第十三話 碧空、衰弱する
【第十三話】碧空、衰弱する
六歳児の碧空はお使いをする。
幼いというのに元気に挨拶ができて礼儀正しい碧空はどこに行っても大人気。
奥様方のアイドルといっていい。
その日も迷いやすいお使いを難なくこなして家へと帰るところだった。
「あれ?」
橋のたもとに、骸骨がたたずんでいた。
目をこすってようく見ると、骸骨ではなかった。
なんでそう見えたのだろう。
きれいな女性だった。いささか青白い肌をしているが。
身分のある人なのか、そばに使用人らしい十歳程の童子を侍らしていた。
女性は、こちらの視線に気づいたか、手招きをしてくる。
見覚えのない顔だが、嫌な感じはしない。
ただただ、冬夜のように寂しそうである。
そんな表情をしていたら、なにかしてやれないだろうか、と思ってしまうのが碧空というものなので。
碧空は女性のもとへと近づいていった。
「やっほー。碧空、莉音お姉ちゃんなのだぁ」
今日も今日とて、莉音がやってきた。
仙人の厳しい修行はどうしたと言いたくなる頻繁さである。
「て、なにを作っているんだ? まんじゅう? にしては皮が薄っぺらいが」
碧空は料理をしていた。小鈴はお手伝いである。
「これは焼売っていうんだけど……」
この世界の料理はあまり発展していない。
見覚えのある食材はあるのだが、誰も作っていないのだ。
毎食食べられるだけで素晴らしいことだ。
なのに、それに慣れるともっと美味しいものを食べたいと思ってしまうのは、現代人の性か。
だから、碧空は時折こうやって料理を試作している。
今日は焼売というわけだ。
蒸し器は饅頭のを使う。肉は貴重なので豆で代用。
豆腐ハンバーグみたいになるかと思ったのだが。
「……なんかパサパサしてる」
「うーん、これじゃない感」
どうにか食べられるものにはなったが、美味しくはなかった。
肉以外にも代用品が多いからか。
豆腐ハンバーグといったが、ここには豆腐すらない。
「失敗かぁ……もっと簡単なものから作ろうかな」
「碧空は料理がしたいのか? 我には碧空の家の食事は十分美味しいと思うのが」
「私もそう思います。でも、毎日麦の粥や饅頭ばかりだとねぇ」
たまには米が食べたくなる。
元日本人であるがゆえか。
ぜいたくをいうつもりはないが、あるなら食べたい米の味。
麦はあるし、きっとどこかの地方にはあると思うのだが。
「ああ、お米が食べたいなぁ」
「お米? それはおいしいのか」
「おいしいですよー。ホカホカして、やわらかくて。噛めば噛むほど甘みが広がって。どんなおかずにも合うんです」
「ほうほう」
「植物としては稲っていうんですけど……この辺りの気候なら生えてておかしくないと思うんだけどなぁ」
「ふうん? よくわからんが、知り合いにそういうことに詳しい人がいるから今度紹介しようか」
料理人だろうか。
食材に詳しいならよい助言がもらえるかも知れない。
教えてもらえるならありがたいと、碧空は紹介を頼んだ。
「ではそのうち……」
「そのうちって何年後ですか?」
仙人のそのうちを待つ間に成人しかねない。
「そんなに何年も経たないぞ!」
莉音は顔を赤くした。
碧空には何度か時間感覚についてからかわれているのだ。
そうして、碧空と小鈴と莉音と、三人で遊ぶうちいつのまにか碧空は寝入っていた。
「こんな昼間から寝るなんて。赤子のようだな」
「そうですね。術にでもかかったみたい」
「つ、使ってないぞ」
「え? あ、はい。わかってますよ。悪い妖怪じゃないんですから」
小鈴には仙術で眠らせたことは言ってない莉音である。
「じゃ、私も一緒に寝よーっと」
「ちょっと待て」
「なにを待つんですか?」
「なぜ碧空に抱きつく」
「碧空ちゃんの温もりを感じながら眠りにつくために決まっているじゃないですか。これぞまさに夢心地!」
「夢心地ってお前……」
「それじゃおやすみなさーい」
「待て待て待て。そういうことなら我だって寝たいぞ」
「それじゃこれを枕に」
「そうそうこれこれ……ってこれは、まんじゅうなのだー!」
律儀に小鈴からまんじゅうを受けとる莉音である。
いいから碧空を寄こせ、碧空は私の寝具です、と取り合ってるうちに碧空は目を覚ます。
「二人とも、なにを、騒いでいるん、です……くぅ」
「ほら、莉音さんが大きい声を出すから起きちゃった」
「我のせいではないのだ。しかし、また寝たぞ」
「ほんと。あ、起きた」
「いや、寝たな」
「起きた」
「寝た」
「起きて」
「寝て」
「起きては」
「寝て」
「はー。さっぱりさっぱり」
「なんなのだそれは」
そのときは碧空を静かに寝かせてあげることにしたのだが……。
次の日。
碧空はまた糸が切れたように居眠りをしていた。
「疲れているのか?」
「そんなに疲れることはしていないんですけど」
話を聞くと、最近妙に眠気がひどく、昼夜を問わず寝てしまうらしい。
これまでの通りに暮らしているのだが。
明るくなったら起きて、農家の親の手伝いをして、祖母に裁縫を習い、友達と遊び、暗くなったら寝る。
娯楽が少なく、明かりがもったいないから夜更かしもしない。健康的な生活だ。
「しかし、それにしてはおかしい気がするぞ。具合も悪いように見える。病だったらいけないのだ。ここは一つ、気の流れを見てみよう」
莉音が、碧空の体に流れる気の流れを見る。
万物にはすべてこの気というものがあり、それが正常に流れているかどうかで、具合の良し悪しがわかる。
だが、碧空には特に悪いところは見つからなかった。
「変だ。とても衰弱しているのは確かだが、肝心の悪い部分が見つからない」
「病じゃないんですか? でも碧空はとってもつらそうよ」
「これは不味いな。原因がわからなくては、このままだと最悪死ぬこともありえる」
「死!」
小鈴は血相を変えて碧空に抱きついて泣き始めた。
「やだやだやだよーぅ! 碧空、死んじゃうなんてやだー!」
動揺する小鈴。対して碧空は。
「いや、でも小鈴。人はいずれ死ぬものだからさ。人によってそれが早いか遅いかというだけのことだよ」
「なんでその年齢でそんなに達観した物言いをするのだ。お前のことだぞ」
さすがに呆れる莉音である。
莉音は仙境に生えるという栄養満点の桃を碧空に食べさせた。
一個食べれば一年寿命が延びるとされる果物である。
碧空の体調はみるみるよくなったがまた数日後には元通り。
「やはり原因を特定して取り除かねばどうしようもないな」
数日後。
莉音は一計を案じてとある人物に相談を持ちかけたのだった。