それを知る為に/1
「未知を知りたいと思うのは、良い事だ。力を求める事も当然のことだ」
皮布にゆっくりと術式を刻み込むアルフィの後ろで、エルナーザが語りかける。
「けど気をつけなければいけない。誰かの力を借りたいのなら、まずはその相手の事をよく知るべきだ」
もう居ないはずの者の声、それはきっとアルフィの記憶に刻まれた師の言葉の警告なのだろう。
「結果だけを急ぎ過ぎればそれは今ある絆を壊す事に繋がるのだから」
「大丈夫、分かってる」
自分に言い聞かせる様に、アルフィは呟いた。
「もう失敗はしない、私は……」
浮かぶのは炎に包まれる知らない屋敷の幻影。
「失敗?何を……?」
アルフィは自分の中に浮かんだ疑問に首をかしげる。
「……そうだ、今はこっちに集中しなきゃ……」
しかし、すぐにアルフィは今へと意識を戻す。
エルナーザの声はもう聞こえなかった。
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アルフィは火打ち工房の一角を間借してポーションを売る傍ら、ヒバナの作った武器の魔法道具化を行う。
それは弾丸への魔法の付与や、銃身内部で回転を加える事で銃弾の貫通力を加えたり、砲身に魔法のシールドをつけたり様々であるが、ヒバナの基本設計のよさも加わり瞬く間に二人の合作武器は評判となった。
客は主に傭兵、国や貴族などの大口の客から報酬を貰い魔王軍や危険生物と戦う彼らにとって武器は大事な商売道具。
信頼できる武器は店の信用、在庫の山は瞬く間に消えてなくなり、ヒバナは新しい武器の作成に追われていた。
そして忙しい中でもアルフィはCYDに文字や知識を教えつつも自身の「目的」の為に魔法道具の製作を行い、ヒバナは魔法道具製作の練習を行う。
それがここ最近の状況であった。
そんなある日、アルフィが仕事を休んでCYDと共に街の外へと向かう。
「魔法道具が出来た、一応自信はあるけど……試して使い心地を確かめる必要がある」
『わかりました、しかしそれは街の外でなければならないのですか?』
「できれば森の中の方が良い、理由はいくつかあるけど、街の中だと多分目立つし、最悪注意を受ける」
『了解』
鞄の中にいくつかのポーションと昼食を詰め、朝早くから街の外の森へ向かう一人と一機。
ジュギーツの街の周りの森は昼間ならそれほど危険な動物もおらず、ゴーレム職人達の実験所として使われており、森の中に開けた場所がいくつもある。
その内の一つに辿り着くとアルフィは普段着を脱ぎ、その下に着ている魔法道具の「強化服」を見せる。
『それは?』
「空気を操る術式で圧と衝撃を防ぎ、早く動けるようになる服を作った」
『本当にパイロットを目指すのですか?』
CYDはアルフィが本当にパイロットを目指すとは考えていなかった。
まだ彼女との付き合いは短く、多くを理解している訳ではない。
しかし「作る」事を得意とするアルフィはその得意を伸ばしていくのだと思っていたCYDは疑問に思った。
「私は強くなりたい、強くなるために必要だと思ったから、選んだ」
『パイロットへの道は非常に険しく、訓練であっても命を落とす可能性もあります』
「それでも、何もしないなんてできない」
姿勢を低くしアルフィが駆け出す、そして一本の木へ向けて跳躍、そして空中で姿勢を変え、地面と水平になるように木の側面に吸着するように立った。
「ブーツや手袋にも魔法を仕込んだ、これで間に氷を作って壁や天井に張り付く事ができる」
そしてそのまま姿勢を変え、手と足で木を押して高く跳躍し別の木へと飛び移ろうとするが、距離が足りず落下を始める。
『距離が足りません、危険です』
「大丈夫」
アルフィが空を蹴ると、氷の足場が出来上がり、それを踏んで空中でもう一度飛び上がって木の枝に着地した。
「高い場所が嫌いなのも克服する、体力だってつける、だからパイロットになりたい、パイロットになる為の訓練をつけて」
『パイロットになっても強くなれるとは限りません、あなたはあなたの得意な事を伸ばした方がよいのでは?』
「それだけじゃ足りない」
『アルフィ?』
CYDはアルフィの異変に気付く、アルフィの瞳が赤く光を放ち、その体が揺れる。
「あなたの力が欲しい、力が、誰にももう、邪魔されない力が……力が……」
そして木からアルフィは逆さまに落下する、CYDはアルフィが地面に激突する前に何とか彼女を捉える。
『アルフィ、大丈夫ですか?アルフィ?』
突然意識を失ったアルフィをコックピットに乗せて、CYDは健康診断プログラムを起動する。
血圧、脈拍、心拍数全てが健常値を越え、体温も40度まで上昇、何よりも血流に沿うように肌が赤い光を放っている。
『すぐに街に戻らなくては』
アルフィの荷物を手で掴み、CYDは極力彼女を揺らさない様にしながら急いでジュギーツの街へ向かう。