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私立双葉学園の人間関係  作者: 月読 初
第一章 風上 杏利
1/5

気づいてしまった、心。

加筆修正前の作品が拙すぎていたたまれない。

なるべく自サイトは見ないでほしかったり。

 

 私の手からひらり、ひらりと舞い落ちる紙吹雪。


 その正体は、くす玉から生み出されたもののように何かを祝うステキなものではなく、ただの破れた彼女の教科書だ。

 そう、ただの教科書。私が(・・)破いた。


 起きていることが理解できないのか、ただ呆然と見ているだけの彼女に私の中の良心が激しく揺さぶられる。


(───本当にごめんなさい)


 何度も何度も、繰り返し声に出さずに謝罪する。

 でも、これはあなたと彼の幸せの為だから。


「あなたごときが晴貴(はるき)様に近付かないでくださる? 不愉快だわ」


 溢れそうな本心に蓋をして、私は冷たく微笑んだ。



 ああ、お願いです。早く、早く来て。


 でないと念入りに被った仮面が剥がれてしまうから。



 そのとき、微かに此方に向かってくる切羽詰まったような足音が聞こえ、私は彼女に気付かれないよう小さく安堵の息を溢した。






 私が彼と初めて出会ったのは、七歳のときだった。


 いつも無表情で不機嫌そうだった父が、その日はどことなく上機嫌だった。


(お父さま、うれしそうだわ。こんなお父さまはじめて見た……)


 普段から父と会話をすることなど必要最低限のことしか無いため、それを口に出すことはないが内心首をかしげていた時、


「出かけるから支度をしろ。ああ、今日は特にこれを飾り付けておけ」


 と父が私とメイドに命じた。

 その後、実際今までにないほど手の込んだドレスを着せられ、髪も複雑に結い上げられて向かった先は、思わず目を丸くしたほど大きいお屋敷。


(こんなに大きいお家、王子さまが住んでいるおしろみたい!!)


 素晴らしいお屋敷にふわふわと夢見心地な気分で目を輝かせている内に、丁寧な対応であれよあれよという間に応接室に通され、いつの間にか父と共に高級感溢れるソファに座っていた。


(このソファもとってもふかふかでいいきもち……お茶もおいしいし、本当にステキなところだわ。

 これから何がおこるのかしら?)


 未だに現実味が湧かずうっとりと部屋の内装などを眺めていると扉が開き、誰かが部屋に入ってきた。父と共に礼をし、ぽんわりとした心地のまま目線を上げた瞬間。


(……ほんものの王子さま!?!)


 思わずそう内心で叫び、ぽかんと目も口も開いて魅入ってしまった。

 サラサラとした柔らかそうな栗色の髪に、目尻の下がった優しげな翡翠の瞳。

 白く透明感のある肌は滑らかでくすみ一つなく、まるで陶器のようなその美しさに私は思わず息を飲んだ。


 ステキなお屋敷で出会った、今まで見たことがないほどステキな男の子のことを、私は本気で王子様だと確信した。


「はじめまして、巫晴貴(かんなぎはるき)と言います」


 そう言ってふわりと笑った晴貴様に、私は恋に落ちた。






 晴貴様に初めてお会いしたあの日。

 あの日はなんと、私と晴貴様の婚約者としての顔合わせの日だった。

 一目で恋に落ちた王子様が婚約者だと知った私は、全身全霊で喜び浮かれた。その後、それまでの消極的だった私とは一変して積極的に努力を始めた。

 お稽古事も真剣に取り組み、料理を練習したり自分の容姿を磨いたりもした。


 全ては晴貴様に相応しくなる為に。


「こんにちは、杏利。いい匂いがするけど何をしているの?」

「晴貴さま! こんにちは、実はクッキーを焼いているところなんです」

「へぇ、杏利が料理出来るなんて知らなかった! 僕の分もある?」

「……実は、晴貴さまの為に作ったんです」


 頬を染めてぎこちなくはにかむ私に、晴貴様はとても優しい笑みを向けてくださった。


「僕のために? ありがとう、杏利は可愛いね」


 晴貴様が私の努力の欠片を拾い上げ、笑顔で優しい言葉をかけてくださる。

 その度に、私は幸せすぎて天に舞い上がってしまうんじゃないかと思うくらい幸せだった。

 このままずっと幸せな日々が続くと、そう馬鹿みたいに信じていたの。


 彼と私の温度差に見て見ぬ振りをして。






 それから八年の歳月が過ぎた。

 私は初等科から通っていた、私立双葉学園の高等科に進学した。

 晴貴様は私と同じく双葉学園に通っているけれど、私よりも一歳年上なので一年早く高等科に入学していた。

 晴貴様と校舎が離れている間、正直に言ってしまえばお会いする機会が激減してとても寂しかったので、これでまたお会いする機会が増えると喜んでいた。


 一年ぶりに校舎内でも晴貴様とお会いできることで、私は完全に有頂天になっていた。

 晴貴様を見かけたら私は小さく手を振り、それに晴貴様も片手を上げて答えてくれる。

 そんな小さなやり取りができる幸せを私は噛み締めていた。






 その日、空には暗雲が立ち込め、今にも大粒の雨が降りだしそうだった。

 何故かはわからない。わからないけれど私は朝から酷く胸騒ぎがしていた。

 一日中もやもやとした不安を抱きながら過ごしていたが、私の心と反しこれといって特に何も起こらず、無事に放課後を迎えた。


(何なの、この気持ちは……。天気が悪いのに引きずられているのかしら……?)


 ぽつぽつと雨音がし始めた外を見て、これ以上天候も心も悪化する前に早く帰ろうとさっさと帰り支度を始めたが、


「あら? 教科書がないわ、どこかに置き忘れた……?」


 どうしてこんな日に限って、と内心ため息を吐きながら私は忘れ物を探すために歩き出した。


 その日使った場所は大体調べ尽くし、後は美術室が残るのみ。

 美術室にも無かったらもう何が何でも帰ろう、と決意しながら廊下を歩いていた時。

 何気なく、本当に何気なく近くの教室に目をやった。


 そこで、晴貴様が見知らぬ女子生徒と話していた。




「……………な、んで」


 無意識に出た声はカラカラに乾いた喉に酷く突っかかる。


「……どうして……っ」


 はっ、と漏れた吐息はきっと誰が聞いても苦しげなもので。


「どうしてっ……そんな目をしているの……っ?!」


 泣き出しそうに震えた声は、自分のものだとは思えないほど無様だ。





 知りたくなかった。分かりたくなかった。


 あなたの眼差しがあんなに熱くなるなんて。



 ああ、その熱は、




 私がこの八年あなたに向けたものと、同じだ。






*渡り廊下→廊下 向かい側の校舎→近くの教室 に変更しました。

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