↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

岩倉物語

作者: 岩倉仙三郎
掲載日:2017/10/16

第1章「祖父の死」

ある日曜の朝の事だった。


当時、仙介は福井県の越前市に住んでいたが、その日は出張で石川県の小松まで行かなければならなかった。少し寝坊していたので、慌てて準備をしていた時の事だ。


突然、ケータイが鳴った。電話の先は母からだった。


時刻は午前8時。母は普段こんな朝早くに電話なんかしてこない。何か用事がある時などは、メールを寄越していた。胸騒ぎがした。


仙介の不安は的中した。電話の内容は、祖父の訃報だった。  


そして、この祖父の死が、小さな物語の始まりである。



12月22日。伊賀。

祖父の死から3日後。葬儀も終わり、仙介は祖父の骨壺を抱き抱えて、火葬場から祖父の家に戻った。夕方過ぎだった。


家の中では、一足先に戻っていた親戚達や近所の人達が、何やら忙しそうに動き回っていた。告別式が終わった後も、まだまだやる事は山ほどあるようだ。悲しんでる暇もない。


この家に来るのは3年振りだ。仙介は意味もなく、家の中を邪魔にならない程度にウロウロした。たどり着いたのはお婆の部屋の前。


部屋の前を通り過ぎる時目に飛び込んだ光景は、お婆とお喋りをする女の子の姿だった。


親しそうに話をしてた事から、生前の祖父とも何かしらの交流があったのだろう。それか親戚の誰かかな。と、あまり深く考えずにその場を去り父、弟と3人で酒を買いに出掛けた。


下戸な祖父母の血を引く割には仙介親子は酒好きだった。とは言え今回は、さすがに控え目の量にしておいた。


帰って来たら、一段落して談笑していた親戚のおばちゃん達に声をかけられた。


「あら、仙ちゃん!」


仙介という名前だから、仙ちゃんか仙さん。家族や多くの親戚達は、彼の事をそう呼んでいた。


「仙ちゃん、久しぶりやねぇ。おばちゃんの事、覚えてる?」


仙介は、人の顔を覚えるのが苦手だった。ましてや数回しか会ったことがない親戚である。全く覚えていなかった。


「お、お久しぶりです。」


ガチガチに固まりながら無難に受け答えをしていたら、さっきの女の子がこっちに来た。そして、仙介の方を見るなりニコっと微笑み


「わあ、仙さんがネクタイしとる!」 


あの子は俺の事を知ってるんだ。でも、誰だろう。


すると談笑していたおばちゃんが、女の子を自分の所に引き寄せ


「仙ちゃん、京花の事も覚えてる?」


ようやく思い出した。女の子の正体は京花。仙介の父と京花の父が従兄弟であるので、仙介と京花は又従兄弟ということになる。紛れもない親戚だ。歳も近いから、小さい頃はよく一緒に遊んだ仲だ。


「京花ちゃん、久しぶりだね。」


それだけ言って仙介は会釈して足早にその場を去った。何故だかよくわからないけど、照れてしまったのだ。


その夜、親戚達も皆家に帰り、仙介は父と弟と3人で酒を呑みながら、祖父との思い出に花を咲かせた。弟は翌日用事があるらしく朝早くに神奈川に帰らなければいけなかったので先に寝た。父も仙介も、いつの間にか寝てしまっていた。


翌朝、仙介が目を覚ました8時過ぎには弟はすでに関東に向けて出発しており、父は墓参りの準備をしていた。仕事は今日まで休みの申請を出しているし、別に早起きする必要はない。仙介は再び眠り始めた。しかし数分後、父に叩き起こされた。


「仙さん、もうすぐ人がいっぱい来るから。早よ起きろ!」


「う…ん、はいはい。」


仙介はやや不機嫌気味に返答して、身なりを整えた。


そうこうしているうちに次第に人が集まり始め、仙介はやや居心地の悪さと寝起きでイライラしていた。そんな時、父が仙介を呼びに来た。


「仙さん。京花がな、お菓子を作ってきてくれたで。お茶いれるから、あっちで一緒に食べよう!」


仙介は寝起きに食欲はあまり沸かなかったし、そもそも甘い物が嫌いだった。渋々リビングの方へ行くと京花が待っていた。


「仙さん、おはよー。昨日な、あの後お菓子焼いてきたから、よかったら食べて!」


京花が作ってきたのはマーマレードだ。見た目からも分かるがプロ顔負けの仕上がりである。仙介は席に着いた。


「ありがとう。」


愛想のない男である。京花からマーマレードを受け取った仙介は、それを黙々と食べ始めた。だが沈黙に耐えかねて、仙介は京花に問いかけた。


「京花ちゃん、本当に久しぶりだね。今、いくつなん?」


デリカシーもなく、つい女性に歳を聞いてしまった。


「二十歳だよー。もうじき21になる!」


父は、苦笑いで仙介を注意した。


「仙さん、いきなり女性に歳を聞くなよ。」


そこから沈黙が続いた。しばらくして、先に食べ終えた父は二人を残して去っていった。だがそれからも二人の間に会話はなく気まずい空気の中で時間が過ぎていった。


ようやく仙介が食べ終わった。


「ご馳走さま。美味しかったよ。」


「うん。」


ぶっきらぼうに礼だけ言って、仙介もその場を去った。あとになって振り替えってみたら、あの時京花はそこそこの量のマーマレードを用意してくれていた。父は甘いものが好きであるから2~3個食べていたようだが、仙介は1個だけゆっくり食べただけだった。仙介が去った後、京花の元には仙介の為にせっかく作ってきてくれたマーマレードが余ってしまっていたハズである。あのマーマレードがどうなったのかは、当時の仙介は興味すら沸かなかった。


近しい親戚が全員集まり、そろそろ墓参りに行こうという話になった。祖父の家から墓場までは歩いて5分程の所にある。この日はまだ納骨ではなく、ただ単に親戚が集まったので先祖の墓に手を合わせていこうという趣向だった。


あまりよく知らない親戚の中で唯一弟と父とお婆だけが頼みの綱だったのに、弟はもう帰っているし父や婆は親戚達と楽しげに喋っていて入り込む余地もない。仙介は、やや孤立していた。


何をしてよいやら分からず、ボーっと墓の向かいにある川を眺めていた。すると、京花が声をかけてきた。


「仙さん、蝋燭に火がつかん。」


どうやら京花は、墓前に立てる蝋燭に火をつけようとしていたらしいが、この日は風が強く、そもそもマッチを使いなれてない京花は、この単純作業にやや苦戦していた。


「あいあい。」


マッチを受け取り、何度か失敗したが何とか火をつけ、それを蝋燭に移した。二人がかりならば容易い作業である。


その蝋燭を丁寧に墓前に立てたが、立てた瞬間に突風が吹き、無惨にも火は消えた。仙介は少しイライラしたが、隣を見たら京花は笑っていた。


「上手くいかんなー。もう一回やろか!」


その後、何度かトライしたがその度に風に邪魔をされた。仙介も次第にムキになり頭に血が上り、この単純作業に没頭した。この頃には京花もすでに飽きており、お婆と戯れていた。


が、何にせよ無事に墓参りも終わり、それぞれが祖父の家に戻っていった。その間に、せっかくだからこの後みんなでご飯食べに行こうという話になった。


大勢いたから車2台に別れて行くことにした。仙介は当然父の車に乗った。あとはお婆と京花、京花の祖父が乗車して出発した。


「おかん具合大丈夫なんかな。」


実はこの時、仙介の母は事故で腰の骨を折り入院していた。葬式の準備等をほぼ寝ずに切り盛りしていた為に、過労で倒れてしまったのだ。その際に打ち所が悪かったという事だ。


「まだ何とも言えんな。…仙さん、今日北陸に帰るんやろ?帰る前におかんに顔見せてきてあげ。」


「うん。」


内心とても心配だった。医学の知識はほとんどないから詳しい事は知らないが、何かの神経が折れてたら母はもう歩く事が出来なくなるんじゃないだろうか。仙介は祖父の死から少し立ち直ろうとしていたが、母の急な事故もあり、中々に不安定だった。


「あ、城だ。」


仙介が車の窓から見た城は伊賀上野城。この町を一望できる小高い山の上に建っていたから、遠目にもよく見える。


「仙さん、小さい頃に爺ちゃんによく連れってもらったやろ。」


「うん、懐かしいね。」


10分程運転して、目的地に到着した。ここは豆腐料理専門店で、生前の祖父がお婆とよく通っていた店らしい。だからお婆も店主夫妻とは顔馴染みであった。


皆が合流し店に入った。何人かはお参りだけして帰ったので、ここに来たのは10人ほどだろうか。連日、何度も顔を見た人ばかりなのでさすがの仙介も緊張は解れていた。


「いらっしゃい!あら克子さん。ご無沙汰やったね~。今日はまた随分大勢引き連れて。」


この店の主人の奥さんである。


「こんにちは。実は斯々然々でな、孫達も帰ってきてくれたから皆でお昼よばれに来たんや。」


「そうだったんですか。寛さん、あんなに元気そうやったのに。」


厨房の奥から店主も出てきた。


「克子さん、こんにちは。どうぞ、二階の広いテーブル使って下さい。」


仙介達は店の二階に上り、大きい二つのテーブルに別れて座った。


仙介、父、京花の祖父、従兄弟の両親で1グループ。


もう1つのテーブルには、お婆、京花、京花の祖母、あとは祖父の妹2人が座った。


ここの店は田楽が美味しいらしい。仙介は田楽が好きであったから、いっぱい食べた。湯葉も美味しかった。時々、京花と目があった気もしたが、あまり気にしなかった。同じテーブルのメンバーでそこそこ談笑し、楽しい時間だった。その時である。


父がおもむろにケータイを取り出した。


「皆さん、せっかくだから記念写真撮っていきましょう!」


とは言え10人がぞろぞろと移動したら店に迷惑がかかるので、皆が各テーブルに座ってる姿を2枚に分けて撮影した。


皆が、カメラを向けられてピースサインをしていた。仙介も柄にもなくピースした。すると隣テーブルのお婆達が自分のケータイを取り出して、父に差し出していた。


「ごめんやで。私のカメラでも撮っといてんか?」


「お安い御用ですよ!」


その後、撮影会はしばらく続いた。


「仙さん。あとで仙さんのケータイにも送っといてやるからな。」


だが、親戚達との集合写真なんか、さほど欲しくもなかった。


「いや、別にいいよー。」


それよりも、仙介は田楽に夢中になっていた。


「仙ちゃん、今日、裕と北陸に帰るんやろ?」


声をかけてきたのは従兄弟の母。つまり叔母である。仙介は今回の葬式で伊賀に来るにあたって、同じく北陸の金沢で一人暮らししている従兄弟の裕次郎の車で一緒に来ていた。あいにく裕次郎は先日の葬式の後にやや体調を崩し、津の実家で休んでいたので今回の食事会には参加していない。


「はい。また明日から仕事なので。」


「そっか。帰り気を付けてね。また、お婆ちゃんにも会いに来てあげてね。これから、あの家で一人になっちゃうから。」


「お任せください!」


すると叔父が


「仙介、あっち帰ってからも元気でな。仕事の悩みとか、それ以外の悩みとか、困ったことがあったら裕と助け合ってな。同じ北陸に住んどる親戚やし、これからも裕を頼むで。」


「また裕と呑みに行きますよ。」


撮影会も食事会も無事に終わり、皆はまた、祖父の家に引き返した。時間は14時過ぎ。祖父の家から津で待っている裕次郎の元までは父の車でおよそⅠ時間。そこからまた北陸に向かうのだから、あまり長居はできない。仙介は手早く荷物を父の車に積み込んだ。


「裕が待ちくたびれてるわ。ぼちぼち行こか。」


「仙さん、その前に爺ちゃんに手合わしていき。」


「そうだった。ちょっと行ってくる。」


神棚のある部屋に行くと、京花とお婆がいた。座ってお喋りしていたようである。


「仙さん、もう福井に帰るん?」


「うん。また明日から仕事やし。京花ちゃん、またね!」


「仙さん、お仕事頑張ってや!」


仙介は神棚の祖父の遺影の前に座ると、静かに手を合わせた。心の中で生前の祖父への感謝の気持ちを述べた後、ついでに“お仕事が上手くいきますように” “よい出会いがありますように”と図々しくも願い事までした。天国の祖父も、思わず苦笑いしたに違いない。


その様子を見てお婆は大いに感心した。見た目には、心神深い若者の姿に映るからである。


ようやく仙介の願い事が終わった。


「そんじゃ、ぼちぼち行くわ。婆ちゃん、また遊びに来るから。風邪引かんようにな。」


「仙ちゃん。今回は来てくれてホンマにありがとう。お婆ちゃん、仙ちゃんに会えて嬉しかったし、お爺さんも喜んでくれたと思うで。また遊びに来てや。」


そういうと、お婆はポケットからポチ袋を2つ取り出した。


「これな。少ないけどお婆ちゃんから。裕と仙ちゃんの二人分。」


仙介はやや困惑した。


「い、いや。それほどの事じゃねえよ婆ちゃん。」


「ええねん。たまには孫にお年玉もあげたい。今朝帰っていった椿にも渡しておいたわ。」


「婆ちゃん。本当にありがとう。ありがとな。」


仙介はそれを大事に鞄に入れた。京花とお婆は玄関口まで見送りにきてくれた。


「んじゃ、婆ちゃん。京花ちゃんも、さいなら!」


そういって振り返ろうとした瞬間である。


「仙さん!ありがとー!またねー!」


京花である。手を振っていた。


「おう。」


仙介も軽く手を振った。が、それを見た京花はニコニコしながら更に大きく手を振っていた。仙介は照れながらも、負けじとさっきより大きく手を振った。二人の様子を見て、お婆は笑っていた。


それから仙介は母への面会を済ませ、父の車で津に向かった。


「…なあ、おとんよ。」


「どした?」


「やっぱりさっきの写真、後で送っといて。」






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。