第十一話 莉音、一年前の事を語る
【第十一話】莉音、一年前の事を語る
以前のことになる。
雲海より突き出た山々の連なる峰。
下界と大きく隔たれし幻のような場所。
仙人や道士、霊獣の住まうここを仙境という。
莉音が長嘯の修行をしていると、空飛ぶ葉っぱに乗って誰かがやってきた。
「あ。将儀師叔!」
「おお、莉音。息災であったか」
「息災も息災。天下に並ぶもののない息災ぶりなのです、師叔」
「そのようじゃな」
正直なところ、莉音はつい先程まで代わり映えのしない修行生活に退屈していたのだが、将儀の訪問によって言葉の通りになった。
莉音は将儀のことが好きだ。
彼のまとう雰囲気が、莉音のかつての主に似ているからかも知れぬ。
また、別の理由もある。
莉音は、一時期、人嫌いになっていたことがある。
主が殺されたこと。
人間以外出身だと他の仙道からいじめられたこと。
それらの結果だ。
立ち直ったのは、愛情をもって接してくれた師匠とその弟弟子、将儀のおかげである。
厳しくも優しい師匠。飄々としていながら、莉音自身以上に自分を理解してくれる将儀。
莉音は彼らの為なら身を粉にして働くのも厭わない。
「師叔、今日は何用ですか? 師匠に会いに来たのですか? ついでに我と遊びませんか?」
「そうじゃな、後でお主の歌でも聞かせてもらおうか」
「あれ? なんだか師叔、機嫌よさそう?」
「はて。そう見えるか?」
「うん。師叔のことならお見通ーし」
「そうか。お見通しとは恥ずかしいのう」
その日、将儀は姉弟子であり、莉音の師匠でもある白蓮娘々のもとを訪れた。
そして、仙骨のある、有望株を見つけたが、白蓮娘々に新たに弟子をとる余裕はあるかと尋ねたのである。
その有望株こそ、碧空。
転生者、青井光希である。
白蓮娘々は、そんなに有望なら自分で弟子をとれと将儀を叱った。
将儀は洞府を開く実力を持ちながらひとところに留まらず、ふらふらと浮浪者のような生活を続けている。
仙骨のある者を見つけては白蓮に押し付けるのも度々である。莉音もそうだ。
最終的には白蓮が折れて、引き受けることになった。
その会話にこそりと聞き耳をたてていた莉音は心を踊らせていた。
白蓮の新たな弟子、ということは莉音の妹弟子ということになる。
それに、弟子になる経緯も似ているので親近感を持った。
「どんな妹だろうか。我よりも優秀であろうか。もし心細い思いをしていたら我が寄り添ってやろう」
師匠や師叔にしてもらったように。
莉音は、まだ見ぬ妹弟子を想って色々考えを巡らせる。
さながら本当の妹を持つように。
それが、莉音が碧空と出会う、だいたい一年程前のことである。
「なのに、待てど暮らせど妹弟子はこないし、将儀師叔も来ないから、様子を見にきたんだぞ。さては将儀師叔、妹弟子と二人きりで遊んでいるに違いない、と思ったのだ」
小鈴を家に送り届け、荷物を家の土間に下ろした後。
碧空は莉音から事の次第を説明されていた。
なぜ莉音が碧空の事を知っていて、その上でイタズラをしかけてきたのか、ということだ。
まとめると、寂しさの混じった嫉妬というのが近いか。
「そういっても私も将儀には会っていないですよ。こないだから将儀が来ないって、いつから会ってないんです?」
「ん? だからそのときが最後だぞ」
「そのときって、一年前になりますけど」
「ああ、じゃあ一年会ってないな」
一年会ってないって!
「一年くらいなんでもないだろ。十年経ってようやく、そういえば最近会ってないなーって感じだぞ」
さすが仙人、時間感覚が違う。