出会い
昔昔、知っている人は知っていますが、知らない人は決して知ることがない小さな国がありました。
その国の名前はラビア。
ただ一つのことを除いていえば、何の変哲もない平和な国です。
その一つとは。
国の一部でもあり、また別の国でもある国では、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。
女王様たちは決められた期間、自分たちの国から訪れてきて、交替で塔に住むことになっています。
そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
ところがある時、いつまで経っても冬が終わらなくなりました。
冬の女王様が塔に入ったままなのです。
辺り一面雪に覆われ、このままではいずれ食べる物も尽きてしまいます.
困った王様はお触れを出しました。
冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を廻らせることを妨げてはならない。
そのお触れを聞いて様々な人たちが挑戦しました。
怪力を使ってこじ開けようととする物、技術を使って正確に開けよう者、はたまた文化を使って内側から開けようと誘い込む者……。しかし、塔の扉は決して開きません。
もう打つ手は何もありませんでした。それでもあきらめず解決策を探す人もいましたが、多くの人々は仕方なく家にこもってどうにかなるという奇跡を待つことにしたのです。
動物たちも同じでした。巣穴や地面の下などにこもって寒さをしのぐことにしたのです。
そしてしばらくたったある日の事。
「はぁ……はぁ……」
静まり返った街。こんこんと雪が降る夜の中で。
一つの小さな影が町の中を駆け抜けていました。少し進むごとに吐く白い息が雪に溶けていきます。
その足跡は逆から辿っていくと町の中央のお城に続いていました。
「父上でもすごく頭がいい人でもすごく力が強い人でもできなかった。僕ができるかどうかはわからないけど……頑張ろう!」
彼は町巡りのために用意された庶民用の服を身にまとい、荷物を一通りまとめたリュックを背負っています。
そして、季節の塔へ向かっているのです。
彼に何か特別にいい考えがあったわけではありません。しかし、彼の中の優しく素直な心はこの状態で何もせずにはいられませんでした。
さらに言えば、いずれこの国の未来を背負う者として。この国の王子として。国の危機に立ち向かうことにしたのです。
そして歩いていてふと町はずれにいました。
ふだんから人が通ることがあまりありません。寒さも一段と強い場所なので今は尚更です。それなのにおかしなことがありました。
「あれ?」
人影があるのです。雪明りとわずかに残っている外套の明かりで照らされているのはわかりますが、こんなところに誰か来るのでしょうか。
王子はなんとなく興味を持ち、近づいてみました。
そして納得が行きました。それは雪だるまだったのです。
「な~んだ」
しかし、じっとよく見てみると中々 立派に作られていました。体格は王子と同じぐらいですがマフラーやミットの帽子などで着飾っています。
目はみかん、花は人参、口元は……触ってみてわかりましたがメロンの茎でした。服の代わりにボタンが3つ埋め込まれており探すのに苦労しそうな手ごろな枝が2本、その先には手袋がついています。
ふと見ると、この場所はちょうど雪が当たりにくい場所なのでしょう。まだ形も十分残っています。
王子のことを笑顔で見ていました。それを見てほんの少し辛くなります。
「ごめんね。雪だるまさん。もう冬を終わらせなければならないんだ」
そう言いました。そして気が付きました。彼は女王を説得しようと自分の宝物やいろいろな道具などを持ってきていましたが、食べ物は何も持ってきていません。
そしてそれに気が付いた途端、お腹から寂しい音が聞こえてきました。
そして目の前を見ると、王子の好きな食べ物が二つ……。ついつい手を伸ばしてしまいした。
ごめんねと再び言いながら。
ところがです。
「あれ?あれ?」
なぜか雪だるまからみかんがとれません。雪だるまの顔に手を入れてみかんを掴んだのですがまるでそのまま根を下ろしたかのように取れないのです。無理に取らなくてもいいのではないかとも思いましたが、気になったので思いっきり引っ張ってみました。
すると。
「おんどりゃあああああああああああああああああああああ!!!!」
どこからかとてつもない大声が聞こえました。
王子は思わずその場でしりもちをついてきょろきょろと見渡します。
誰もいませんが、気のせいと思うにはあまりにも大きな声でした。
「目の前だ!目の前!お前、雪だるまに飾ってあるもの食べようとするやつがあるか!どんだけ意地汚いんだ!」
信じられないことですが、どうやら目の前の雪だるまが喋っているみたいです。
なんとか姿勢を起こしました。
雪だるまの表情もいつの間にか変わっています。みかんが斜め横になってつり目のようになり、少しわかりづらいですが怒っているみたいです。
さらに怒りを強調するかのように手袋が落ちそうになるほど腕を振り回しています。
「ご、ごめんなさい!まさか雪だるまさんが喋るなんて思わなかったから!」
王子は慌てて謝りました。真面目で利口な王子は勉強も真剣にやっていましたが喋る雪だるまがいるなんて知らなかったのです。ぺこぺこと謝る王子に少しだけ怒りが収まったのか、雪だるまの表情が元に戻りました。
「まあ確かに普通の雪だるまは喋らない!だが俺様は特別だからな!」
「特別……?」
王子が聞き返すと雪だるまはその場で胸を張ります。まあ胸というか下の体というか微妙なところでしたが。
「聞いて驚くなよ!俺様はな!!泣く子も黙る大悪霊のアグロ様だ!」
「悪霊の……悪霊?」
「アグロだって言ってんだろ!!」
「う、うわ!?ご、ごめんなさい……」
再びみかんのつり目が激しくなった雪だるまに王子は何度も頭を下げます。
「俺様はな、夏の間は人々の後ろを通り抜けて寒気を感じさせる!そして!冬になったら生き物に取りついて悪戯をしてやる!そうして悪行を重ねて、世界一の大悪霊になるのが俺様の目標よ」
そういえば夏の間に子供たちや一部の大人たちがどこどこでぞっとするような気配を感じたとか。気が付いたらどこどこにいたなんて噂が立っていたような気がしますが……。もしかして目の前の存在の仕業なのでしょうか。
王子もお化けが怖くないわけではないのですが、どうも目の前の雪だるまはかわいらしく作ってあり怖さが感じられません。
そして、ひとつ気になったことがあります。
「そうなんですか~。でも、なんで今は雪だるまなんですか?生き物じゃないですよね?」
「……」
黙ってしまいました。なにか言いづらい事情でもあるのでしょうか?王子は気になるのでじーっと見つめています。
しばらく沈黙が続きましたが、先に我慢が出来なくなったのは悪霊と名乗った雪だるまのほうでした。
「うるせえな!何かに憑りついてないと冬は寒くて仕方ないんだよ!!かといってちょっと出遅れたら生き物が何もいなくなっちまってるし!!仕方ねえから春まで我慢しようと思っていたらいつまでたっても冬が終わらねえんだから!!悪霊が寒がりで何が悪いんだ!!」
「な、何も悪いなんて言ってませんよ!!」
雪だるまですが湯気が出るほど激しく怒っています。つり目というかみかんも今にも縦になりそうなほどでした。メロンのへたも折れるほどにとがってへの字を表しています。
怒らせてしまったことを謝罪しながら王子は事情を説明しました。
季節の塔に冬の女王が閉じこもってしまったこと。いまからそれを自分が調べに行くこと。しかし、王子であることは黙っていました。外で不用意に王子である身分を明かしてはいけないと教えられているからです。
話を聞いた彼は降ってくる雪を改めて眺めました。
「なるほどな~。冬のその女王さんがへそを曲げたか何だか知らないが引きこもっているから何時まで経っても寒いのが終わらねえってことか」
「はい。それで僕が調べに行こうと思っているのです。ちちう……王様も好きな褒美を取らせると言っているので」
実際は王子にとってその言葉はさしたる関心はないものでした。しかし目の前の存在にとっては違ったみたいです。眉毛がないはずなのに表情ががらりと変わりみかんが一回転するほど目を動かして王子を見つめます。
「今なんて言った?」
「え?えっと王様も好きな褒美を取らせると言っているので」
さきほどの怒っている時とは真逆の方向に口が動きました。純粋な王子にはそれが何か悪だくみをしている表情とはわかりません。
目の前の雪だるまは声の調子がだいぶ軽くなります。
「なるほどなるほど……よーしわかった!お前だけじゃ苦労しそうだからな!この俺様も手伝ってやろう!!」
「え!?本当ですか!!」
「ああ!本当だとも!一緒に行こうじゃないか!!」
大人が聞いたら確実に胡散臭さを感じるような調子の変わり様でしたが一人で心細さを感じていた王子にとってはとてもうれしい申し出でした。
思わず雪だるまの手を取りはしゃぎます。
「そういえばお前の名前をまだ聞いてなかったな!お前はなんていうんだ!」
「僕は……ジオと言います」
実はこれは本名ではありません。王子であることを隠すためにつけられた仮の名前です。せっかく協力を申し出てくれた親切な雪だるまに嘘の名前を教えるのは少し心が痛みましたが素直な性格なので父親の言うことを守りました。
しかし、その名前を聞いて雪だるまは王子を胡散臭げなみかん、いや目で見ました
「あー?ジオ?!ハハハハハ!雪だるまに手を突っ込むは、俺様の声にビビるわでもったいない名前だな!むしろお前はドジオだ!!」
「ド……ドジオ!?」
いくら仮の名前でもいささか馬鹿にされたように変えられるのは不本意なのですが……。変に抵抗して怒らせるようなことをしたくはありませんので、あくまで低姿勢でお願いします。
「あ、あの……できれば普通にジオと呼んでいただけると……」
「まずは俺様の足の準備からだな!ほら!早く準備しろ!ドジオ!!」
「……はいはい。わかりました。悪霊さん」
「だからアグロだって言ってんだろ!!」
静かな町の中、怒ってばっかりの雪だるまに取りついた悪霊、アグロ。王子なのに彼の手下のようになってしまったジオ。
二人はこうして出会ったのです。