それを知る為に/2
キズミ診療所、ジュギーツの街にいくつかある診療所で最も新しい診療所。
そこへやってきたのは随分と大きく、風変わりな客だった。
「おいおいおい、うちはゴーレムの診察はやってないぞ」
医師の青年「キズミ」は思わず頭を掻くが、ゴーレムの自身の胸を開いて中に乗っている少女を手で掴んでゆっくりと降ろすと一転して医師としての目になる。
『私ではありません、この少女の診察をお願いします。心拍・脈拍・血圧・体温が急に上昇し、不可思議な光を発しています』
「こりゃ「過放出」だな、ちょっと待ってろすぐに熱を冷ますポーションを持ってくる」
突然話し出したゴーレムに少しは驚くが、キズミは医者として患者を優先する。
突然倒れたアルフィをなんとか街まで運び、診療所まで連れて来たCYDは未知の病名に首を傾げる。
宇宙時代でも多くの新しい病が生まれ、それに対抗する術も進歩してきた。
しかしそうやって医学を発展させているのは人間であり、医療用コンピューターであり、戦闘用AIではない。
多少の診断用データこそはあるが、そのどれにもない症状に対してはCYDは無力だ。
「待たせた、とにかくこれを飲ませて安静にさせておけば一先ずは安定する筈だ」
『ありがとうございます、私にこの症状に対する知識はないので助かりました』
キズミが意識の無いアルフィに解熱ポーションを零さないように飲ませると、アルフィの肌から溢れていた赤い光が収まる。
「でだ詳しい説明をしたいが、診療所の裏側へ回っておけ、道を塞いで邪魔になってるぞ」
『わかりました』
大通りならまだしも少し入った道ではCYDの巨体は邪魔らしく、何人かの人々が通り辛そうにしていた。
「それじゃまず「過放出」の説明をしよう」
『お願いします』
診療所の裏、CYDの手の上に白いシーツをのせてアルフィのベッドの代わりにして、キズミは説明を始める。
「過放出は言葉の通り魔力の出しすぎだ、人間には同時に放出できる魔力の限界量があるんだが、その限界量を超えると魔力が出っ放しになって、分かりやすく光ったり熱を持ったり、体の機能がおかしくなる。普通なら魔力が尽きればそれで治るんだが、魔力が多いと最悪後遺症が残ったりする」
『その過放出の原因となるのはなんでしょうか?』
「この世界に生きる者は全て、動物だろうが人間だろうが魔族だろうが無意識の内に魔法を使ってる。それこそ、その事実を知らずに一生を過ごす者が居るくらい自然にな。でな、この過放出になるのは特に若く、才能のある魔法使いが多い、それは自分の意思での魔力の放出ばかり気にして、自分の体が自然に放出する魔力や自分が無意識に使っている魔法の存在を忘れる。まぁつまるところ……未熟さが原因だ」
『未熟さ』
「そう、歳をとれば自然と自分の体の事を意識する。自分の体を良く意識すればどれだけ魔力を使っているのかは簡単に気付けるのさ。それをせずにやりたい放題してればすぐに過放出になる、まぁ何にでも言える事だが分を弁えた使い方をしろってことだな……だろお嬢さん?」
キズミが説明を始めた頃にはアルフィは目を覚ましていた、目を覚ましていたが自分の未熟さを突きつけられた恥ずかしさに声が出なかった。
『アルフィ、大丈夫ですか?』
「大丈夫、心配かけた……」
身を起こし、CYDから荷物を受け取って、アルフィは体にぴったりとくっついた強化服の上から普段着を着る。
そして着替えたのを確認するとキズミが話を再開する。
「で、お嬢さんはいくつ魔法を無意識で使ってるか覚えているかな?」
「意思共感、空気層、浮歩、精密化の4つ……」
「魔眼も持ってるだろ?」
キズミの突然の指摘にアルフィは思わず右目を押さえる。
「……っ!?どうして?先生にしか話してないのに」
「目が光ったままだぞ、効果は分からないけど魔眼だってのはわかる」
『失礼、魔眼とは?』
魔法に詳しくないCYDが話に割ってはいる。
「魔眼ってのは生まれながらに持つ、つまりは「遺伝」する魔法だ。きちんと制御しないと常に多くの魔力を垂れ流すが「目」に関わる特殊な能力を得られる。たとえば俺なんかも魔眼を持ってるが、患者……だけじゃないが、見た相手に意識があるかどうか一目で分かる」
『それは、非常に便利ですね』
「まぁ医者を目指す切欠にもなったし、俺にとっては便利だが。そうじゃない奴だっている」
『何故でしょうか?』
「心が読めたり、見ただけで色々わかってしまうと頭が追いつかなくなったりしてダメになる事だってあるし、攻撃的な能力を持っていると意図せずして他人を攻撃してしまう事もある。そして何より怖がられるんだよ、魔眼を持ってない奴にさ。だから極力隠すんだ、そこのお嬢さんの様に」
キズミの説明でCYDは状況を大方理解した、アルフィが倒れたのは恐らくその魔眼が原因だという事も。
『アルフィ、あなたの魔眼について』
「おっとお前らの関係がどういうものかは知らないが、そういうものはみだりに聞くモノじゃないぞ」
アルフィに魔眼の能力を聞こうとするCYDをキズミは止める。
「ごめん、サイダ……落ち着いたら話すから」
「お嬢さんも無理に話す事はないぞ、とは言っても俺は無関係の医者だからその辺りを決めるのはお嬢さん自身だが……まぁそれはそれとして、だ。診察代は持ってきてるか?」
医者にかかれば金はかかる、当然の事だ。
CYDはアルフィの荷物の中から金貨の入った皮袋を取り出す。
『大丈夫です、いくらでしょうか?』
「うちは庶民向けだからな、そこまでは高くないがポーションを一本使ってるんだ、多少は覚悟しとけ」
『ちなみにポーション一本の値段は?』
「銀貨7枚」
『なら大丈夫です、お釣りは出ますか?』
「金持ちならもっと吹っかけるべきだったか……」
『この中から必要なだけ出してください、足りなければ「火打ち工房」宛てに請求書を』
「こんな子供相手から毟り取る趣味はねえよ、こいつで十分だ」
キズミは金貨を一枚だけ取り出すとポケットにしまう。
「さあ帰ってそこのお嬢さんを休ませてやりな、ゴーレムくん」
こうしてキズミの診療所を後にして帰路につくCYDとアルフィ、しかしその間に会話は無く。
アルフィは火打ち工房に着いてすぐに部屋へと戻ってしまった。