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私立双葉学園の人間関係  作者: 月読 初
第一章 風上 杏利
2/5

好きなのに、

ブックマークありがとうございます!

*第一話の渡り廊下のシーンの場所を少し変更しました。話の内容には変更はありません。

 

「うぅ……」


 寒い。背筋がゾクゾクして身体が震える。今は真冬だっただろうか?

 それに頭も何か硬いもので殴られているかのように痛む。

 喉も何故かイガイガして声が出ないし──と思ったところで気づいた。


(風邪をひいてしまったのね……)


 とにかく誰か呼びに行かないと、と重い身体を何とか起こしたところで、


「お嬢様、起きていらっしゃいま……お嬢様!? お顔が真っ赤ですよ!?」


 タイミング良く私を起こしに来たメイドの千恵(ちえ)が素っ頓狂な声を上げた。


「ちえ……風邪をひいてしまったみたいなの……」

「ああもう見ればわかるので無理に喋らないで寝てください!! 今消化に良いものとお薬持って来ますので! 」


 けほっ、と咳き込みながら言うと千恵は慌てて私を止めてベッドに寝かせ、一目散に部屋を飛び出して行った。

 そのまま布団にくるまり耐えながら少し待つと、美味しそうな卵雑炊と粉薬をトレーに乗せ千恵が戻って来た。


「ほら、これ食べて薬飲んで寝てください! もー絶対昨日雨なのに傘を差さないで帰って来たからですよー」


 トレーを枕元のテーブルに置き、雑炊を小皿に取り分けてくれながら千恵は呆れたように言った。


「ありがとう……わたし傘差してなかったかしら……?」

「覚えてないんですか!? あんなにずぶ濡れだったのに!」


 雑炊を受け取りつつ私が首を傾げると、千恵は目を丸くして驚いた。

 ふーふーと息を吹きかけて冷ましながら記憶を探ると、確か昨日はバケツをひっくり返したような豪雨だったはずだ。


(それなのに傘を差さないなんて、昨日の私は何してるの……? )


 何故かどうやって家に辿り着いたのか、もやがかかったように全く思い出せない。

 諦めて雑炊を口に運びつつ、帰る前は何をしていたか考えた時、


 ポツポツと雨粒が窓に当たる音。


 どこかに置き忘れたらしい教科書。


 美術室に向かう廊下。


 向かい合う晴貴様と女子生徒───



 ───ガシャンッ!!!


「お嬢様! 大丈夫ですか!!」


 はっ、と意識を取り戻すと、床に落ちて割れてしまった小皿と心配そうに顔を覗き込む千恵が視界に入った。


「……あ、大丈夫よ、ごめんなさい落としちゃって」

「いえ、お怪我が無いなら良いんですけど……」


 少しぼんやりとしたまま謝ると、千恵はまだ顔を曇らせながら割れた小皿を片付けてくれた。


「ありがとう……ごめんなさい、もう、食欲ないから、寝るわね」


 ご飯を残してしまって作ってくれた人に申し訳ないとは思うけれど、正直これ以上何も食べられる気がしなかった。

 それを聞いた千恵はますます顔を曇らせ、


「お嬢様……何かありましたか? 昨日からご様子がおかしいです」


 と、遠慮がちに問いかけてきた。


「……何でもないの、大丈夫」


 取り繕うように微笑んだが、千恵の顔色は全く変わらなかった。むしろ悪化したと言ってもいい。


「……分かりました、ではお薬だけ飲んで寝ましょう」


 しかし千恵は自分の気持ちを飲み込み、それ以上聞いてくることはなかった。ほっ、と胸をなで下ろしつつ、


「粉薬は不味くて嫌いだわ……」


 と肩をすくめ少しおどけて言ってみせると、千恵は微笑んで、


「もう! いつまでもお子様なんですから!」


 と怒ったふりをしながら口直しの甘いホットミルクを用意してくれた。






「具合が悪くなったらすぐに呼んでくださいね! 絶対ですよ! すぐですからね!」


 と、何度も繰り返し言ってから千恵は部屋を出ていった。

 その念の押し様に少し笑いが込み上げたが、それだけ千恵に心配をかけてしまっていることに罪悪感が湧いた。

 自分が普段の様子とはかけ離れていることは自覚しているが、まだ自分でも上手く飲み込めていないのに言葉に出せるはずがなかった。

 そう考えて思わず自嘲が零れた。


「上手く飲み込む、なんて」


 晴貴様が他の人に心奪われていることを飲み込んで、どうするというのだろう。

 飲み込んで楽になれるのか?

 晴貴様を諦められるのか?

 婚約者という立場から解放し、好きな人と結ばれてね、と背中を押せとでも?


 私に背中を向けてあの少女の元へ行ってしまう晴貴様がまざまざと脳裏に浮かび、ヒュッと息が詰まった。


(───こんなに好きなのに)


 彼が私にとって王子様ならば、私は彼にとってお姫様なんだと疑っていなかった。

 大好きで、愛おしくて仕方なくて、彼の横に並んで歩く為ならどんな努力も惜しまなかった。

 心の底から出会えたことに感謝し、これから先も共にいれることがどうしようもなく嬉しくて。


 初めて出会った瞬間から今まで、ずっと。



「あの子が、いなければ」



 無意識の内に零れた呟きはとても甘美な響きだった。


(そうだ、あの子さえいなければ)


 あの少女さえいなければ、晴貴様はまた私を見てくれるに違いない。

 そうして私が余所見をしたことを頬を膨らませて拗ねてみせれば、晴貴様はいつものように頭を撫でてごめんねって謝って、もうしないよって約束してくれて。


 私が仕方ないなあって笑えば、仲直り。


 その想像は私にとって素晴らしいもので。



 そのはず、なのに。


 どうしてこうも心が痛くて苦しくて視界が滲むのだろう。






『はるきさま!!』

『どうしたの? 杏利』

『あのね、あんりとはるきさまは将来けっこんするんだってお父さまが言ってたんです……!』

『そうだよ? 僕と杏利は大人になったら結婚するんだよ』

『ほんとだったんだ……』

『……杏利は僕と結婚するの嫌?』

『ええ!? そんなことないです!! はるきさまのこと大好きだから、うれしい!』

『ふふっ、良かった。嫌だって言われたらどうしようかと思った』

『……はるきさまは、あんりで良いの?』

『僕は──────』



 ああ、そうか。


 晴貴様にとって私は──────






一途女子好き。

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