魔女の鞄、巨人の鎧/4
『誰も来ませんね』
「来ません……はい……いつもこんな感じです……」
『いつからこの店を』
「半年前くらいから……」
火打ち工房のガレージにてアルフィが「魔法道具」製作を行う側でヒバナはCYDの外装を作るために採寸を行っていた。
「むしろよく今まで生き残れたのかが謎」
「東の方から来た傭兵の方がよく弾丸を買ってくれるのでそれで食いつないでまして……」
「確かにゴーレム用の砲弾丸ならこっちじゃ滅多に見ないし、運がよかっただけ」
「そんなぁ……」
アルフィは一番小さな2m程のゴーレム用の銃の砲身に魔法結晶で出来た赤熱する彫刻刀で術式を刻みながら話を聞いていた。
『アルフィ、あなたも先程ポーション商売は45%程度の確立でしか成功する自信が無いと言っていましたが』
「ポーションは生モノだしどちらかというと私の本業は魔法道具作りだから」
アルフィが持ちかけた取引、それはこの「火打ち工房」の一角を間借して商売を行う代わりに在庫となっている武器の魔法道具化を行う事だった。
『しかし凄まじい精度です、精密機械で行う刻印作業にも劣らないでしょう』
「魔法使って体と感覚を強化してるし、このくらいはある程度の技術がある人ならできるよ」
「うっ……出来ません……」
『その強化によって掛かる負担はどうするのですか?』
「ポーション飲んで寝て休む、以上」
『了解、しかし念のためデータを取っておきます。そのサイクルがどの程度健康に影響をもたらすか知りたいので』
「アルフィさんの技量もすごいですけど魔力の量も凄いですね……結晶刀に魔力を流しながら自分の体も強化するなんて……」
「毎日魔力が枯渇するまで使ってポーション飲んでいれば限界量は多少は増えるけど、どっちにもそんなに魔力使ってない、最低限のバランスでやってるから」
「そうなんですか!?」
「それよりそっちの手が止まってる、サイダの鎧はできるだけ早く作って欲しい、騎士団のロディアスさんにも目立つからって忠告されてるから」
「はっはい!」
会話を行いながらも魔力の制御と術式の刻印を並列して行うアルフィの集中力と技術力に思わず手が止まっていた
ヒバナが採寸を再開する。
それはCYDが初めて見たアルフィの本気の姿、それが不意にメモリーに残る戦場で見た優秀な戦士達の姿が紐付けされる様に重なって認識され、モノアイの入ったセンサーヘッドを傾げた。
「っと採寸終わりました!今から外装を選んで持って来るのでしばらくお待ちを!」
採寸を終えたヒバナはガレージの端で座っていた作業用の4m程の腕の長いゴーレムに乗り込み、布のカバーに覆われていた資材の中から、いくつかの湾曲したプレートを運び出す。
その間もアルフィの作業にCYDは目が離せなかった、それはかつてのパイロットの姿と重なったからか。
「……優れた魔法道具職人は、必要としている誰かの助けになるモノを作れる」
『それは誰かの言葉ですか?」
「先生の言葉、これがヒバナの助けになったなら、私は魔法道具職人として最初の一歩を踏み出せる」
『自信の程は』
「6割」
『自己評価の低さが目立ちます、私の推測では11割の確率で成功します』
「数字がおかしい、気休めならいらない」
『自信さえあれば確率なんてクソくらえ、と私の前のパイロットは言っていました』
「そう、なら程々に自信を持って出すとする」
アルフィは視線を「作品」にむけたまま、少し笑った。
『あなたの笑顔は、はじめて見ました』
「私今、笑ってた……?」
『はい確実に』
「そう、ありがとう」
故郷を失い、たった一人の家族も失って、全てを失ったというのにもう孤独ではない。
『自信を持ってください、あなたの今の姿は戦場で最善を尽くす戦士達の様に「良く」見えます』
「ありがとう、サイダ」
自然と涙が出そうになるが、今は「仕事」の最中だ、とアルフィはそれを抑え、目の前に集中する。
「準備ができました、サイダさん!では少し真っ直ぐ立ってもらって良いですか」
その間も大小様々な装甲版を用意していたヒバナが準備を終え、ゴーレムから顔を出した状態で声をかける。
『了解。それではお願いします。発光している部分に重ならない様に装着してください』
「はい!わかりました!」
まずヒバナが取り掛かったのは胴体一体化したような頭部、厚めの装甲板を魔法で軟化させて、ゴーレムの腕でCYDのボディに押し当てながら、魔法結晶を混ぜた接着剤で固定する、この接着剤は魔力を流し込む事ですぐに固定され、また魔力を流す事で溶ける性質を持っており、破損した際の交換が楽でよく使われるものだ。
そして装甲を固定すると軟化した装甲板を硬化させ、形状を固定する。
次に胴体にも同じく接着剤で皮製のマガジンポケットを幾つか取り付ける。
これはCYDの要望で、マガジンを収納するスペースを追加で用意したいとの事だった。
その次に着けられたのは肩から腕部にかけての増加装甲、左腕にはハードポイントを設置、これでシールドなどを保持できるようになった。
最後に足への増加装甲は脛などを重点的に守る様に装甲を貼り付けた。
作業は終わったのは日が落ちた頃、ゴーレムの改装にしては随分早かったが、結果としてCYDには纏まって実用的な外部装甲が増設された。
追加の重量バランスをオートで調整しながら手足を動かすCYD、ヒバナは自信ありげに笑顔を浮かべている。
『よい重量バランスです、これなら総合的な性能の向上も見込めます。いい仕事です』
「やった!!」
親指を立て、サムズアップするCYDはどこか満足げな様に見え、ヒバナは跳ねて喜ぶ。
「こっちも終わった、それとこれが報酬」
アルフィもまた魔法刻印を刻み、ゴーレム用の砲を魔法道具に改造し終えた所であり、ヒバナに金貨の入った袋を渡す。
「えっこんなに」
渡したのは持っていた金貨の3分の2、ヒバナが工房を開いてからこれまでの稼ぎと同じ程度の額だったのは余談だ。
「急ぎで仕上げてくれたのもあるし、しばらく間借する分もあるから」
「いやいやいや、こちらこそ武器を魔法道具化してもらってとんでもございません!はい!」
「まだ売れてないからどうか分からない、売れてから判断して、ただ……自信はあるから」
CYDにならってアルフィもサムズアップをする、これでまず最初の目的は達成したアルフィとCYDであるが。
「もう遅いから急いで宿を探さないと」
夕暮れを過ぎると宿が取れない可能性が多い、月は高く昇り、活気のあったジュギーツの街は静けさに包まれている。
「まだ滞在する場所を決めていないなら今日はウチで滞在してはどうですか?ここならCYDさんもガレージで雨風しのげますし…」
「いいの?」
「はい、いつ師匠が来てもいいように客人用の部屋も用意してますし!」
『ここは甘えさせてもらいましょう、アルフィ」
「じゃあ、そうさせてもらう」
こうしてヒバナとの出会いとアルフィのジュギーツの街での魔法道具職人として最初の一日が終わった。