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第零話 邑娘、鷹獅子を降す

初日なので、連続更新してみます

よろしくお願いします

【第零話】邑娘、鷹獅子を降す



「ククク、ここがあの女のホーム、か」


 ある家の上空に人影があった。

 異形である。

 鷹の頭、獅子の体を持ち、巨大な翼を持っている。

 目には確かに動物にはない知性の光があった。


 いわゆるグリフォンに近いが、彼を現す言葉はこの地にはない。

 無理に名づけるなら鷹獅子か。

 その鷹獅子によく似た眷属が彼の後ろに控えている。


 ここより遥か遠い西の地より、ある宝の噂を聞きつけてやってきた魔獣たち。

 この地では妖怪と呼ばれる。

 鷹獅子は長旅の折り返しを今日にすると決めていた。


「一瞬で片付けてやる」


 群れの王、鷹獅子の目が血よりも濃い赤に染まったかと思うと、空はにわかにかき曇り、禍々しい暗雲が立ちこめる。

 腹に響く黒雲の胎動。迸る稲光。


「死ねぇ!」


 鷹獅子の咆哮と共に閃光。

 一瞬遅れて巨大な拳で大地を殴りつけたような轟音が響いた。

 極大の雷が落ちたのだ。

 そうと知れたときには鷹獅子が見下ろしていた家は消し炭。残り火がちろちろと燃えている。

 眷属たちから喝采が上がった。


「はぁ、はぁ、はぁ、ふぅ……クク、おっと、やりすぎたか。まさかお目当てのものまで燃え尽きちゃいないだろうな……まぁ、大丈夫か」


 鷹獅子が妖力を使ったことで乱れた呼吸を整えていると。


「おい、おまえ」


 声をかけられたとき、鷹獅子は自分に対するものだとは思わなかった。

 眷属が自分という群れの長に対して使う言葉にしては無礼すぎたからだ。

 この空に自分と眷属たち以外いるはずもない。

 しかし、鷹獅子が目を向ければ、いるはずのない童女がいた。


「な、なにぃ? 人間のガキがなんでここに」


 翼がない。ハルピュイアやサキュバスといった、鷹獅子と同じ西洋の魔獣の類ではない。

 足の下に火を噴く妙な輪があって、どうやらそれで飛んでいるらしい。


「この土地に住む仙人てやつか? いや、しかしこいつはどう見ても人間のガキだぞ。臭いこそ少し変だが」

「こんなガキ一人、ムルムル様のお手を煩わせるまでもない。俺たちがやっちまいましょう」


 眷属たちが空とぶ童女を囲む。四方八方、魔獣の群れ。逃げ場はない。

 だが、童女に動揺はなかった。

 それどころか童女の顔からは、なんの意思も読み取れなかった。


 およそ感情というものが抜け落ちている。

 それでいて、童女の顔立ちは整っていて、美しい。

 まるできれいな人形を相手にしているかのようだ。


 しかし。


 鷹獅子の求める宝を持つ女ではない。

 眷属たちに任せることにしよう。


「ん? いや、待て。大方そいつはあの女の連れだろう。殺さずに捕らえて……」


 ドガァ!


 眷属がひとやま吹っ飛んだ。

 一体なにが起きているのか理解できない。


 いや、視界に入ってはいた。

 鷹獅子の眷属が童女に襲いかかろうとした瞬間。

 童女が手に持つ珠から光が放たれ眷属たちを消し飛ばしたのだ。

 先程鷹獅子が呼び寄せた雷よりも強力なのは明らかだった。


「あたちにふれるな」


 童女は舌足らずな口調でそう言いながら、手首についている輪を鷹獅子に向けた。

 これは圏といい、この土地の武器である。

 そうとは知らない鷹獅子だったが、本能的に理解していた。

 それが武器であること。

 この童女には決して敵わないということ。


「ま、待ってくれ。助けてくれ。お、俺は別にお前と戦いにきたわけじゃ……」


 命乞いを始めた鷹獅子。

 その言葉を聞いているのかいないのか、童女は一方的に先程の言葉の続きを口にしていた。


「ふれていいのはねえたんだけだ」


 童女の圏が鷹獅子の顔面にぶち当たった。



 目を開けると、地面があった。

 全身が痛む。骨が折れていた。翼も折れていた。これでは飛べそうもない。


 どうやら気絶して地面に激突したらしい。

 だが一番酷いのは顔面だった。


「なんなんだ、あのガキは。尋常な強さじゃなかったぞ」


 神か悪魔か。

 それともあれが仙人というやつか。

 仙人は宝貝パオペエという武器を使うという。あの童女が持つ珠や輪はその宝貝パオペエか。


「大丈夫ですか?」


 声をかけられて初めてその娘の存在に気づいた。

 びくりと反応してしまって傷口が痛む。


「痛みますか? 今、傷薬を塗りますので」


 娘の薬はよく効いて、塗られた箇所から瞬く間に痛みが引いていく。

 まるで魔法のようだ。


「いいのか。俺は魔獣だぞ」

「怪我をして苦しんでいるのを放って置けませんよ」


 血と泥に汚れるのも構わず甲斐甲斐しく治療してくれる娘。

 献身的なその姿に、魔獣でありながら鷹獅子は心打たれた。


 美しい娘だ。

 年の頃は十三、四くらい。

 透き通った白い肌。黒曜石のような瞳。

 たおやかで神秘的な清廉さを持ち、こんな極東の地にも泉の精がいたのかと思わせるような。


「美しい……」


 こんな美少女に毎日世話されたらどんなに幸せだろう。

 毛づくろいしてもらったり、あーんとご飯を食べさせてもらったり。

 毎日眺めても飽きはしまい。

 朝、起きて隣にいることが喜び。

 夜、寝るときに傍らにいてくれることが幸せ。

 それを与えてくれる少女に違いない。


「気に入ったぞ、娘。お前、俺の嫁になれ。このムルムル。神秘の力を手に入れていずれ魔獣の王となる。お前を王の后にしてやるぞ!」


 鷹獅子は本心から言っていた。

 この美しい少女をこの短い間ですっかり気に入ってしまったのだ。

 元来、欲しい物は我慢しない性質である。

 断られても力ずくで手に入れようと思っていた。そうしてきた。

 傲慢の王であった。


 だが。


 とてとてとて。

 童女が、おぼつかない足取りで近寄ってきて少女の腰に抱きついた。

 人見知りするかのように、少女の腰の後ろに隠れたまま鷹獅子を見上げるその顔。

 それは先程眷属を吹き飛ばし、鷹獅子を一発で撃退したあの童女だった。


「げぇぇぇ! お前、さっきの! なんでお前が! いや、ということは、まさかっ!?」


 そのとき、ようやく鷹獅子は周囲をすっかり囲まれていることに気づいた。


 アラビア風の露出の多い服装で、しかし下品ではなくむしろ活発な魅力を振りまく女。

 男とも女とも取れる中世的な美貌を備えた、着物姿の女。

 こぼれ落ちるような色香を漂わせた、妖艶な美女。

 鷹獅子が這って逃げ出そうとするも、突然地面から抜け出るように青年が現れ退路を絶った。


「わかる。わかるぞ」


 今ならわかる。この一人一人が、魔獣の王たる自分を超える実力者。

 あの人見知り童女一人にさえ魔獣の群れは壊滅させられたというのに!


「名乗るのが遅れて申し訳ありません」


 怪我の手当てをしてくれていた少女が童女をあやして前に進み出てくる。

 鷹獅子は理解した。

 おおよそ荒事とは無縁そうな、この少女。

 この少女こそが、この連中を統べる主。


「私の名前は碧空へきくう。偉大な仙人様たちと親しくさせてもらっている、ただのむら娘です」

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