四話 兄との再会
エイダル王国の中心に位置する王都エイダルでは王都の中央に城が築かれていて、その周りを高い城壁が囲んでいる。
そしてその城壁の外には東西南北と正方形に区画整理され整地されたきれいな街並みが広がっていて、王都を初めて訪れた者はその整理されて美しい街並みをキョロキョロと見渡してしまうらしい。
その街並みを守るためなのか、それとももっと王都を拡大するためなのか、街の中へ入る前に巨大な外壁で固められた砦と内外壁と呼ばれる物見外壁を潜る必要がある。
そしてその王都で暮らす人口は三万を越えるとされ、年々人口が増えてきたダリュー村の約は百倍だと言われている。
そんな大きな王都へダリュー村から訪れた少年グレンは王都のあまりの大きさに完全なおのぼりさんとなっていた。
グレンはもうすぐ行われる王都の入学試験にのため、知り合いの元冒険者のラリーさんに頼んで王都まで連れてきてもらったのだ。
「それでグレン、宿はどうするんだ?」
「スレイお兄ちゃんの手紙には王都に知り合いの宿屋さんがあるらしいので、そこへ泊るように指示を受けています」
「そうか。なら宿までは送ろう。ダリュー村へ帰るのは試験が終わった翌日で良かったな?」
「はい。ラリーさんにはご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」
「おいおい、子供がそんな礼儀正しくするなって。これでもちゃんと依頼料も貰っているんだから」
ラリーはグレンへそう告げたけど、グレンはラリーが善意から王都へ連れてきてくれたことを両親から聞いて知っていた。
そんなラリーに感謝して、グレンは試験に全力で臨むことにした。
そしてスレイの知り合いとされる宿屋へ到着したのだが……。
「おいおい、本当に手紙に書かれた宿屋ってここなのか?」
「えっとそのはずです」
「スレイは偉い知り合いを築いてみるみたいだな」
二人が到着したその宿屋は、他の宿屋に比べて大きく素人目に見ても洗練されているように思えた。
「まずは入ってスレイの名前を出してみろ。もし違ったらどこかの安宿になるが、金は出すから安心しろよ」
グレンはラリーを頼もしく思ったが、そんなラリーは内心で混乱していた。何故ならそこは冒険者でも一流の者が泊まるとされている宿だったからだ。
宿の中に入るとグレンの目には何だか凄そうな鎧を来た人や綺麗な細工がして武器を帯剣している人、後は明らかにお金を持っていそうな人が映り込み、緊張はピークに達した。
そしてカウンターまでいくと燕尾服を来た男性は嫌な顔をせずに応対してくれた。
「いらっしゃいませお客様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと僕はグレンです。王都学校へ通っているスレイお兄ちゃんの紹介で来ました。レイウンさんという方の名前で予約されていると手紙には書いてあったのですが……」
「左様でございましたか。グレン様がレイウン様のご友人であるスレイ様の弟君でいらっしゃるなら話は聞き及んでおります。王都の試験が終わるまで一室でしたね」
「はい」
そう返事を返したけど、グレンはただただ緊張していて、こんな宿……ホテルに泊まることが出来る兄スレイを尊敬していた。
そして付き添いのラリーのことをすっかりと忘れていたグレンだったのだが、そこはフロントである燕尾服の男性が付き添いということで、同じ部屋へと案内してくれた。
部屋へ案内されたグレンとラリーは案内された部屋に入り、二人になったところで同時に息を吐き出した。
「緊張しました」
「ああ。俺もこんな宿には泊まったことはなかったから緊張したぞ。スレイはどんな人脈を作ってるんだか……」
「やっぱりスレイお兄ちゃんは凄いですね」
さすが王都学校へ入学しただけはあると思うのだった。
優秀な子供が王都学校を目指すのには実は理由がある。
王都学校へ入学して無事学業を修めて卒業することが出来れなば、なりたい職業になれると謳われているのだ。
教育期間は十歳から十四歳までの五年間で、卒業見込みの者で成績優秀者から順に職場へ斡旋してもらえることになり、成人の十五歳なると正式に採用されるのだ。
ちなみにそこに身分差は関係なく、例えば平民でも上位騎士や宮廷魔法士になることも夢ではないのだ。
もちろん色々なしがらみはついて回るのだが、それはその時が来るまでは関係ないことだろう。
ただグレンの頭の中には王都学校のことよりも、もうすぐ四年ぶりに再会するスレイのことでいっぱいだった。
当初の待ち合わせの場所は王都の門を潜ってちょっと歩いたところにある冒険者ギルドだった。
しかし王都の冒険者は血の気が多いと有名なので、スレイが気を遣ったのだ。
そのはずだったんだけど、ラリーが知り合いに会ってくると告げて宿から外出していき、グレンは暇になってしまったので瞑想をしていた。
すると部屋にノック音が響いた。ドアを開くと兄のスレイでもラリーでもなく、受付をしてくれたフロントの男性だった。
そしてフロント男性はスレイからの伝言を伝えると、頭を下げて仕事へと戻っていった。
「待ち合わせ先を冒険者ギルドへ変更……か」
突然のことに不安になりつつも、グレンはスレイの伝言通り冒険者ギルドへと向かうことにした。
フロントで道を間違えないように場所を聞いて、周りを見ないで目的地である冒険者ギルドを目指す。
そして教えてもらった通り冒険者ギルドの剣が交差している旗を見つけて、ホッとしながらグレンが冒険者ギルドへ到着する寸前、いきなり扉が開いて中から人が飛んできた。
比喩ではなく、本当に飛んできた。
「コレぐらいで私のお尻を触ったことがなかったと思わないことね」
突然出てきた赤毛の女性……女の子がそう言うと、いきなり魔法を詠唱し始めた。
こんな街中で攻撃魔法を使うの? 驚いたところでグレンには懐かしい声が聞こえてきた。
「それはやりすぎだよ、アリア」
「やり過ぎだ。それに街中でぶっ放したら牢に入れられるぞ……普通なら、だが」
厳つい声もしてきた。
「女の子は好きでもない男に触られると虫唾が走るのよ」
大声で叫んでいる女の子だったけど、その女の子は正面で驚き固まってしまったグレンに向けられた。
女の子に睨まれた経験がないグレンはどうしようかと視線を彷徨わせ、兄であるスレイへと向けられた。
「何を見てるのよ。何か文句でもあるっていうの?」
女の子がグレンに詰め寄って来たので、グレンは救いを求めることにした。
「す、スレイ兄さん助けて」
苦笑いのスレイは女の子が凄んだ相手が弟のグレンであることが分かっていたらしく、直ぐに女の子へと声をかける……ことはなく、グレンに声をかけた。
「王都に来るなり災難だね、グレン」
その声を聞いてスレイに振り返る女の子……アリアは先程までの顔ではなく、少し顔色を変えてスレイに確認をとった。
「スレイ兄さん? も、もしかしてこの子ってスレイの弟だったり?」
「は、はい。」
すると誰が見てもアリアはやってしまったという、声に出さなくても分かる顔をしていた。
「此処では邪魔になってしまうから、食事でにでも行こうか」
そしてグレイの提案により、スレイ達が良く行く食処へとグレンは連れて行ってもらうことになった。
その間アリアは心ここに在らず状態だった。
グレンが連れて来てもらったのは、竜の棲家という宿も兼ねた食処で人気のお店だった。
席に案内されて落ち着いたところで、ようやくスレイがグレンが無事王都まで来たことを労った。
「グレン王都まで来たね。それにしても随分と大きくなったね」
久しぶりに見たスレイもグレンの想像よりも大きくなっていた。
「うん。王都まで来れたのはラリーのおかげだよ。それにしてもスレイお兄ちゃんが帰ってこないから、村の皆が心配してたんだよ。まぁ手紙は沢山届いていたけどね」
「王都はお金が掛かるし、実戦も磨けるから冒険者になったんだけどそうしたらそうしたで帰る時間がなくてしまってね」
スレイは話していなかったが、スレイ達は冒険者となってから破竹の勢いでランクを上げている将来有望な冒険者パーティーだった。
「そうなんだ」
「あ、そうだ仲間を紹介すると。三人とも僕の同級生なんだ。そっちの大きいのがゴルド。こっちの無口な子がコーネリア。そしてさっきグレンを睨んだのがアリアだよ。グレンのことは三人に話してあるよ」
「グレンです。宜しくお願いします」
「グレン……よろしく」
コーネリアは無口らしく、独特な雰囲気がある。
「おう、宜しくな」
ゴルドは体格がとても良く、グレンから見たらまるで壁のようにも見える。
「…………」
そしてアリアはまだ現実に戻ってくることが出来ていない様子だった。
スレイ達はそれを笑い、グレンもつられて笑った。
それから注文した食事をしながら色々な話をした。
そこでグレンは気になったことを質問することにした。
「そういえばスレイお兄ちゃんが用意してくれた宿なんだけど、凄過ぎてビックリしたんだけど……」
「あ~あ。それも同級生で貴族の子で友人になったんだ。それでグレンが入学試験を受けることを話したら、勝手に話が進んだんだよ」
スレイはせっかくだからグレンに高級宿屋を体験するためにしたらしい。それからは現在の学力や使える魔法の話をした。
グレンはスレイが家に残した本にアドバイスを残してくれたことで、魔法が使えるようになったことで感謝されると、スレイには珍しく照れた。
その光景を見たスレイの仲間は驚いていた。
そして話はスレイ達のことへ移る。
スレイ達の出会いや冒険者パーティーを組んで一年という短期間でCランクまで上げたこと、進路を騎士か魔法士にするから悩んでいることを知った。
最後に明日また会う約束をして、グレンを宿まで送るとスレイ達は寮へと帰っていった。
ラリーはその日戻って来なかった。ただ伝言があったので、王都を見て疲れていたグレンはベッドへ入るとそのまま寝てしまった。
そして翌朝、朝日が差し込み眩しくてグレンは目を覚ましたけど、そこには見慣れない天井があり、少しだけ混乱してしまった。
身支度をして食堂に行くと、既にスレイが待っていた。
「おはようグレン」
「おはよう兄さんって何でいるの?」
「コレを渡そうと思ってね」
そう言って渡してくれたのは腕輪と二冊の本だった。
「この腕輪は魔石が組み込まれているから魔法媒体になる。それと中級魔法と上級魔法の本を渡して置くよ。これで明日の試験を受ければあ間違いなく受かるから」
そう言って席を立った。
「こんなに高価なものもらえないよ。それに中級魔法や上級魔法を練習もなしで使えないよ」
「グレンのために用意したんだから受け取って欲しい。それに腕輪はそこまで高くないし、魔法の本は僕のお下がりだから安心していいよ。でもそうか、試験は今のまま受けてもいいかな」
「スレイお兄ちゃん……うん。全力で頑張るよ」
グレンは新しい腕輪をつけて中級、上級の回復魔法を詠唱を頭に叩き込み、いつも不思議な力と魔力の循環をして時間を潰すことにした。
筆記試験の計算、魔法関連、歴史関連は既に問題ないぐらい頭に入っていり理解もしている。そして実技も心配していない。ただ魔法のことだけが気になっていた。
スレイが何故中級と上級魔法の本を渡してくれたのか……その真意がグレンには図れなかった。
そうしてグレンの試験日がいよいよ明日へと迫った時に、スレイとそのパーティが会いに来てくれた。
どうやら王都の冒険者本部では最低十歳からしか冒険者登録出来ないのだが、九歳のグレンでもスレイのパーティーが身元引受となって仮登録すれば、冒険者登録して身分証明書を取得出来るのだ。
この制度を使ってグレンは身分証明を手に入れることになる。
しかしこの冒険者登録がグレンの試験に思わぬ事態を引き起こすことになってしまうことなど、グレンはもちろんスレイ達も知る由もなかった。
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