつかみあげると、遂に本性を現した。


 彼女は怨霊と化した人間。

 こちらの世界では狂った鬼ともいう。

 黄泉に旅立つことができず、自らの子の代わりをずっと捜していた。


 そして、ついに念願の碧空を手中にお収めたのだった。


「私のかわいい碧空ちゃん!」

「いや。碧空は我のものだ。怨霊なんぞに渡さんぞ」


 と、腕の中の碧空が言った。


「……は?」


 突然大量の蛾の群れが枝翠しすいに殺到した。

 混乱する枝翠しすいの腕から逃れた碧空はくるんと宙返り。

 たちまち莉音へと姿を変えた。


「な、お前は私の周囲をかぎまわっていた道士。おのれ。術で謀ったか」

「お互い様だ。こちらはこちらで、お前の油断する瞬間を狙っていたんだよ。動物が一番気の緩むのは、獲物を手中に納めたときというからな」


 莉音たちの調査の結果、枝翠しすいが既に死人だということはわかっていた。


 多量の陰気。

 死臭をごまかす白檀の香り。

 碧空に渡していたのはお供え物だ。


 枝翠しすいは黄泉に旅立てず、その未練を昇華させるために碧空を道連れにしようとしている。

 しかし、辻褄があうとはいえ、碧空にはどうしても枝翠しすいが悪人には思えなかった。


 母親が子を想う気持ちに、嘘偽りは入り込まない。


「そう思ったときに気づいたんです。あなたの不自然さに」


 廟内から碧空が現れる。

 枝翠しすいは悔しく思った。

 莉音に抱きしめられてその匂いは混じりあっていて、だからとりちがいに気づかなかった。

 白檀の香りもあだとなった。


「死人に仕える童子なんてものはいない。まして枝翠しすいさんは子供への未練に惑っている。これはおかしいですね? あなたが黒幕なんでしょう? 正体を現しなさい」


 碧空の視線は枝翠しすいにではなく、灯りを持つ童子へと向いていた。

 童子は人形のような無表情を装っていたが。


「フヘヘ……よくぞ見破った」


 不気味な笑みを浮かべると、その正体を現す。

 鬼を自在に操り、妖しい術を使う、不気味な童子。果たしてその正体は……。


「フハハハ。我が原形を見ておそれをなせ、ガキどもよー。我輩は白毛大仙。偉大なる大仙人であるぞ」


 ちまっとした偉そうな白猿。

 さっきの童子姿より小さい。


「か」

「か……」

「か?」

「かわいい!」


 プリティである。

 ぬいぐるみのような白い子猿でありながら、偉そうに背伸びしているのが尚更心を射ぬく。


「か、かわいいとか言うな。我輩は大仙人だぞ。偉いんだぞ。謝るなら今のうちなんだぞ」

「だそうですけど、聞いたことあります?」

「いや、全然」

「どの辺りで有名な仙人様なんです? ちなみにこちらの方々も仙人様ですが」

「……うぬぬ……コホン。我輩の仕業であると見破るとは、さても小賢しい小娘どもだ。こうなったら面倒だ。お前ら三人まとめて喰らってやろう! やれ。枝翠しすい! 娘をすべてとりころ」


 白毛大仙が命じようとした瞬間。


「行け! 二竜剣!」


 燕青の宝貝パオペエが白毛大仙の持つ、灯りを弾いた。

 すかさず莉音が白毛大仙に飛びかかって組みしくと、あっさり捕まえることができた。

 燕青は灯りを拾い上げた。


宝貝パオペエ誘魂灯だ。鬼を操ることができる。こやつが持つには不相応だな」


 白毛大仙は手足をバタバタさせるだけで逃げ出すこともできない。

 大方、どこかの仙人のもとから逃げ出してきた使役獣であろうとのことだ。

 宝貝パオペエもそのときちょろまかしてきたのであろう。


 それより、碧空には枝翠しすいのことが気がかりである。

 枝翠しすいは糸を切られた操り人形のようの事切れていた。


「甦らせることは?」


 燕青は枝翠しすいを見て首を振った。


「ダメだ。完全に死んでいる。魂魄はあるがこれでは生き返らせることはできない」

「そんな……」

「大分前に死んでいたのだろう。未練が留まっていて冥土へ旅立てなかった。そこをあの子猿につけこまれたんだな」

「せめて安らかに逝かせてあげられませんか」

「安心するんだね。そこは私の範疇だ」


 燕青は召鬼の術者。

 死者を操る能力に長ける。

 それは、冥土に旅立てなかった死者を正しくあの世に送ることも含まれる。


 燕青が呪いを唱えれば、たちまち淡い紫の光が中空より差し込んだ。

 その根本をたどれば明るい雲が浮かんでいる。

 紫色なのが、すごくあの世っぽい。


「疾!」


 燕青が印を結ぶと、枝翠しすいの体から魂魄がはがれ、天に昇っていく。

 魂魄には目も鼻もなかったが、枝翠しすいは自分を見つめているような気がする。


 ありがとう……。


 碧空は、初めて枝翠しすいの微笑みを見た気がした。

 どうか、天国で家族一緒に暮らせますように。


「天国とは、妙な言い回しだな」


 この世界では死生観が違う。

 というか、実際に天上と冥土が存在し輪廻転生する。構造が違うのだ。

 しかし、願うことは同じである。


枝翠しすいさんが幸せになれますように。願わくばそのそばにあの人が愛した人たちがいますように」

「……君は、よくそのようなことを口にできるな」

「間違っているでしょうか?」

「いや、間違っていない。私もそう思う」


 燕青は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた。


 時に死は免れない。

 燕青はそれを天数と受け入れている。

 とはいえ、その死を悼み、幸せな前途を願うことは相反してはいない。


「最期に君に出会えたことは、彼女の幸いであったと思うよ。彼女は確かに操られ君を殺そうとしたが、君に惹かれていたのもまた事実なんじゃないかと思うんだ」



 後日譚。

 白毛大仙は燕青の師匠経由で逃げ出してきた洞府を探してもらうことになった。

 召鬼の宝貝パオペエを持っていたことから、その宝貝パオペエの履歴をたどればいづれ判明するだろう。


 白毛大仙が碧空を狙ったのは、精気を吸い妖力を得るためだ。

 特に、徳のある人の精気は効果があるらしい。

 といっても、碧空と巡り合ったのは偶然だった。

 燕青に言わせれば天数ということになる。

 枝翠しすいの体は家へと送り届けたので、まもなく発見されるだろう。


 まずいことには。

 その後、碧空の家に帰ったのだが、既に祖母が起きていて、三人は大いに叱られた。

 本来、祖母よりもはるかに年上だろうに、仙人二人が子供のように叱られているのは気の毒だった。

 けれど、少し楽しくもあった。

 イタズラっ子三人組というくくりが、こそばゆい感じがしたからかも知れない。


 締めくくりにサプライズが待っていた。

 祖母が説教を終えると、とりあえず寝ろ、寝る前に湯浴みをしろと言って聞かないので観念して着替えようとしたところ。


「あ、それじゃあ燕青さんお先にどうぞ」

「湯浴びくらい、いっぺんにすればいいだろう。手間を考えても理にかなっている」

「え、でも」

「我は碧空と一緒に湯浴びするぞ。我と碧空は姉妹だからな!」

「ほら。莉音も問題ない」


 碧空の中身は男だからそう考えるといかがなものかと思うのだが、もう何度も一緒にして今更感がある。

 今生では碧空は女児だから世間的には無問題。


「でも、やはり男女が一緒に湯浴びするというのは」

「男女? な、なに? 一体どこに男がいるというんだね? だ、だめだぞ。私は、そういうのは! ふしだらだ!」


 と、燕青が慌てる。


「え?」

「……え?」

「ははぁ、なるほど」


 戸惑う二人の間で莉音だけが得心したように頷いている。


「莉音お姉ちゃん、正解をどうぞ」

「燕青は女だぞ、碧空」


 莉音は愉快そうに言った。


「え」

「あ!」


 そういうことか。把握した。

 この世界では、服飾は似たり寄ったりで服にも差がない。

 燕青が美少年顔して凛々しい振る舞いをするからすっかり男性だと思い込んでいた。


 そうだと思ってみてみれば、なるほど燕青は美少女といってなんら遜色ない。

 濡れ羽色のきれいな髪。すらりとした体躯。


「さては、私を男だと思っていたんだね! こらー」

「す、すいませーん!」


 碧空はたくさん謝った。


 だけどここだけの話。

 莉音と比べて燕青のある部位が慎ましすぎるのも一因ではないだろうか。

 と、湯浴みの最中、つい見るとはなしに見てしまった碧空であった。

 口にはできない。

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