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女王の覚醒

 春の女王は夢を見ています。

 なぜそれが夢と分かったか。それは彼女が一度も見たことがなく、とてもありえない光景だったからです。



 動物が色々な道具を使って音を鳴らし、そして声を上げて歌っています。

 穏やかのようで激しく、優しいようで厳しく、そしてとても美しい音色……まるで自然そのものを音にしたかのような音色。



 それだけなら、滅多にないことですが、あり得ないことではないのですがその声をたくさんの人たちが聞いており、自分はその中の一人でした。

 人と動物がここまで近く、自分がただ一人の存在としてその場所に入れること。

 そしてその中で動物たちの音楽が終わった後、自分もまた歌い始めます。それは春の女王としてでもあり、一人の少女としてでもありました。



 とても今では考えられません。だから少女はこれは夢だとわかっており、その景色がだんだんと薄れて言っても不思議には思いませんでした。

 少女は目を開けます。



 ところが不思議なことに、夢から覚めたのに、夢の中で聞こえた音は未だに少女の耳に入っていきます。自分はまだ夢を見ているのでしょうか。

 しかし、音としてだけではなく自分の中に入ってくるその音色は少女を眠りに落ちるときとはまるで真逆に意識をどんどんはっきりさせていきました。

 


 少女はこらえられなくなり、すぐにベッドから起き上がって、扉の外に出た後、すぐに歌い始めました。

 声が出なくなかったのが嘘のようです。まるで今までせき止めていた水が解放されたかのように。

 声が。音が。口から溢れかえります。



 動物たちがいます。たくさんの人はいませんが、代わりに自分を助けてくれたとわかる二つの存在が彼らのそばにいました。

 その二人の感謝と、そしてこの世界を迷わせてしまったお詫び、そしてなにより自分の喜びのために少女は歌い続けます。


 しばらく二つの音色はその場に鳴り響いていました。




__________________________________________





「本当にありがとうございます!ジオ様。アグロ様」

「おう、盛大に感謝しろよ!」

「アグロさん!」



 もうすっかり顔色も元通りになり、説明しなくても女王としての力を取り戻したエリルとなのった少女が何度も頭を下げました。

 歌を介していないその声も、鳥のさえずりのように優しく、川の流れのように耳さわりの良いものでした。

 そんな彼らに先ほどまで動物たちの曲の指揮をしていた長老が近づいてきます。



「ほっほっほ。お元気になられたようで何よりですじゃ。女王様」

「ローベル様!」



 彼女は髭だらけの老人に血被きます。



「ほほう。儂を覚えておられたとは」



 女王は長老に深く頭を下げます。

 王子と悪霊は二人が知り合いだったことに驚いていました。

 その驚きを察したのか彼が説明します。



「なあに。先代の女王とは少しなじみがあっての。この娘の名前を付けさせてもらったしたものじゃ。さて、ワシらは少しこの場所で休ませてもらうが、おぬしたちは何か話すことがあるのではないのかな?」

「あ、そ、そうですね。では二人ともひとまず私の家に」



 長く美しいながらも激しい曲を鳴らした彼らは地面にへばりついていました。しかし、太陽の日差しが彼らをいたわるように照らしているのでつらそうな表情をしている物は一匹もいません。

 王子たちが彼らに頭を下げると、同じように頭を下げたり、手を振ったり、楽器を鳴らしたりしていました。

  

 そしてこの間と同じように家に入ると、テーブルに座ります。



「さて、私の力は元に戻りましたが、やはり他の女王のことが心配です。ラビスの国では、仮に私が行かなくて春が来なかったとしてもあなたたちの国へは他の女王が行くはずなんです。それがないということは、間違いなく他の女王も何かがあったと言うことでしょう」

「そうですか……」



 やはり悪霊の言うことが正しかったと王子は思いました。

 しかし、春の女王は歌で力を発揮するものですが他の女王は違います。

 では、彼女たちはどうして動けなくなっているのでしょうか。

 王子はそう目の前の彼女に問いかけました。



「おそらくは、私とは違う形で動きを封じられ女王としての力も使えないのだと思います。それよりも冬の女王がどうしているかわからないのですが」

「あーなんせあんな化け物がいるからな。どっかに逃げちまったんじゃ……」



 王子はハッとしました。目の前の少女はいぶかしげな顔をしています。



「化け物……?どういうことですか?」

「アグロさん!!」



 本当は隠しておきたかったことだったのですが、雪だるまが口を滑らせてしまったので仕方ありません。

 王子は本当のことを話しました。隣にいる彼は季節の塔の扉をすり抜けることができ、そして中に恐ろしい怪物がいたことを目にしたと言うことを。

 少女の表情がみるみる変わっていきます。それは勝手に季節の塔に入ったと言う怒りではなく、何かを非常に恐れている目でした。

 彼女は王子からまだ、預かっていた鉛筆とノートを取り出し、手を動かしていきます。

 しばらくしてから、かいたものを見せました。

 それは悪霊にとっては見覚えのあるもので、王子にとっては恐怖を感じるものでした。

 


「あーこれだよこれだよ!こんな化け物が塔の中にいたんだよ!」

「こ、こんなものがいるんですか……?」



 雪だるまは納得したかのように、王子はおびえながら、そのノートを見ました。

 少女はもはや笑みを浮かべず、重々しく口を開きます。



「かつてそれぞれの季節の国、そしてあなたたちの国を襲った存在。それがその怪物です。そしておそらく……今回の事件はその怪物の仕業でしょう」

「し、知っているんですか!こ、この化け物が何なのかを!」



 彼女はうなずき、語りはじめます。


 

 遠い昔に、すべての国に冬をも超える冷たい世界をもたらし、多くの生きとし生けるものを滅ぼそうとした怪物がいました。

 


 すべての生き物は恐怖と絶望に包まれていたのです。

 


 しかし、王子の国、ラビアと四つの国の女王の協力でその化け物を討ち滅ぼしました。

 


 その時のお礼で、王子達の国では四季の女王が恵みを与えることになったのです。



「そして、あなたが持っているその剣。いざとなったときに、あなたたちの国に私たちが送ったものなのです。扉を開き、季節にあだなすものを討つための剣……」



 王子は背中にしまってある剣のことを考えていました。

 それを持ち出そうとした時のことも。

 いろいろな召使いが準備したり、王子が自分でリュックの中身に入れたりしたのですが、この剣だけは違いました。

 見張りを避けつつ、裏門から城から出る寸前、剣が置いてあったのです。

 王子は誰かが用意してくれたのだろうかと思いつつ、それを持っていくことにしました。



「しかし、怪物がいるのだとしたら、大変なことです。なぜ、復活したのか、なぜ塔に閉じこもっているのかはわかりませんが、このまま放っておいても事態は決してよくはならないでしょう」



 女王が語り終わった後、悪霊が首がひねります。雪だるまには首がないですが。 



「冬の女王さんはどうしたんだよ」

「わかりません……もしかしたら、彼女は塔のどこかの中で怪物を止めるために何か考えているのかもしれません。アグロ様がみなかったところで」

「ええ!?だ、だとしたら早く助けなきゃ!」



 王子は叫びました。あんな絵で見ただけでも恐ろしい怪物と冬の女王が一緒だなんて考えたくもないことでした。

 春の女王もうなずきます。



「ですが、季節の塔は簡単には開きません。本来その季節が訪れると女王と交代で開かれるのですが、えっとその……内側から閉じこもってしまった場合は一人の女王だけでは開かないのです。三人の女王の力を合わせないと……」

「おいこらぁ!なんでそんな面倒臭いシステム採用したんだよ!」

「ひぃ!?す、すみません!ですが、恵みを悪用するものに利用されてはならないと思って……ごめんなさい。まさかこうなることになるとは思っていませんでした……」



 悪霊のうんざりしたような声に女王はたじたじとなります。どうやら、他の女王も助けに行かなければならないみたいです。

 王子はうなずきました。



「わかりました。とりあえず夏の女王様を助けに行こうと思います」

「とんだお人よしだなこの野郎。報酬はきっちりもらうからな!」

「ありがとうございます!夏の国へは私がお送りいたします。本当は私も行ければいいのですが、春の国をもう少し元通りにしないといけないので」



 女王は何度も頭を下げました。

 王子は不安を感じていもいましたが実はほんの少しだけわくわくもしていたのです。

 次に行く夏の国はどんなところだろうかと。


 もっともその感情は、冬の女王の不安を拭い去るものだったと言うことには気が付くことができませんでしたが。 

 今すぐ行こうと思いましたが、動物たちへちゃんとお礼を言ってからと思い、女王の了承を得て外に出ました。



 動物たちはもう立ち上がっており、王子のことをじっと見ています。

 並んで微笑んでいました。

 どうやらもう彼らが旅立つことを知っているみたいです。 



「動物たちのみなさん、ありがとう!絶対に僕は、自分の国の季節を取り戻して見せます!」

「ほっほっほ。気をつけて行くのじゃよ。健闘を祈る」



 王子は頭を下げて自分の気持ちのままに感謝の言葉を言いました。長老の声とともに動物たちから色々な声が聞こえました。

 がんばれと励ます声。ありがとうと感謝を伝える声。

 その中で静かに、しかしよく響く声がしました。



「王子!」

「グランさん!」



 呼びかける声の方をむくと、クマががいました。

 そのまま彼は王子に何かを投げつけます。



「うわっと!」



 王子は慌ててそれを受け取ります。自然のものとは思えないほどの丸くて蒼く、美しい光を放つ石……。それに草がまとわりついていますが、それは装飾となっているみたいでした。

 勲章のようなものでしょうか。



「それは、首領である証だ。今はお前に預けておく」

「え、で、でも」

「もちろんお前に首領になれと言うわけではない。お前がすべてをやり通した時に、改めてそれを俺に渡してくれ。お前を信じたことは間違っていなかったと。そうしたら俺も覚悟を決めよう。」



 その言葉に王子は悟りました。おそらくは彼は自分と同じように無力さをかみしめており、それゆえに自分を首領と認めることができなかったのです。

 だからこそ、周りには首領が必要だったのにもかかわらず、なることはできませんでした。

 そして、今、自分を負かした王子の存在、その覚悟を信じぬくことができたとき、自分も同じように信じてみようと。そう彼は考えたのでしょう。

 王子はうなずきました。



「わかりました。絶対にこれはあなたにお返しします」

「ああ。待っているぞ」



 彼はうなずいた後、少し下がりました。

 今まで見せなかった微笑みを彼らに投げかけながら。

 王子も同じ表情で彼らを見ます。



「では、行きますよ!」

「はい!」

「おうよ!」



 女王が声を上げたと同時に歌い始めます。

 すると周りに光があふれ始め、まるでちぎられたかのように分散していきます。

 分散されたものは鳥となって王子たちの周囲を回り始めました。

 そして、その回転が最高潮になった瞬間、強い光とともに、王子たちの姿はその場所から消えていました。


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