たどり着いた先
「あいたっ!?」
「いててっ!?」
王子と雪だるまは突然どこかへ着地しました。ずいぶん流されていたような気がしていましたが、少し痛いくらいで問題なく立ち上がれます。
そして、辺りを見渡しました。
周り一面が雪景色であり、それだけならさきほどまでと変わらないのですが、綺麗な桃色の木や花が咲いており、風に吹かれて花びらが雪と一緒に舞い降ります。息を吸い込むと、冷たい冷気とともにどこかすがすがしさを感じる香りも同時に感じて何やら奇妙な感覚を覚えました。しかし、今までの場所と感じるとそれほど寒さが激しくありません。
ここは本当に冬の国なのでしょうか。確かにどこかに続くような道はあるのですが。
「たくっ……ずいぶんと乱暴な歓迎をしやがるな。ってそれよりお前!」
「はっ!?はい!?」
ぶつぶつと空に向かって文句を言っていた悪霊は突然王子に向き直りました。
王子は思わず手に持っていた剣を背中に隠します。
「その剣は普通の子供が持っているようなもんじゃねえ。よくよく考えてみりゃあお前が持っているスコップやコンパスもそれなりに上等なものだった。お前、ただの子供じゃないな」
「え、えっと……そ……そんなことないですよ」
寒さにもかかわらず王子に冷や汗が流れ始めました。なんとかごまかさないと、何とか隠さないと、そんな考えが頭の中を占領していきます。
しかし、彼にはあまりにも難しすぎる問題だったかもしれません。
「もしかして、お前、いいとこの息子、いや、もっとか!さてはお前あの国の王子だろ!なーんちゃってそんなわけないか!」
「え!?ど、どうしてわかったんですか……ってあっ……」
「へ……?」
王子はとても素直な子でした。それ故に隠し事があまりにも下手すぎたのです。特に嘘をついたりとか悪いことを隠したりとか、極端に苦手でした。
お互い絶句してしまいます。
一人はてきとうに冗談で行ったことが当たってしまい、もう一人は自分の口の軽さを恥じながら、口を閉ざしていました。
やがて、言葉が紡がれます。
「まあ、別にどうでもいいか。お前がだれであろうと」
「えっ……?」
王子は聞き返します。雪だるまの顔は扉に入る前のものと全く変わりません。それは王子を王子としてではなく、一人の少年として見ていた物と同じでした。
「なんだぁ?子供のくせに、一丁前に、王族扱いされたいってか?なら今度からドジオじゃなくて、ドジ王子と呼んでやろうか」
「い、いえ、それはできれば遠慮したいんですけど……」
「だったらごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。どこに行ったらいいか探すぞ」
そのままもう雪だるまは歩き始めます。
王子はその背中を見つめながら、少しだけクスリと笑うと、一緒についていきました。
王子であることが嫌だと思ったことはありません。ですが、自分を王子としてではなく、あくまで自分として見てくれる存在、そんな存在に”また”会えるとは思ってもいなかったのです。
内心で少しだけのうれしさを感じていた王子はふと冷たい何かにぶつかります。
それは雪だるまの体でした。彼は突然立ち止まっていたのです。
「なんてこった……こりゃあ……」
「え、ど、どうしたんですか?あ……」
王子もその理由にすぐに気が付きました。その原因は目の前にあったのです。
遠くの方に小さな村があり、そこへ続く道が目の前に伸びています。雪で覆われていることもなく、そのまま歩き出せばきっとたどりつけるでしょう。
しかし、その村がどのような場所なのか。それを示す看板が彼らの目をくぎ付けにしたのです。
派手な装飾を使わず、木の板と少しの花が飾られた道標は、こう書いてありました。
ようこそ、春の国へ
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「こ……ここが春の国!?こんなに寒いのに」
彼の中の知識とはだいぶ違いました。本来はこの国はいつ訪れても、穏やかな気候、そして芽生え始めた緑や、綺麗な花の香りが漂うとても優しい国のはずなのです。
しかし、今目の前に広がっている光景は、彼が元々いた世界の冬と違いはありません。いえ、そういえば来る途中に冬に咲くはずのない花を見て、その香りを感じました。それこそがまさに春の国の証なのでしょうか。
「そんな……季節の国まで、こんなことに」
「ああ、こりゃあ予想以上の大事になってたことだな」
そして、王子は気が付きます。自分は確かに冬の国へ行きたいと言ったはず。なのにどうして春の国へ飛ばされてしまったのでしょうか。
どれだけ考えてもわかりそうにありませんが、少なくともここは目的地ではありません。
早く冬の国へ……。
王子はもう一度剣を取り出しましたが、そこで自分が今まで失念していたことがわかりました。
「……どうやって元の国へ戻ったらいいんでしょう?」
「え?どうやってって……お前、まさか……」
「……」
そうです。魔法使いに話を聞いてから、とにかく季節の国へ行くことだけを考えていてどうやって戻ったらいいかを考えることをしていませんでした。
いろいろ季節の国について学んだことも多いのですが、そういえばどうやって帰ってくるのかについての知識は全くありません。
この地に投げ出されてから、色々と辺りを見渡したりしましたが扉のようなものはどこにもないのです。
剣を手にして試しに叫んでみますが、やはりただ自分の声が響くだけです。
「あーもう、お前は本当にしょうがないな。やっぱりドジオだな!」
「う……ごめんなさい」
正直あまり好きなあだ名ではありませんが今の自分の行動は間違いなくドジ以外の何物でもありません。
王子は小さくなって悪霊に謝りました。
もっとも彼はそこまで物事を深刻に受け止めていないようです。
「まあとりあえずあっちの村まで行けば何かわかるだろ。行ってみようぜ」
「え、でも……」
早く冬の国へ行かなければならないのにと王子は思いましたがそんな王子を見て悪霊はため息をつきます。
「お前なあ。少しは頭を使えよ。俺たちの国の冬が終わらなくなってかなりたつだろ。その間、春や夏や秋の女王さんが来なかったってことは何かあったってことだ。そしてこの春の国の冬将軍状態到来だ。おそらく、動きたくても動けない状態になってんだろ。だったら俺たちの国の騒動についても女王さんに聞けば何か知っているかもしれねえ。そういうわけだ」
「……そうですね。すごいです。アグロさん」
王子は素直に感心していました。確かにこのままこの場所で元の世界に帰ることや、冬の国へ行くことを考えていても仕方ないのでまずはこの春の国の女王に会うべきなのでしょう。
歩き出した雪だるまに彼も続きます。
「……アグロさん、頭を使うのは苦手だったんじゃないんですか?」
「まあ俺様は天才だからな!はははははは!!」
再び見え始めた希望を二人は見出して、雪で覆われていないわずかな道を歩き始めました。
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「すみません、女王様ってどこにいるのでしょうか?」
「あんたたち、よそものだろ!悪いが帰ってくれ!」
季節の国の住民と言っても自分たちと姿かたちが変わるというわけではないみたいです。しかし、ずっと春のこの国での突然の寒さに村人はだいぶ困っているようでした。
大通りも商店もほとんど人通りがなく、寂しい感じがします。
王子とアグロは仕方なく、一軒一軒扉を叩いて、情報を集めることにしましたが思うようにいきませんでした。
やはり、この異常な事態の中では、外から来た見慣れない人間を警戒しているのでしょうか。
ふと、町の中で見つけたトンネルの中で少し休んでいた時です。
「あー雪だるまさんだー!」
「すごいすごい!動いている!」
「……うぉ!?」
二人の子供が近づいてきました。男の子と女の子……兄妹でしょうか?
自分たちにあまり警戒を抱いていないようです。それどころか、動く雪だるまを見てはしゃいでいるみたいです。
「かわいい!すごい!」
「ねえねえ、どこから来たの!どうやって動いているの!」
「はっはっは!すごいだろ!俺様はアグロだ!アグロ様がすごいから動いているんだ!どうだ!すごいだろ!」
少し前に出会った彼女ほどもみくちゃにされているわけではないので若干渋い顔をしながらも彼もまんざらではなさそうでした。
これなら……と王子は思い、彼らに尋ねてみることにします。
「君たち、ちょっと聞きたいんだけど、春の女王様ってどこにいるかわかるかい?」
「知ってるよー!でも見たことはないんだ!」
「見たことはないんだけど、町はずれの丘からたまに歌声が聞こえてくるの!」
「そう、その歌声がこの国の源って言われているんだ!」
歌声……そういえば春の女王はとても歌がうまく、その音色には不思議な力があると言われていると聞きましたが……。
悪霊はもちろん、王子も実際には聞いたことがありませんでした。
「でも、最近聞こえないの。そしたらこんなおそとでブルブルするようになっちゃって」
「みんな何かが春の女王様を怒らせたからだって言ってたよ。でも春の女王様はきっとすごく優しいもん、絶対そんなことないと思う!」
子供たちはそう言い終えるとどこか暗い表情になります。やはりこの国でも何か異変が起きているようでした。
そんな二人の頭を王子は優しくなでました。
「ありがとう。教えてくれて。僕が春の女王様のこと。何とかしてみるよ」
「はっはっは!こいつより俺様が何とかしてやるんだ!うまくいったらちゃんとこのアグロ様をたたえろよ!」
「本当に!?」
「また!町のお外まで行けるの!?遊べるの!?」
どうやら、雪が降って喜んでいるだけではなかったみたいです。
なでられている彼らの顔がぱあッと笑顔になりました。王子はうなずきます。
決意を新たにして。
そして彼らに別れを告げました。
「じゃあね。ありがとう!二人とも!」
「頑張ってね!お兄さん!雪だるまさん!」
「また遊びに来てね!雪だるまさん!」
「だから俺様はアグロだって言ってんだろうが!」
目的地が決まり再び、歩き始めます。うしろでは見えなくなるまで少年と少女がいつまでも二人を見守っていました。