季節の塔
ふりつもった雪を二つの足音が進んでいきます。その足跡は同じ大きさでした。
まず、王子が持っていた予備の長靴に雪を埋め込んで、たまたま近くにあった薪を使ってなんとかゆきだるまの足を作ったのです。
それを雪だるまの足にはめこむと、立ち上がって歩けるようになりました。
町を抜けると森に入ります。
春には小鳥が、夏には小動物の姿もちらほら見えるこの森も今は静まり返っています。
風の音と、雪の重みに耐えられなくなった葉っぱが荷物を落とす音だけが聞こえるぐらいでしょうか。
「それで俺たちはどこに向かっているんだ?」
「季節の塔へ行ってどうにかして女王様に外に出てもらうんです」
どうやら悪霊はどうして冬が続いているのかどころか、そもそもこの国の季節の仕組みすら知らなかったようです。王子は丁寧にこの国の四季と女王の事を一から丁寧に教えました。この国にいるものなら季節の塔と女王たちのことはだれでも知っているはずなのですが細かいことを気にしない性格だったためかあまり興味がなかったようです。
「なるほどなー。そんな便利な仕組みがあったとは。それならずーっと夏にしてもらって俺様の天下にしてもらおうか」
「だ、駄目ですよ!!季節はちゃんとめぐらないと生き物たちだって困っているんです!」
「ま、確かにな。俺様も冬にならないと暑苦しくて生き物に取りつけなくなっちまうからな!元に戻って世界一を狙うとするか!」
どうやらどこまで行っても自分を中心に考えているみたいです。
本当にこの人、というより雪だるまに助けを借りてよかったのか王子を少し悩みましたが、今はそんなことを気にしている余裕はありません。
そんなことを話しているうちに季節の塔が遠くに見えてきました。王子の体も緊張で強張ってきます。
「しかし、なんで急に女王さんは閉じこもっちゃったんだろうな。冬の女王なのに風邪ひいたのが恥ずかしかったとか?」
「ちょ!?もう季節の塔は近くなんですよ!?女王様に聞こえたらどうするんですか!」
流石に女王を怒らせたらどうなるかわからないので王子の声も大きくなります。それからしばらく二人は黙って歩き、ようやく森を抜けて塔にたどり着きました。
この塔は季節の女王とこの国の仕組みが成り立った時、何年も昔にその代の王様が何年もかけて造り上げたものらしいです。しかし、それから時がたった今でも その存在感は衰えることはなく、季節の偉大さを象徴していました。何より不思議なことが一つあり、女王様がいるときによってこの塔はその色を変えるのです。
今は、青色と白色ですが、春には桃色と肌色。夏には緑と赤色となり、秋には橙色と黄色と色が変わっていくのです。
そして、王子たちはもうかなり長くの間、開かれることのない扉の前に立っていました。
「女王様、聞こえますか!一体何があなたをこの場所に閉じ込めさせているのですか!?よかったら教えてください!」
雪が降る中で王子は扉に語りかけます。もちろん何も返事は帰ってきません。語りかけるだけならばこれまで数多くの人がやったことでしょう。
王子は女王が出てくるまでひたすら語り続けるつもりでした。実は彼女とは一度であったことがあるので、もしかしたら自分を覚えているかもしれないとも思ったからです。
しかし、いくら語りかけようが、まるで岩に話しかけているように何も返事は帰ってきませんでした。
そして、長く語り続けると言う苦行は王子は良くてもすぐ隣の存在はそれに我慢が出来なかったようです。
「あーもう!!じれったいな!こんなもの俺様がすぐ見てきてやるよ!」
「え!?ちょ!?ちょっと!?何するつもりですか!?」
王子の制止する言葉は聞こえなかったように雪だるまは一瞬念じた後、そのまま動かなくなりました。が、よく見ると、雪だるまの周りからもやのようなものが出てきています。
もしかして悪霊の本体なのでしょうか。しばらくふわふわと漂った後、扉の中に体当たりするかのようにくっつきました。
すると、どうでしょう。そのまま水が地面にしみ込むように入って行ってしまったではないですか。
「だ、だめですよ!季節の塔は女王様しか入っちゃいけないんです!!」
王子のそんな止める声もむなしく、悪霊は中に入って行ってしまい、再び辺りは静寂に包まれます。
仕方なく王子は女王に呼びかけることを止め、恐ろしいほど静かになった雪だるまの隣に座って待つことにしました。
帽子に雪がたまったら落とし。
雪だるまの周りに雪がたまったら持ってきたシャベルで簡単に雪かきをして。
そんな作業を繰り返していて、何回目かの雪かきの途中だったでしょうか。
「わああああああああああああ!!!」
「わああああああああああああ!!!」
「ってなんだお前か!!」
雪だるまが突然おしゃべりに戻り、そして大声をあげました。ちょうど正面にいた王子もその声にびっくり仰天、思わずしりもちをついてしまいます。
そしてお互いに胸に手を抑え、心を落ち着かせた後、先に動き始めたのは雪だるまです。
かいがいしく雪だるまの世話をしていた王子へのお礼をするかと思いきや、肩に手をついて怒鳴りつけました。
「てめえ!!よくも俺様をだましやがったな!ドジオかと思ったらダマジオだったのか!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてください。中でなにかあったんですか?」
そのまま手が枝で出てきているとは思えないほど強い力で全身をガクガク揺さぶられました。
戻ってきたと思った彼は大いに取り乱しており、とても普段の自信満々の様子は見えません。
「女王って聞いていたからさぞかし中にはすげえ美人がいるかと思ったら中にはすげえ化け物しかいねえじゃねえか!!」
「えっ……」
目の前の雪だるまから出てきた想像すらしてなかったその言葉に王子は愕然としました。
突然の大声にも、揺さぶられていた時も落とさなかったシャベルが、手から離れ、僅かな音を立てました。
「そ、そんなわけないですよ!!女王様は絶対にこの中にいるはずなんです!今年もこの中に入っていくのを見たんです!!」
「じゃああれはなんだ!!この世のものとは思えないほどとんでもなく凶暴そうな化け物が中にいたんだぞ!他のやつなんて猫一匹いやしない!それともあれが女王だっていうのか!?」
悪霊のゆさぶりを押し返すほどの大声で叫びますが、悪霊もまたその言葉に大きく言い返します。
そんなはずはありません。王子は思い返します。彼女の姿を。
青く美しいドレスに包まれて、冬の夜空のオーロラみたいにとても美しく、一晩だけで溶けてしまう雪のようにどこか儚げで、でもとても優しい女王のことを。
そして、最後にこの塔の中に笑顔を見せながら入っていたことを。
王子が再び言い返そうとするとしたときです。
二人の声をかき消すほどの塔の中から恐ろしい声が上がりました。王子も悪霊もその場で飛び上がりました。この森にいるどんな生物でも、こんな音は出せないでしょう。
それは目の前の彼の言っている言葉が正しいと証明すると同時に、まるで二人を塔から吹き飛ばすほどの勢いが込められていました。
弾かれたように二人は駆け出しました。当てなど何もなく。