動物たちの森
丘から森へはそんなに距離が離れておらず、そこまで疲れることもなく森にたどり着くことができました。
しかし、二人は少し前にも森で散々迷いながら歩き回って疲れ切っていた経験があり、少しためらいを覚えます。
といってもどこか深い場所へ行かなければならないと言うわけでもないのでおそるおそる入っていきました。
「歌が歌える動物……いったいどんなものなんでしょうか……」
「女王さんが言ったことだから間違いないかもしれねえが、いまいち信じられねえなあ」
彼の言葉にうなずきそうになりましたが、よくよく考えてみればそばには言葉を話す雪だるまがいるのです。
あながちいてもおかしくないかもしれません。
それにしても王子は気になります。
なぜ、彼は悪霊と名乗っているのでしょうか。
確かに意地悪だったり、どこか威張り散らすような所はありますが、結局どこか自分を助けてくれるのです。
それに本当に意地悪なことはしませんし、人が困っていると嫌々ながらも助けようとする一面も持っていました。
答えてくれるかわかりませんが、聞いてみようか。そう王子が思ったときです。
何か物音が聞こえました。
「ん?ドジオ?なんか言ったか?」
「いえ、なにも……もしかして動物でしょうか?」
しかし、それにしては音が奇妙でした。
動物の足音というよりは、何かを引きずったりしているような。それもなにかとても軽いものを。
彼らは周囲を見渡します。
そのうち、声が聞こえてきました。
「ここに入るな……立ち去れ……」
寒気を感じるほどの恐ろしい声が聞こえてきます。
この森へ入ってくるなという自分たちへの何者かの言葉でしょうか。
王子は思わず剣を取ろうとしましたが、動物たちを怯えさせてもいけないと思い、必死で声をかけます。
「すみません。勝手に入ってきて。でも、話を聞いてください!」
「ならぬ!立ち去れ!!」
次の瞬間、上から白いものが大量に振ってきました。
雪ではありません。地面に落ちたそれを見ると、あちこちに穴が空いたものでした。
二人はそれが何かを理解するのに時間がかかりましたが、いくつもの白いものがカタカタと音を鳴らしながらこちらに近付いてくるのがわかり、ついに悲鳴をあげました。
「ぎゃあああああああああああああ!!骸骨が!!!!??」
なんと頭だけの骸骨がこちらに向かって近づいてきていたのです。
これには二人もびっくりしてどうしたらいいかわからなくなってしまい混乱してしまいました。
しかし、混乱したのは彼らだけではなかったようです。
近づいてきた後、彼らの様子を見た骸骨の一つが少し動きが止まりました。
「ぎゃあああああああああ!!雪だるまが喋っている!!!」
言葉と共に、いくつもの骸骨が宙に浮かび上がりました。そしてそれはなんということもなく地面におちます。
おちた後には、ねずみ、りす、うさぎ、ことりなどがいました。
姿勢を低くして丸まって、何も見えないように手を目で隠しています。
どうやら王子たち以上に彼らも驚いてしまったようでした。
「ははははは!やっぱり俺様はそこら辺の子供だましの玩具より、恐ろしい存在ってことだな!」
「……」
王子は黙っていました。本当はどくろが出てきた時点で雪だるまも顔が変形するほど驚いていたのですが、無理に言うことでもないでしょう。
それよりも目の前の動物たちです。
ただ、骸骨で驚かすだけでもすごいことですが、その前に聞こえた恐ろしい言葉も彼らがしたことなのでしょうか。
だとするならば、やはり女王の言ったことも正しかったと言うことです。
言葉が話せなくても歌は歌えるかもしれませんが、言葉があるのならば確実に歌が歌えるでしょう。
「ほっほっほ。どうやらばれてしまったようじゃの」
明るく穏やかな声が聞こえました。
二人はそちらの方向に目を向けます。
腰は曲り、白い髭を生やし、杖を突きながらこちらに向かって歩いてくる。それだけは人間の老人の動作そのものです。
しかし、髭以外にも全身に毛を生やして、とても老人とは思えぬほど強靭な体つきが言葉を話しながら人とは違う物ということを証明していました。
ふとみると、さきほど震えていた、小さな動物たちも目の前の存在に頭を下げています。
「長老様、ごめんなさい!ばれてしまいました」
「構わぬ構わぬ。このような事態にこのような場所に子供だけで来るようなものじゃ。おそらくは邪なものではないじゃろう」
そして彼は二人に向き直りました。
「先ほどはすまなかったの。なにせ、儂たちはこのように人の言葉が理解できるのでな。悪しき人間にさらわれてしまうこともある。それ故に今のようなことをしなければならないのじゃ。儂の名前はローベル」
「僕の名前はジオといいます」
「アグロだ」
二人はとりあえず自己紹介をしました。彼はこちらをじいっと見ました。
見つめながらしばらく考えていたようですがやがて口を開きます。
「ふむ……ここに来た理由はなんじゃろうか。儂らがこのような動物ということを事前に理解しておった。しかし、特に邪悪な一面も見られぬ。そしてただ好奇心でここに来たと言うこともない」
「あ、あの、実は……」
彼らは話しはじめました。
違う国から来たこと。そこからこの町の異変に気が付いて春の女王に出会ったこと。そして春の女王を助けるためにはここの動物たちの力が必要なこと。
言われて、長老は考え込みました。
「なるほどのう……この森の、いや、この国の異変は春の女王様のお具合が悪いことからか……。そして確かに儂らの歌にはそれを治せる可能性はある。しかし、協力は簡単なことではなさそうじゃ」
「ど、どうしてですか!?春が訪れなくてもいいんですか!?」
王子は驚愕します。この冷たくてつらい状況は人間であっても動物であっても変わらないはずなのに。
ローベルは首を振りながら答えました。
「もともと我らには長老という役職の他に首領というものがおったのじゃ。非常に慕われていてすべてのものから頼りにされていた。しかし、その首領が最近亡くなったのだ」
「ま、まさか……」
「いや、人間のせいではない。この寒さのせいでもない。ないはずなのじゃが」
髭に包まれたその顔はわかりづらいはずなのにはっきりと悲しみを表しています。
どこにもぶつけようのないやりきれない思いを。
「しかし、首領がいなくなり、人間のことを怯えはじめるものが増え始めた。しまいには首領のことも人間のせいではないかと」
「そ、そんな!?」
「口で違うと言うことは簡単に言える。じゃが、人間の仕打ちを考えるとそうも言えないのじゃ」
王子は何も言えませんでした。
しかし、このまま引き下がることはできません。どうしても協力してもらえなければならないのです。
雪だるまは何か考え込んでいるのか何も言いません。
王子は再度頼みました。
「お願いします。どうしても女王様を助けるためには力が必要なのです」
「ふむ……まあいいじゃろう。集合をかけてみよう」
彼はそういった後、ついてこいといいながら王子たちを森の奥へ案内しました。
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連れてこられた森の中の広場に動物たちが集まりました。
その中の半分以上は王子と雪だるまを怯えた視線で見つめています。
人間を恐れているのか、よそものを警戒しているのか、どちらもでしょう。
そして小さい動物が多い中、一頭のクマが目に入りました。
彼は鋭い目つきでこちらを見ています。その目に宿す感情が何かまで王子はわかりませんでしたが。
王子は緊張しながら語りかけました。
「え、えっとみなさん。春の女王様が倒れられてこの国全体が困っています。このままだと、この国だけではなく、他の国でも大変なことになってしまうのです。どうか皆さんの力を貸してください」
そう言いながら頭を下げました。
何匹かの動物は顔を見合わせて、悩んでいるようでした。しかし、他の動物は目をそらしています。
うさぎは声をかけました。
「そ、そんなこと言ってまた僕たちを売りに出すんじゃないの!人間ってすぐウソをつくもん!」
「そうだ!俺たちはそれで数を減らしてきた!そうなるぐらいならこのまま寒いのが続いたほうがましだ!」
たぬきもその言葉に賛同しました。
王子は慌てて否定します。
「そんなことはしないです!僕たちはこの国の人間じゃないんですから!」
「でも人間は人間だろ!」
「うう……首領様がいたら、この問題もすぐ解決できたのに」
動物たちはこちらを睨みつけていましたが、その目にはどちらかと言えば憎しみというよりは恐怖や悲しみを浮かべていました。
頼るものがいない。どうしたらいいかわからない。何を信じていいのか。
その感情が人間への敵意と変わっている……と王子はわかったのです。
わかっただけでどうしたらいいのか王子は悩んでいましたが。
「おう、そこのにーちゃん」
その時、クマが声をかけました。
王子も周りの動物たちも長老も彼に視線を映します。
「お前は、俺たちに協力を求めた。それで俺たちに何をしてくれるんだ?」
「春を再び取り戻すことを……」
「そうできるって保証がどこにある。ちっこい子供尾とその子供が作ったような雪だるまじゃ到底、俺は信じることはできねえな」
その言葉は王子に深く突き刺さりました。
王子という肩書がなければやはり結局自分はただの子供。
ここに来ることができたのもいろんな人たちのおかげで自分がしたことではありません。
雪だるまは俺はコイツに作られたんじゃねーよと言いましたが、その言葉に反応するものは誰もいません。
言い放つと彼はそのまま森の中に消えていきました。
そしてそのまま他の動物たちも、少しだけためらっていたようですが続いていきます。
一匹……一匹と去っていきます。
やがて広場に残ったのは長老と王子、そして雪だるまだけでした。
「ふむ、やはりなかなか難しそうじゃな」
「やっぱり僕じゃ駄目なんでしょうか……」
王子の周りの人間は基本的に優しい人たちばかりでした。城の中には動物も何匹も飼いならされており、飼育を任せている人間は動物たちを深く愛していました。
動物たちもその思いを感じて懐いていたのです。
もちろん、王子は一方で悪い人間達の事も知っていました。人や動物をいたずらに傷つける残忍な人たちのことを。
しかし、ここまで敵対心を見せることがあるのでしょうか。
飼育係の人たちなら動物たちの心を開くことができたのでしょうか。あの馬の世話係の少女なら……。
王子は頭に浮かんだ少女の笑みを思い返し、すぐ首を振りました。悪霊は不思議そうに見ています。
「先代の首領はの。人間に傷つけられ、そして人間に救われた。だから人間に対してはいろいろ複雑でそれは一族すべてがそうなった。あの熊の若僧は首領と特に仲が良くての。あの者の死を一番悲しんでおった。その一方、自分の力の無さ、そして周りが首領に頼り切っていたことに憤っておったわ。そなたらにこんなことを求めるのは苦かもしれませんがあやつを納得するほどの力を見せなければ協力は難しいの」
「長老様でもダメなんですか?」
「儂は引退した身じゃからな。儂の発言では彼らの惑う心を動かすことは出来ぬのじゃ。それに次の首領に一番近かったのはあいつだしの」
その言葉に王子は疑問を持ちました。一番近かったのならば、なぜ首領にならなかったのでしょうか。もっとも今考えてもわかることではありません。
その時、ずっと黙っていた悪霊はどうしているのだろうとそっちの方を見てみました。
なんと彼はにやりと笑っています。
どうしたんだろうと思っていると彼は言いました。
「要するに力を見せつけりゃいいんだろ。簡単な話じゃねえか」
「ええ!?そ、そんなアグロさんがどうにかできるんですか!?」
王子は雪だるまの体を見渡します。
とても頼りない棒のような腕。極力頑丈そうな薪を選びましたが、それでも立派とは言い難い足。
そして本人に行ったら確実に怒られるであろう愛嬌のある顔。
とてもじゃないですが、あまり強そうには見えません。
「馬鹿野郎。俺がどうにかするんじゃねえよ。お前がどうにかするの!」
「ええ!?そんなあ!?」
先ほどまでおのれの無力さを思い知らされたばかりだと言うのに、無茶を言われたと王子は思いました。
そして彼は長老の方へ振り返ります。
「次、奴らにまた集合をかけられるとしたら何時だ?」
「ふむ。明日の朝一番ぐらいかの」
「十分だ。おい。ドジオ。俺様の天才的な作戦を話してやる。だがな、お前の責任は重大だ。今ここで決めろ。やるか。やらないか」
彼はまるで挑戦するかのように王子を見ました。
その言葉には王子の他の言葉を一切受け付けないと言ったような印象も感じます。
一方で王子はその言葉は他の選択を迫っているようにも感じられました。
彼を信じられるか、信じられないか。
時々とても意地悪なことをしますし、基本的にいつも乱暴なことをしています。それでも、今の彼の表情を見ていると、信じたくなっていました。
もともとほかに手段などないのです。
「わかりました。お願いします。どうか教えてください」
「よし、よく言った。ドジオから、スコシドジオに変えてやろう」
「それはいいです」
悪霊は満足そうに彼を見ます。
その様子を眺めていた長老は、声をかけました。
「ふむ、まあ今夜はもう遅いし、何かするにしてもワシの家に泊まるとよいじゃろう」
「え、いいんですか?」
そういえばもう空はだいぶ暗くなっていました。ここから町に戻るのも、春の女王の元へ行くのも少し大変です。
「おいおい、作戦のことを盗み聞きするんじゃないだろうな」
「アグロさん!!」
たしなめるような王子の言葉に、長老はほっほと笑いました。
「なあに、この件に関してはワシはお前さんたちの味方じゃよ。老いた身にとってはこの寒い状況はかなり答えるのでな。それに」
まるで先ほどの悪霊の顔を映したかのように彼の皺だらけの顔も笑みを浮かべます。
「老人が若者を助けるのは義務じゃろう。種族関係なしにじゃ」
こうして彼らは長老の住処で一晩を過ごしました。
もっとも、王子にとってはそれなりに大変な一晩だったのですが。