暑さと叫び、そして医者
大地におりついた瞬間、二人は急激なめまいに襲われました。
最初は、春の女王の力に体がついて行かなかった成果と王子は思ったのですが、どうやら違うみたいです。
大地からやっとの思いで踏ん張って立ち上がった時気が付きました。
「あっちぃぃぃぃ!!でもさっみぃぃぃぃぃ!!」
どうやら隣にいた雪だるまも同じ感想を抱いていたようです。
自分たちの状態だけではなく、周りの景色も奇妙な物でした。
光は強く照らしているのに、周りには雪が積もっていて。
日差しに反射する青々とした草はあるのに、同時に、冬の訪れに力尽きて枯れた草があって。
そして、風は撫でるような生暖かいものと、突き刺すような冷たさを持つものが同時に吹き荒れています。
その時王子の耳に何かが入ってきました。
「あれ……?」
遠くから鳥の鳴き声がします。
寒さで大概の鳥は閉じこもっていると思ったのですが……やはり強い生物もいるのでしょうか。
しかし、それよりも今の空気が彼らをむしばんでいます。
「ここも春の国と同じなんですね……。夏なのに冬の影響が紛れつつあるんでしょうか」
「つっても、これじゃ火山と氷山が喧嘩しているみたいじゃねーか。ったく!」
そして慣れない待機でふらついていた二人はもう何かがあったらすぐ倒れそうです。
何かはすぐ訪れました。
全く何の前触れもなく、とてつもなく巨大な音があたりを響き渡ります。
「!!」
周りのすべての音を飲み込んでしまいました。
まるで、音の濁流が彼らを沈めたと錯覚するほどのものでした。
体調の良くなかった二人はそのままゆっくりと、雪のない地面に倒れます。
倒れる寸前、王子は草の香りとともに、まだジンジンという感覚が残る耳に何かを踏みしめる音が聞こえたような気がしました。
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王子はハッと目が覚めると、そこは建物の中みたいでした。
自分が寝ている場所から外を見てみると、日差しはまだ強く彼に降り注いでいます。意識を失ってからそれほど時間は断ってないのでしょうか。
「おや、目が覚めたかい?」
窓の反対側から声がしました。振り返ると、目が覚めるような白い白衣に、逆に目を閉じたかのような黒い髪の男の人が立っていました。
白衣のポケットには体温計や注射器がのぞき、首元には聴診器をかけており一目見て医者だとわかりました。
同時に自分を助けてくれたと言うことも。
「あ、ありがとうございます……助けてもらって。僕はジオと言います」
「ははは。気にしないでくれ。たまたま薬草を取りに立ち寄っただけだからな。私の名前はレイド。この町で医者をしている。どうやらもう大丈夫みたいだね」
朗らかに笑う男性はどこか安心感を与えるものでした。
そういえば、窓は開いていて、空気が流れ込んでいるのですが、もうめまいなどはあまり感じません。体の調子も良くなっています。
王子は冷静さを取戻し、そして同時に、聞かなければならないことがわかりました。
「あ、アグロさ……いえ、一緒にいた雪だるまさんはどうしましたか?」
周りに彼の姿は見えません。
もしかしてそのまま置き去りにされてしまったのでしょうか。
「ああ、彼なら……」
レイドと名乗った医者が呟いた瞬間、バアンという音共に部屋の扉が開きました。
「おー!ドジオ!目が覚めるのが遅えな!俺様はちょっと小腹がすいててよ。病院の下の雑貨屋で適当にいろいろ買ってきた。あとで代わりに払っておいてくれや!」
細い両手いっぱいに、どこから持ってきたのか、様々なお菓子をもった雪だるまが器用に手袋を使ってそれらをひょいひょい口に運んでいます。
ある意味、とても夢のある光景ですが彼の言葉がすべてを台無しにしていました。まあとりあえず元気そうで何よりと王子は思うことにしました。
それにしてもよく買い物ができたものです。それもツケで。
そのことを聞いてみると。
「店員のやつが俺様の姿を見たら恐ろしさで気絶しちまってな。仕方ねえから後で払うって手紙だけ置いて適当なのもってきた」
王子は、せっかく万全の体調になったのに頭が痛くなってくるのを感じました。
下手をするとというより完全に泥棒なのですが、とりあえず、あとでちゃんと支払いをして謝ることにしましょう。
それより聞きたいことがありました。
「レイドさん、聞きたいことがあるのですが、あの大きな音はなんなのでしょうか」
「あ、ああ、あれか。ん?うすうす気が付いてはいたが、やはり君たちは外から来た人間なのか」
雪だるまの行儀の悪さに苦い顔をしていた医者の顔が驚きに変わります。もっとも、言葉通り、ほんの少しだけでしたが。
「君たちは女王のことを知っているね。彼女は普段、人から隠れて生活をしているんだが、それでも彼女のおかげでこの国は夏の恵みを得ている。しかし、いつからか、常夏と呼ばれているこの国にも寒さや冷たさが紛れ込むようになってしまった。そして同時に、この国にあの凄まじい音が鳴り響くようになったのだ」
「女王と関係があるのですか?」
「確信はないけどね。しかし、国の人々はそう思っている」
話しながら彼も王子と同じように窓の外を見ました。
「この国の人々は、あの音は夏の女王が、何かとてつもないものと戦っているのではないかと思っている。この災害をもたらすことになったものとね」
「それって……」
王子の頭に春の女王が描いたあの絵が浮かび上がります。
ただ写された姿だけでも、体に恐ろしい寒気を催す存在……。まさか今、夏の国にいるというのでしょうか。
思わず体がすくんでしまいます。
しかし、もうここまで来たら引き返せません。春の女王の頼みでもあるのです。
彼の顔を見て医者が言いました。
「どうやら、君たちは、夏の女王のもとへ行こうというのだね。だが、声の大きくなるもとへ行っても、だれも彼女を見つけることはできなかった。それでも君たちがやってみようと思うのならば、これを持っていくといい」
彼は、机の引き出しから何かを二つ、取り出しました。
それは、耳あてのようですが、内側には何か複雑な銀色のものがたくさんついています。
王子はそれを手に取って不思議そうに観察し、悪霊はもっと無遠慮にべたべたと触っていました。
「この音で悩む患者が増えたのでね。ちょっと作ってみたんだ。特定以上の音量の音をすべて聞こえなくすることができる。試しにつけてごらん。ほら、私の声は聞こえるだろう」
確かにつけてみると、かなり、耳にがっちりとつけられたはずなのに、目の前の医者の声は聞こえます。
そして、雪だるまのほうを見てみると、大きな口を開けて、こちらに向かって何かをしゃべっていますが全く聞こえません。
なんとなく、なんとなくですが、口の動きが、ドジオのバーカ!バーーカ!!と言っているように聞こえますが気のせいと思うことにします。
体の調子も戻りましたし、音に対する対策もできました。これなら夏の女王のもとへ行くこともできそうです。
「いろいろとありがとうございました。レイドさん。それじゃあ僕たちはここで」
「ああっと、待ちなさい。音が聞こえなければどこに行っていいかわからないだろう。簡単な地図でよければ今書いた。ここが音が一番強くなる場所だ」
彼は王子に、一枚の紙を手渡しました。
簡単なと言いつつもわかりやすい目印や、あまり関係のない場所まできっちりと書き込まれています。王子は思わず感嘆しました。
目の前の人は本当にただの医者なのでしょうか。
「いつでも戻っておいで。可能な限り力になろう」
「すみません。何から何まで。本当にありがとうございます」
「へっへ。ご苦労だったな!感謝してやってもいいぞ!」
こうして二人は彼の病院を後にして、夏の女王のもとへ向かうことにしました。
もちろん悪霊が食べたものの代金は払ってからですけど。
ちなみに健康だけが取り柄だったはずの店員さんはこのことが原因で入院したらしく、さすがの悪霊も、ほんの少し悪かったと思ったらしいです。




