表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

三話 進路

 まだ陽が昇る少し前、グレンは起床するといつも通り台所へと向かう。

 するといつも通り既にグレンの母が台所で待っていた。

「お母さん、おはよう」

「おはよう。グレン、まだ眠いなら寝ていてもいいのよ」

 まだ顔を洗ってもいないので、グレンは寝惚け眼のままだった。


「大丈夫だよ。じゃあ水瓶に入っている水を捨ててもらってもいい?」

「それはもう終わっているわ」

「そっか。それじゃあ早速……【水神様、水の恵みをここに ウォーター】」 

 グレンが慣れたように詠唱すると、水瓶に水がどんどん溜まっていく。

 その光景をグレンは満足そうに、グレンの母は不思議そうに見つめている。

 そして直ぐに水瓶には溢れそうなぐらいの水が溜まった。


「水神様、ありがとう御座います」

 グレンはスレイの教えを守って、力を貸してもらったお礼を告げた。


 その光景を見ていたグレン母は何処か悩んだ表情をしていたが、水瓶に溜まった水とグレンを見て決心したように語り掛けた。

「ねえグレン。グレンもスレイと同じように王都の学校に行きたい?」

 それはグレンが今一番胸に秘めた想いだった。


「うん……でもお爺ちゃんとお父さんは稼業の手伝いをしてほしいみたいだから……」

 兄であるスレイが優秀であったため、弟のグレンが稼業である漁業と、家族が食べるのに困らないぐらいにまで拡張して耕した畑を継いでほしいと思っていた。


「そうね。でも三年前に初めて魔法を使ってから、ずっとスレイと同じように王都へ行きたいって思っていたんでしょ?」

「何で知ってるの?」

 グレンは驚いた。グレンは今まで一度も王都へ行きたいと口にしたことがなかったからだ。

 スレイが王都へ行ってから、グレンの家族からスレイのことが話題になっても、王都の話はなるべく避けられていた。

 それはグレンが祖父と父の会話を聞いてしまったことからも明らかだった。

 ある日、夜中に話し声がすると思って起きてしまったグレンは、祖父と父が稼業仲間が後継者と一緒に仕事をすること羨ましがる趣旨の話を聞いてしまったのだ。

 それからグレンは王都の話も極力しないようにしていたからだ。 

「分かるわよ。だって私はグレンのお母さんなんだから。それにスレイからの手紙に学校で何かを教わった話が書かれていれば独学で真似していたでしょ?」

「そっか……。ねぇお母さん、受かるかどうかは分からないけど挑戦はしてみたい」

 グレンは兄であるスレイにどれぐらい近づけているのかを知りたいと思っていたのだ。


「ふふっ。やっと本音を言ってくれたわね」

「でもお爺ちゃんとお父さんには……」

「大丈夫よ。でも本当に息子が二人とも優秀だと悩むことはないと思っていたけど、普通の家庭とは違った悩みを抱えることになったわ」

 母は少し困った顔で笑ったけど、グレンが王都へ行くことに前向きな考えを示してくれた。

 それがグレンには嬉しかった。

 グレンが初めて魔法を使った日、青白い顔をしながらも満足そうに笑って眠るグレンを海から戻った母が見つけた。

 そして直ぐにグレンが魔法を使ったのだと理解する。なぜなら同じ光景を数年前にも見たことがあったからだ。

 グレンが眠っている間にグレンの祖父母と両親が話し合い、もし王都へ行きたいと願ったら送り出すことになっていた。

 けれど後継者が二人とも王都へ行ってしまうのは、寂しいと感じるのもまた本音であった。そのためグレンの家では極力王都の話を控えるようになった。

 そんな真実があった。

 その後、朝食の席でグレンが今年も王都で開かれる入学試験を受けることが母から伝えられ、グレンが我慢していたことを聞いた祖父母と父は、試験を受けることを快く受託した。


 グレンは感謝しながら、試験に向けて頑張ることを誓うのだった。

 大人たちから見たグレンの性格は明るく活発である反面、何かに集中するとそのことしか見えなくなる……良く言えば探求心に富み、悪く言えば猪突猛進な性格だった。

 ただ約束したことはきちんと守るので、大人達はグレンに好きなようにさせていた。

 そんなグレンが体格こそ同じ年の子達と変わらないが、体力や力、足の速さが既に大人達と同等の身体能力を保持していることまでは知らないでいた。



 そして村の恒例行事、子供の派閥対抗戦が今年も開催されることになる。

「今年も勝者はお前だろうけど、これも伝統だからなぁ」

「そうね。去年も一人で全勝するんだもの、今年もグレン一択ね」

 そう声を掛けてきたのはヴァルゴとサランだった。


 あのゴブリン事件から、子供の派閥争いで恵みの森を使う時には必ず冒険者に依頼することになっていた。

 そのため今回はヴァルゴとサランが一緒に森へと入ることになった。

 ヴァルゴもサランも十二歳となった今年、ダリュー村に作られた冒険者支部でFランクの冒険者として活動することになった。

 本来なら稼業を継ぐところなのだが、二人には兄がいて稼業を継ぐことはないので、子供達が憧れる冒険者になったのだ。

 二人とも装備をちゃんと整えているためゴブリンに遅れを取ることはないぐらいの実力はある。

 二人がそこまで実力がついた理由は、グレンが怪我をしたことを受け、責任を感じた二人は引退した冒険者達に頭を下げ、戦い方を教わったからだった。

「まぁね。今年も全勝してスレイ兄ちゃんに並ぶんだ」

 そしてグレンも相変わらず兄であるスレイの背中を追っていた。


「「ハァ~」」

 二人は同時にため息をついた。

「今年も賭けにならないな」

「そうね。ならないわね」

 実は子供の対抗戦は大人や親しい冒険者たちの賭事対象となっていたが、去年の派閥対抗戦や場所取りで全戦全勝、しかも圧勝してしまっているグレンに、賭けが集中して賭け事にならないのだ。

「まぁいいわ。頑張ってね」

「怪我はするなよ」

 二人はお互いの派閥に声を掛けていた。

「スレイお兄ちゃんに並ぼう。そして全力を出そう。勝負事で手加減してはいけないって教わったし……」

 そんな強い意志をグレンが秘めていることなど知らず、派閥対抗戦が始まった。



「よ~いスタート!!」

 ヴァルゴがスタートの声を発したと同時に飛び出したのはグレンだった。

 日頃からスレイが送ってきたトレーニングや、親しくなった引退した冒険者達に師事しているため、子供達は皆グレンの身体能力を知っていたから、手加減することはなかった。

「くそ」

「は、速い」

 あっという間に一人で恵の森へと入っていく。



 ちなみにヴァルゴとサランはグレンに護衛が必要ないと判断しているため、無理に追い掛けることはしない。

 この三年間、魔力を使い過ぎて気絶するとグレンはゴブリンに囲まれてしまった時のことを、何度も夢で見るようになっていた。

 最初はおねしょしていたグレンだったけど、途中からゴブリンを倒す自分のことを観察することになった。

 何度も夢を見ることで自分が何だかうっすらと光る膜を纏っているように見ることがあった。

 でも起きても身体が光ることはなかったので、あれが何なのかを確かめようと試行錯誤していた。

 そして魔力や不思議な力が上手く使えれば、同じようなことが出来るのではないかと頑張ってみたけど、今までうまくいったことはない。

 それどころか試行錯誤していた時に力を入れたり、魔力を動かしやすいポーズを取る姿を家族には見られてしまい、泣き虫グレンの他にヘンテコ踊りのグレンとからかわれる黒歴史が増えてしまう。

 ただその試行錯誤の全てが無駄だった訳ではない。

 畑や漁の手伝いをした時には不思議な力を足に集中したらバランスを崩れにくくなり、雨でぬかるんでしまった畑に足を取られてもいつもと同じように歩くことが出来た。

 そのおかげで足腰を鍛えられ 魔法も使っているうちに一度では気絶することがなくなり、魔力が多くなっているとスレイの手紙に書いてあってからは、夕食を済ませて眠る準備が整ったら回復魔法を使って気絶して眠った。

 今では詠唱も慣れたもので、魔法を失敗することもなくなっていた。

 グレンは体力作りのために畑と漁を手伝いをして、それが終われば村の内外を走り、その疲れをとるためにお腹いっぱい食べ、魔法を使って魔力を使い切ってから眠る。 

 もちろん子供達から遊びに誘われることもあったので、そちらもある程度付き合っていたけど、グレンには兄であるスレイに追いつきたいという目標があったので、出来る限りの時間を割いたのだ。

 普通なら辛くて止めたくなるような生活ではあるけど、目標のためにそのサイクルで三年間過ごしてきた。

 そのためグレンは普通の子供よりも少し早熟で、心身ともに成長が早かった。




 恵の森に入ったグレンは足場の悪さを気にも留めずどんどん加速していく。

 ちょっと進めば三年前に手にした果物が生った木がある。しかしグレンはその果物を取らずに森の奥へと進むことにした。

 ――三年前のあの日、ヴァルゴとサランがあの木に生った果実を譲ってくれたんだよね。

 グレンは優しい二人に感謝しながら進む。

 さらに奥へと進むと、いくつかの木にそれぞれ違う果実がぶら下がっている場所があった。

「やった。直ぐに見つかって良かった」


 グレンは足に不思議な力を纏って跳躍すると、驚いたことに二メートル以上の高さまで飛んだ。

 さらに木の窪みを足場へ変えて、さらに跳躍し地上から四メートルはあった果物へと到達し、三つ程を瞬時に確保することに成功した。

 そして帰ろうとしたグレンだったが、グレンにとっては忌まわしきゴブリン達が、ボアの親子を取り囲んでいるのが見えた。

 ボアは通常魔物に分類されているが、この地では瘴気が薄く動物の扱いである。

 たまに狩人が増えすぎないように狩って食用なることはあるが、それ以外では村人や元冒険者達も好んでは戦わない。

 またボアは肉食ではなく果物や木の実を食べるためほぼ無害な存在であることから、今回は魔物が動物を襲っているという構図になった。

 グレンは果物を懐にしまうと、次の瞬間グレンは三年前を思い出してゴブリンのことを本当の意味で克服するため、不思議な力を足へと送り走り出した。


 グレンが駆けつけるとあの時よりも多い四体のゴブリンと、親ボアとその親ボアが必死に守るまだ小さな子ボアを二頭を確認した。

 ボアにゴブリン達の意識が集中していることを確認したグレンは鞘から短剣を抜き、魔方を使う為の媒体である鞘へ魔力を流しながら流れるように詠唱していく。

 グレンは落ち着いて最一番近くにいたゴブリンに最短距離で駆け寄ると、背後から首元を掻き切りながら、詠唱していたウォーターボールを親ボアを攻撃しようとしていたゴブリンに当てた。


 次に離れたゴブリンに持っていた短剣を投擲し、その短剣がうまく首に刺さったのを確認して、最後のゴブリンへと向かった。

 錆びたショートソードを持ったゴブリンが、こちらへ振り返っていた。ただまだ距離があるため突然現れたグレンを警戒してその場に立ち止まったままだった。

 グレンは動くことを止めずに地面に転がっていた石を拾い上げて投擲した。

 ゴブリンはその石を何とか弾くが、グレンはその隙に短剣が刺さったゴブリンへ近づいて短剣を深く刺してから回収した。

 するとここで予想外のことが起こった。なんとショートソードを持ったゴブリンへ親ボアが突進して吹き飛ばしたのだ。

 ゴブリンはグレンに気を取られていたため、急に突進されたことで握っていたショートソードを手放してしまった。

 その隙をゴブリンに意識を集中していたグレンが見逃すはずもなく、不思議な力を足へ注いで一気に近寄り胸元へと突き刺した。

 最後のゴブリンを倒したグレンは、他三体のゴブリンを確認していく。そして無事全てのゴブリンを倒したことを確認したところで、グレンは身体からようやく力を抜くことが出来た。

 戦闘は一分も掛からない電光石火の早業だったけど、グレンは緊張からか戦闘が終わった直後気を抜いたところで大量の汗が噴き出てくるのだった。


 ふーっと息を吐き、ボアを見ると親のボアは血だらけでこちらを確認した後ドスンっと倒れた。

 どうやら親ボアは既にゴブリンに攻撃を受けてしまっていたのだ。


 子ボア二頭が親ボアへ駆け寄っていく。

 グレンはどうしようか迷ったけど、子ボアが鳴く姿を見て、親ボアを助けることにした。

 鞘へ魔力を注ぎ、親ボアへウォーターヒールを唱える。

 実は今まで自分以外にウォーターヒールを使ったことがなかったので、発動するのか内心不安だったけど、親ボアへ光が吸い込まれていくと傷が消えていく。

 それを確認して、助けられると判断した。

 幸いにして親ボアは粗かった息が徐々に安定してきたので、グレンは安堵の息を吐いた。

 その間、二頭の子ボアは親ボアを心配して親ボアの身体に顔を埋めて寄り添っていた。

 グレンはまたゴブリンが現れる可能性があるため、親ボアが起きるまでしょうがないので待つことにして、ちょうど近くにあった切り株へと腰を下ろした。


 ――もしかしたら派閥対抗戦は負けてしまうかもしれないな。でもせっかく助けた命なのにそれを放っておくことは出来ないよ。きっとスレイお兄ちゃんも同じことをするたろうし。

 グレンがそんなことを思っていると、子ボアの一頭が親ボアから離れ、こちらにに向かってスンスンと匂いをかぎ始めるともう一頭の子ボアもスンスンと匂いをかぎ始めた。


「なんか匂うか? って、しかし聞いても答えられないか」

 その時、そういえば懐にしまった果実があったことを思い出した。

 見ると先程のゴブリンとの戦闘で、潰れてしまった果実の液が服に染みていた。

 グレンは潰れてしまった果実と無事な果実を懐から取り出して、ベタベタになったシャツを脱いだ。


 ため息を吐きながら無事だった果物に被りつくと、子ボアの二頭が少し離れた位置から涎を垂らしてグレンを見つめていた。

 グレンが果実を齧る → ボアは一歩だけ詰め寄り、涎の量が増える。

 齧る→ さらに一歩詰め寄り、涎で口の回りが光って見える。

 齧る→ 子ボア達はついに我慢出来なくなったのか、グレンに詰めよりキラキラした目で果実を見つめ、涎がを滝のように流し出した。

 グレンはさらにかじ……ろうとして、子ボアに潰れた果物をあげた。

 すると二頭子ボアは凄まじい勢いで食べ始めた。


 グレンはため息をつきながら果物をゆっくり食べ始め……ようとして視線を感じた。

 すると子ボア達はきらきらした目でグレンへ精神攻撃を開始する。

 グレンは堪えた。

 グレンは果物を食べ……ようとして涎を誑す二頭が目の前に移動してきた。

 グレンは食べることを諦め、グレンは二頭の子ボアに精神的な敗北を喫した。


 そんなことをグレンは脳内で考えていたが、親ボアが回復するまで面倒を見ることに決めたので、先程の果物の木まで走って何度か果物をとって二頭の子ボアに与えることにした。

 そして子ボア達が満足して食事が終わると、親ボアに寄り添い眠ってしまう。

「それは無防備過ぎないか?」

 グレンはそう呟かずにはいられなかった。

 それからちょっとして親ボアが起きた。


「やっと起きたか。もうゴブリンなんかに負けるなよ」

 起きた親ボアが少し警戒するような目で見ていたので、グレンはそう言って村へ向けて歩き出した。

 結局グレンはこの日、派閥対抗レースに負けてしまい、兄スレイの記録には並べなかったが不思議とグレンに後悔はなかった。


 それからグレンは何度か恵の森へ入ることになるのだが、その度に親子ボアと遭遇し果物を強請られることになる。

 最初は渋々応じていたグレンだったけど、そのおかげで近寄ってくる親子ボアの気配を感じることが出来るようになり、また隠れるために気配を薄くすることが出来るようになった。

 何だかグレンはそれが楽しくて、時には全力で駆けっこしたり、ボア達のタックルを躱す練習をしたりして、村で遊ぶよりも親子ボアと遊ぶ方が多くなっていた。

 そしてもうすぐグレンが十歳を迎えて王都の学校の入学試験がやってくる頃には、もうゴブリンに襲われても逃げられるぐらいまで大きく成長を遂げていた。


 そんなボア達の成長を感じながら、グレンの王都へ向けて出発する日が近づいてきた。 


お読みいただきありがとう御座います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ