魔女の鞄、巨人の鎧/1
結晶の灯りに照らされた部屋の中、アルフィは黒い石のプレートに彫刻刀で魔法の術式を刻み、溶かした魔法結晶を混ぜた血の様なインクを流し込んでいく。
しかし掘り込みが浅かったのかインクは溝から溢れ、火花が散る。
アルフィはあわてて厚い布で溢れたインクを拭おうとするが、後ろから伸びてきた手がそれを掴んで止める。
「いいかいアルフィ、どんな時も冷静さを忘れるんじゃないよ」
それは師であり母代わりでもあった、エルナーザだ。
金色の髪に赤い目、40を過ぎるというのに少女にしか見えない彼女は冷たい風の魔法で火花を上げる溢れたインクを凍りつかせ、彫刻刀できれいに削ぎ落とす。
「冷静に見て、考えて、実行する。魔法だけじゃない、世の中の物事の大半はそれで上手くいく。さぁもう一度見直して、やってごらん」
「はい、先生」
術式を始まりから見直し、浅くなった場所、粗い場所、それを削り、術式を完全なモノにしていく。
「例えお前が復讐を選んだとしても、私は止めないさ」
「先生?」
プレートが完成に近づく度に、夜が明けるように部屋が明るくなって、エルナーザの声が遠のいていく。
「だけど、復讐が終わった後に残るモノをきちんと見つけておく事だね、お前が復讐だけで終わってしまったら私も悲しいから」
そして魔法のインクがプレートに刻まれた術式に正しく行き渡って輝いた時。
アルフィは目を覚ました。
「そうだ……先生は、もう居ない……」
目を覚ましたのは見知らぬ家、体を起こし、回りを見渡すと同じ様にベッドやソファに寝かされた怪我人やそれを治療する者達の姿が見える。
自分は一体どれくらい寝ていたのだろう、と時間を確認する為にすぐ側のカーテンをずらし、外を覗くと青白く光る球体状の何かと対面した。
「………サイダ?」
『はい、おはようございますアルフィ』
一瞬何だかわからなかったが冷静に、ごく冷静に記憶を整理すると、共に歩いてきたあの巨人だと気付いた。
「……私どれくらい眠ってた?」
『28時間程眠っていました、もうすぐ正午です』
「ずっと待っていてくれたの?」
『いえ、私が待機を開始したのは12時間程前からです』
「……ありがとう」
『礼には及びません、それよりも身支度と食事を推奨します、あなたは丸一日眠っていたので特に水分の補給が急務です』
「わかった」
言われるまま起き上がり、ふとアルフィはCYDの視線の高さに気付いた。
「ああ、サイダってこんなに大きかったんだ……」
『はい、そこは二階です、寝起きですので階段に気をつけて』
旅の間こそ気にしなかったが、それなりによく動くCYDの上に乗っていたのを思い出したアルフィは、身震いをした。
実はアルフィは高い所が苦手だ、落ちるのが怖くて飛行魔法もあまりうまく使えない。
「……命綱か何かを買う必要があるかも……」
この先もCYDと行動を共にするならまた上に乗る必要が出てくるかもしれない、命綱を用意する事を心に決めたアルフィであった。
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時間は戻り、アルフィが眠っていた頃、救助作業を終えたCYDは騎士に案内されジュギーツの街にある騎士団の駐屯地にやってきていた。
さすがにCYDの巨体では建物には入れないので門の前で待機していると中から出てきたのは金髪青目の青年。
「随分とまぁ大きな客だな、私はロディアス。ここの騎士達の隊長を任されている者だ」
『はじめまして、私はCYD。現在自警団の集会場で休んでいるアルフィ・セアルと共にこの街へやってきました』
「ああ、話は聞いている。魔王軍との戦いへの参加、住人の救助には感謝する。さて本題だが……ナドーコの街がやられたそうだな?」
『はい、私が辿り着いた時は既にナドーコは壊滅、生き残りはアルフィのみでした』
「そうか、で君はどこからやってきた?」
ロディアスの鋭い問い、それもその筈だ。
CYDはこの世界のゴーレムの姿から大きくかけ離れている。
『不明です、何せ森の中の遺跡でずっと眠っていたので、何処かと聞かれても答える術がありません』
真実を言っても相手に理解させるには手間が掛かりすぎる、故にアルフィと決めていた通り、古代文明のゴーレムと誤魔化す事にした。
「ふむ、まぁ……そういうことにしておこうか、少なくとも敵では無い事は信じてもよさそうだからな」
あからさまに既存の技術体系から離れたゴーレム、ロディアスにはCYDが魔王軍の手のモノではない事と、この大陸の存在ではない事だけはハッキリわかっていた。
「さて救援と情報への感謝としては足りないが、君達には少しばかり私の懐から報酬を出そう。私としてはその報酬で「君」の身を守る鎧や武器をこの街の職人に作ってもらう事をオススメするよ」
『ありがとうございます』
ロディアスからの善意の「助言」をしっかりと理解したCYDはアルフィの目が覚めたなら、それを伝える事を決めた。