作戦と試練と
夜が明けて、日が差し込んでいます。
もうすでに長老の命令がいきわたっており、昨日のように、動物たちは集合しています。
そこには敵意や、好奇心、恐怖などが入り混じっています。
昨日、王子を見定めたクマもいます。彼は黙って様子を見ているようでした。
王子が彼らの前に立つと、動物たちがざわめきたちます。
彼はたった一人でした。
「何度来ても、人間は信用できないよー!」
「そうだ!早く帰れー!」
動物たちの声が騒ぎ立てます。
王子は彼らに聞こえないようにわずかに息を吸い込みました。
そして、口を開きます。
「沈まれ!!!!」
王子の声はまるで突風のように吹き渡り、ざわめきが一瞬でやみました。
彼の手には、ここまで彼を導いてきた剣があります。
少しだけ王子は声を低くして、穏やかに語りかけます。
「私はラビア国、第一王子です!今、わが国、そしてこの国は、大変な危機に直面しています。それを解決するためにここに来ました!」
王子という言葉に動物たちは先ほどとは違う様子でざわめき立ちます。昨日とは違うとても強く鋭い気迫……。威厳ともいうべきそれは、彼らの背筋をピリリと震わせました。
後ろに立っているクマの青年は僅かにまゆを動かしただけでした。
王子は言葉を続けます。
「あなたたちのことは昨日聞きました!私たち人間のしたこと、たとえ私がしたことではなくても、申し訳なく思います!しかし、此度の事、このままにしておけば、必ず更なる災害をもたらす。恵みがなくなれば人も動物も悪魔となり、互いに争うことしかできなくなり、命を奪い合うことになるでしょう」
一つの一つの言葉が彼らの背筋を震わせました。それは王子が今口にした恐ろしい未来を想像したと言うのもありますが、それだけではないようです。
それは動物たちすべてが感じていました。彼も含めて。
彼の隣に、雪だるまがいなかったことも、その感情を強めていました。
「私はここに誓います!王子として!そして一つの命として!貴殿らが我に力を与えてくれれば必ず我はこの災害を打ち破って見せましょう!問いかけます!私に力を貸してくれますか!是か否か!」
最後の言葉はまるで雷が落ちたかのようでした。
そして動物たちはうたれたかのように全身がビリビリと震えています。まるで寒さの震えを彼の言葉による震えが追い出してしまったかのように。
それを肌で感じた動物たちは彼を疑う、彼を敵と思う気持が薄れていき、彼を信じたい、彼についていきたいと思い始めていました。
「ほ、本当にどうにかしてくれるの?」
「ま、またひなたぼっこできるのか?木の実集めができるのか?」
「約束しよう」
「な、なら俺やるよ!やってみせるよ!」
「ぼ、ぼくも!」
動物たちが一匹、また一匹と王子に賛同するように声を上げていきます。
「へへへ……うまくいったな」
その様子を彼らが見えないところで眺めている存在がいました。
悪霊です。しかし、彼は雪だるまの中に入っていません。誰にも見えない中、寒そうにガタガタと震えていますが、どこかその声は面白そうです。
彼が考えた作戦。それは王子に王としての覚悟、そして威厳を見せることによって彼らに力を示すこと。
王子の今唱えた言葉は一晩かけて悪霊が作って残っていたノートに写したものを王子に暗記させました。
しかし、覚悟は持つことができても威厳はやはり子供の彼には難しいものです。
しかし、彼は悪霊としての経験上知っていました。似たような感情はいくらでもごまかしがきくと。
動物たちの背後を延々と廻り、見えない恐怖を感じさせることによってそれを目の前の彼の威厳と勘違いさせたのです。
実際動物たちの彼を見る目は、悪霊が与えた畏怖と王子が与えた希望に変わっていました。
これで一件落着と悪霊が一息ついて雪だるまに戻ろうとすると。
「待ちな」
静かな、しかし鋭い声があたりに響きます。
悪霊が振り返ると、クマが立ち上がっていました。
「確かに、お前の覚悟はわかった。その剣を見る限り、お前が王子であると言うのも嘘ではないだろう。だが、お前の力がどれほどのものか試させてもらおう」
その言葉に動物たちはいっせいにその場を離れ、王子と彼だけがその場に残りました。
「グラン!」
長老が声を荒立てて彼の名前を叫び、止めようとします。
「もう十分に分かったじゃろう!この者が力を貸すに値する存在だと!」
「悪いが、俺は自分が認めたやつしか認められねえ」
とてもじゃありませんが、耳を貸しそうにありません。
ふわふわと浮いている状態の悪霊も慌てていました。彼も確かに頑固そうな一面を持っていましたがそれでも畏怖があれば従うと思っていたのです。
どうしようかと思っていると。
「わかりました。受けましょう」
王子が先ほどと全く変わらない声で受けました。自分の作戦にはこんな状況は入っていません。
「やめろドジオ!クマの強さを知らねえのか!お前のような細い体じゃ一瞬でふきとぶぞ!」
叫びますが、その声は誰の耳にも入りません。もちろん王子にも。
「ほう、やる気のようだな」
「ここで逃げては嘘になってしまいますからね。”一対一”で戦いましょう。私が剣を持つことぐらいは許してください」
「当然だ。邪魔もの抜きでやろうじゃないか」
悪霊は王子が了承したことにも驚きでしたが、彼らの言葉を聞いてさらに戦慄しました。
一対一で。邪魔もの抜きで。
王子は自分がここにいることが分かっています。それはつまり。
この戦いに手を出すな。そういうことです。そして彼と相対するものも悪霊の存在をどこかわかっているのです。
「ふむ……。しかたあるまい」
もはや止めることはできない。長老もそう判断したのでしょう。
広場は王子の言葉を伝える場所から、王子の力を試す場所へ変わりました。
「いくぜ!」
「はい!」
熊は四つの足を使って叫ぶ戸凄まじいスピードで王子の元へ駆け寄り、掌底を撃ちこもうとしました。
何気ないしぐさで彼はそれを躱します。そのまま、彼は抜刀していない剣で反撃をしようとしましたが、それもまた躱されました。
躱す、撃ちこむ、躱す、躱す、叩きこむ……そんな攻防が続きます。
「ふんっ!スピードだけはなかなかのものだな!」
「力の弱さをカバーする戦い方だけは教わり続けましたから」
しまいにグランは王子の剣を片手でで防御するようになっていました。そのまま片手で反撃しようとしますがそれすらも王子は見定めており、避けます。
長老も、他の動物たちも、そして悪霊も彼らの闘いを見守るだけです。
しかし、悪霊は不安以外に何か別の感情を感じていました。
もともと自分にそんなものはなかったのか、あるいは懐かしすぎて覚えていなかったか、それはわかりませんでしたが。
もうお互いに体力をだいぶ消耗していました。
しかし、王子の方が体力をだいぶ失っているようです。剣を持つのも必死に見えました。
お互い少し離れた場所でじっとお互いを見ていました。
「次の一撃で最後だな」
「はい。わかっています」
わずかな、しかしまるで、森の端と端から近付いていくように、二人は一気に距離を詰めて。
そして、一瞬で重なり合い、そして離れました。
「……」
誰も声を発しません。どちらの攻撃も当たらなかったのでしょうか。
そんな考えがあたりに広まった時、うめき声が上がりました。
「うぐぐ……」
その声の主はグランと名乗ったクマです。彼は左手で自分の胸元を抑えています。
王子は剣を持ったままその様子を見守っています。
居合と呼ばれる剣をある程度鍛えたものしか使えない技。それを彼に放ったのです。
長老が駆け寄りました。
「勝負はあったようじゃの」
「ああ、認める。こいつは間違いなく強者だ」
そういった彼の表情は負けたのにもかかわらずとても穏やかなものでした。
王子はそんな彼を見てほっと溜息をつきます。そして手を差し出しました。
グランはその手を取り立ち上がった後、改めて言いました。
「人間の王子よ。数々の無礼を許せ。我らができることを全力でやろう」
「感謝します。動物たちよ」
その言葉が上がると周囲に歓声が上がりました。
王子の強さを尊ぶ声、二人の闘いをほめる声、さまざまな音が広がりました。
よかったと思いながら、音と言えば先ほどからどんどん大きくなってくる音が聞こえるなと王子は考えていました。
そして、その答えはすぐにわかりました。
「このバカドジオォ!!」
雪だるまが走り寄ってきて彼の頭を小突いたからです。
それも一回ではなく何回も腕をグルグル振り回しています。
「てめええ!!何俺様の許可なしで戦ったりしてるんだ!」
「痛いです痛いです。アグロさん!だってそうするしかなかったじゃないですか!」
「うるせえだまれ!やっぱお前はドジオだ!永遠にドジオだからな!」
さきほどまでの威厳はどこへやら、二人のやり取りを、周りはポカンと眺めていました。
しかし、長老だけは面白そうに笑った後、たしなめます。
「急いでいるのではなかったのかな?」
「あ、ああ!そうです!みなさんお願いします!春の女王様の元まで行ってください!」
「われらにも準備がある。それが終わったらすぐにでも行こう」
そして、彼らは散り散りとなりました。
あとには王子と悪霊だけが残されます。
王子は彼に頭を下げました。
「ごめんなさい。アグロさん。勝手なことをして」
「まあいい。結局はうまくいったしな。それにお前がもし何かあったら同じ悪霊として延々とこき使えるからな。はっはっはっは!」
「ははは……」
自分が死んだら悪霊になるのは決定事項なのでしょうか。やはり苦笑いを浮かべるしかありません。
しかし、対照的な高笑いはすぐ止んだ後、ぽつりと声がしました。
「お前のその剣技……」
「え……?」
それはあまりにも小さくて高笑いの後ではなかったら聞き逃していたでしょう。
しかし、彼はその後再び笑い始めました。まるで何もなかったかのようにするかのように。
「いやあドジオにしては多少やるじゃねえかと思っただけだ。はっはっはっはっは!!」
少し大げさすぎるぐらいの笑い声に王子は何も言えませんでした。
そのうちに色々な動物の足音、そして色々な音が聞こえてきました。
気にならなかったわけではありませんが、王子は彼らを迎えます。