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私立双葉学園の人間関係  作者: 月読 初
第一章 風上 杏利
4/5

愛が欲しい。

沢山のブクマありがとうございます!

 

 愛されたかっただけ。


 愛したかっただけ。



 私はただ、愛が欲しかった。






 私は風上家の一人娘として生まれた。

 野心家で金と権力にしか興味の無いお父様と、精神的にか弱いお母様。

 そんな気が合いそうにもない二人は、いわゆる政略結婚というもので結ばれた。


 元々愛のない結婚だったことに加えて、お父様はお母様の家の力だけを欲していたので、お母様に対して何不自由ない暮らしは与えるがそれだけで、会話どころか顔を合わせることもなかった。

 そんなお父様にお母様は萎縮してしまい、部屋に閉じこもり歩み寄る姿勢を見せなかった。


 そんな二人の間にできた命。


 跡継ぎをつくるためだけにお母様の元に通っていたお父様は再び姿を見せなくなった。

 愛してもない男に抱かれ、子供を身ごもったお母様。

 それでもお母様は私を出産した時は、私を抱いて泣きながら小さく微笑んでいたらしい。



 それもお父様がお母様の元を訪れ、『女を産むなんてこの役立たずが』と罵るまでの間だけだったが。


 お父様に罵倒されたお母様は、申し訳ありませんと言って小さくなりながらも私を必死に育てようとしてくださった。

 ただ、私はとても泣き虫で、お母様がようやく寝かしつけたと思ってもすぐに起きて泣き、お母様は夜中ずっと私を抱いてほとんど寝る時間がなかったと聞いた。

 冷たい夫にすぐに泣く我が子。お母様は段々と憔悴していった。






 私が成長し、五歳になった頃にそれは起きた。


 成長しても私の泣き虫は治らず、転んでは泣き、悪夢を見ては泣き、虫を見ては泣き……とにかくすぐに泣く子供だった。

 そして泣いた時に向かうのは決まってお母様のところだった。

 お母様は部屋に籠ってベッドで寝ていることが多かったため、あまり一緒に遊んだりしてはくれなかったが、私が泣きながらお母様に抱きつくと少し困ったように微笑んで頭を撫でてくれた。

 お父様も、周りの使用人たちも冷たい中で、その手の温もりだけに愛情を感じていた。


 ある日、また私は泣いていた。

 何故泣いていたのか理由は覚えていないが、どうせ廊下で転んだとかそんな下らないことだ。

 零れる涙を手で拭いながら、いつものように撫でて貰おうとお母様の部屋まで駆けていった。


 お母様の部屋の大きな扉を小さな手で体重をかけて開くと、いつもはベッドで寝ているお母様が部屋の中央で立っていた。

 私は何故お母様が起きているのか不思議に思うよりも、大好きなお母様が起きていたことが嬉しくて、泣きながらお母様の足に抱きついた。


「うわあんっ! おかあさまっ!! 」


 ぎゅっ、と抱きつきながら何かを話したのに、いつもなら優しく撫でてくれる手の感触がいつまでも感じられなかった。

 不思議に思って顔を上げた時、私は驚いて目を見開いた。

 お母様の顔から表情が抜け落ちていた。


 その顔は、お父様や使用人が私を見る時と同じだった。


「お、かあ、さま……?」


 信じたくなくて、いつもみたいに笑って欲しくて、震える声でお母様を呼んだ時。



「うるさいっ!!!!!」


 いきなりお母様はそう叫んで、私を突き飛ばした。


 その力は今までのか弱いお母様からは想像出来ないほど強く、私は床に背中を強かに打ち付けた。

 何が起こったのか理解出来なくて、泣くことも忘れて視線をお母様に向ける。

 私と視線が合ったお母様は表情を歪めた。

 幼い私ですら、その表情の意味は分かった。



 ───嫌悪感。



「毎日毎日鬱陶しいのよ!! 下らないことで泣いて私にまとわりついて!!! あんたのせいで私はこんなに苦しいのにっ!! あんたが男じゃないせいで!!! あいつに似てるその顔を見ると吐き気がするのよ……っ!!!」



 顔を歪ませてそう叫んだお母様は、その場に崩れ落ちて泣き出した。


「結婚なんてしたくなかったっ……! 子供なんて産みたくなかったのにっ!! どうして私が!!!」


 子供のように泣きじゃくるお母様が本当に辛そうで、今にも壊れてしまいそうで。

 大好きなお母様が苦しんでいる姿を目の当たりにして、何も言えず呆然とお母様を見ているしか出来なかった私は、気付くといつの間にか自室に戻っていた。



 幼い私はぼんやりとした頭で、お母様のために何が出来るか考える。


(……おかあさまはわたしがおんなのこなのがいやなのかな、わたしのかおがいやなのかな……。

 だから、あんなにくるしそうだったのかな)



 そう思った私は、部屋にあった鋏を掴み、無造作に髪の毛に刃を入れた。



 周囲に散らばる残骸を気にとめず鏡を覗き込む。まるで男の子(・・・)のようになった髪型に顔を綻ばせつつ、顔を前髪を下ろすことで隠した。



 大丈夫。男の子になれば、顔を隠せば、大丈夫。



「これで、おかあさま、げんきになるかな」


 お母様の優しい表情と手の温もりを思い出し、私は温かくなった胸を抱えながらまたお母様の元へ向かった。




 急いで廊下を歩く私は、私を見て驚愕した顔をした使用人が急いでどこかへ向かったことに気づいていなかった。

 お母様の部屋まで後もう少し、という所で突然腕を強い力で掴まれ、驚いた私は咄嗟に振り返る。

 私の腕を掴んでいたのは、今まで見たことがないほど冷徹な顔をしたお父様だった。


「……何を、している」


 背筋に氷を当てられたみたいだった。

 途方もない怒りを無理やり押し殺したような声に、自分の意志とは関係なく喉が詰まる。

 声を発することが出来ない私を見たお父様は、


「なんてみっともない姿をしているんだ!!!」


 と、目を見開き、唾を飛ばしながら怒鳴った。抑えきれない怒りが掴んだ手に込められ、骨が軋む。

 痛みに顔を強ばらせている私なんて目に入っていない様子だった。


「お前は結婚をして子供を産むことしか価値が無いんだ!!! ただ女らしくしていることさえ出来ないなら家から叩き出すぞ!!!」


 激昴したお父様は動けない私を引き摺って部屋に連れ戻し、一人の使用人に私を監視するよう言いつけ、部屋を出ていこうとした。

 どうしてもお母様のところへ行きたかった私は、恐怖で声を裏返らせながら必死に頼んだ。


「ま、っておとうさま! おかあさまのっ、ところへ、いかせてください!!」


 その声にゆっくりと振り返ったお父様の目を見て、


「……ひっ……」


 と、思わず喉の奥から悲鳴が漏れた。

 ついさっきの憤怒の焼けるような熱ではなく、見る者を凍死させるほど温度のない視線だった。


「あの女に会うことは、二度とない」


 そう私の頭に染み込ませるように言ったお父様は、今度こそ部屋を後にし、外から扉に鍵をかけた。






過去編終わらなかった悲しみ。

予定ではあと三話くらいで一章は終わりです。伸びた。

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