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第九話 碧空、不思議な赤子を拾う

【第九話】碧空、不思議な赤子を拾う



 一年程経った。


 碧空はこれまでの通り、祖母に裁縫を教わったり、小鈴と遊んだり、雷邦たちに構われたりして過ごしていた。


 碧空の住む枝邑しゆうという邑は、中くらいの町という規模。


 近年は大きな災害や戦禍はなく、一年を通して、そうそう珍しい出来事は起こらない。

 仙人なんて珍しい存在は長らく姿を現していなかった。



 その日も、碧空は家の手伝いで、小鈴と一緒に柴を拾いに来ていた。


「ねぇねぇ、碧空。こっちにたくさん実がなってる! 穴場だよ!」

「ほんとだ。小鈴はすごいね。よく見つけたね」

「でしょう。すごいでしょう。えへへ」


 碧空は実をとった木々に、枯れずにまた新しい実をつけられるお祈りを捧げる。

 将儀が将棋の合間に教えてくれた、簡単な呪いだった。


 果実や山菜も見つけることができて、意気揚々とした帰り道。

 碧空はふと呼ばれた気がして立ち止まった。


「どうしたの? 碧空」

「なにか聞こえない? これ、赤ん坊の泣き声だ」


 二人で周囲を探すと、岩陰に赤ん坊を見つけた。


「まぁ、大変。捨てられちゃったの?」


 辺りにこの子の親らしい者はいない。

 たとえ親がいたとしても、この状況は不自然であった。


 赤子は裸に、羊毛の織物に包まれていた。

 この辺りは山岳が広がっていて、羊は少ない。

 碧空たちが着ているのも麻や木綿がせいぜいだ。

 もっと西の土地の生まれか、はたまた裕福な家の子供なのか。


「このまま放っておけないよね。邑に戻って、お父さんたちに相談しよう」


 小鈴は以前に亡くした妹の姿と重ねているのだろう。元より無視するつもりはなさそうだ。


「抱いていくといざというとき手をつけない。背負っていこう」


 小鈴の背中に赤子を布で縛りつけ、碧空が二人分の荷物を持ち、邑へと戻ることにした。


「大丈夫だからね。私たちが守ってあげるからね」


 泣き止まない赤子を、小鈴はあやし続ける。

 碧空は周囲を警戒したが、尾行するような気配はなかった。


「心配しすぎかな」


 邑では最近子供が生まれたという話は聞かない。

 なにかややこしい事情があるのではないか。

 たとえば、どこぞの邑の子供が誘拐されたとか。


 なんて考えを巡らしていると、突然、小鈴がガクッと膝をついた。


「小鈴! どうしたの?」

「平気……ただ、急に、眠くなった、だけ」

「眠い?」

「うん。すごく、眠くて……ごめん、碧空、私、あとで追いかけるから、赤ちゃん、頼むね……」


 小鈴は深い眠りに落ちてしまい、どうやっても起きそうにない。

 ほんの少し前まで赤子を守ろうと意気込んでいたのに。


 おかしい。

 仕方なく、碧空は荷物と小鈴を草陰に隠して、赤子を背負った。

 そうして、しばらく邑への帰り道を急ぐ。


 だが。


「おぎゃあおぎゃあおぎゃあ」


 赤子が一際大きい声で泣く。

 すると。


 黒い絨毯がざぁっと迫ってきた。


「あ、蟻だー!」


 碧空はその正体を見極めたが、どうしようもない。

 赤子を放り出して逃げるわけにもいかぬ。


 ザァァァァァァ。


 蟻の集団は碧空の服の下、体の上を這い回ると、波のように去っていった。


 ああ、おぞましい。

 しばらくは硬直したまま声も出せなかった。


「な、なんだったんでしょう。今のは……赤ちゃんは、無事ですね」


 蟻が這い回るおぞましい感覚を忘れようと頭を振って、足に力を込める。

 だが。


「おぎゃあおぎゃあおぎゃあ」


 今度は巨大な蚊柱が、竜巻のように襲ってきた。

 田舎道を歩いていると、たまにでくわすあの羽虫の大群である。


 ブンブンブンブンブンブンブンブン!


 碧空は覚悟して目も口も固く閉じ、息を止めてそれをやり過ごした。

 額や目元や鼻の入り口に蚊がへばりついてる気がして気持ち悪い。


「なんなんです。さっきから。赤ちゃんは……無事、ですね」


 赤ちゃんが平然としているのを確認して、また邑への道をつかつかつか。


「おぎゃあおぎゃあおぎゃあ」

「ああ、もう。今度はなんなんです? 毛虫ですか、カマキリですか。どこからでもかかってこいですよ!」


 碧空が訪れるであろう災難に対して身構えていると、野良猫がとことことこと歩いてきて、おしっこをシャー。


「……なんなんですか」


 足元に尿をかけられて、へこむ碧空。

 きゃっきゃと笑う赤子。

 ため息がこぼれた。


 度重なる苦難に耐えて歩き、もうそろそろ邑が見えてくるという頃だ。


 安心したのもつかの間、体が急に重い。

 一歩、一歩と、足を進める度に重くなる。

 まるで岩でも背負っているかのように。

 たちまち、碧空はその場から一歩も動けなくなってしまった。


「はぁぅ……もうダメです。これ以上はもう一歩も動けません。君ってば重すぎです」


 碧空はたまらず赤子をおろして、地べたに座り込んだ。


「ダイエット……といってもわからないですね。もっと痩せるべきです。肥満ですよ、肥満」


 赤子に文句を言って、その場に正座。

 そして。

 碧空は赤子に土下座したのだった。


「降参します。正体を現しください。仙人様」


 しんと静まり返る一帯。

 邑まではまだ少しある。人目はない。

 そこで六歳の女児が赤子に土下座し続けた。


 やがて。


「よく我が術を見破ったな。誉めてやろう」


 甲高い声が響いて、赤子は正体を現したのだった。


「我こそは、静遊山倫尚洞にその名も高き、蔡莉音である。頭が高い、控えおろう!」

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