9
魔法ギルドの出入り口の一つ、学生寮からまっすぐ進んだ先にある第六門。固が入学手続きを行ったメインゲートの一つに辿り着いていた。
「おや、固君じゃないかい」
「こんにちは、カナカナさん」
「おや? 僕の名前を君に伝えたかな? まぁいいや、初日から魔法ギルドに馴染んでいるようで何よりだよ」
「馴染んでるって何ですか」
受付員のカナカナと会話を進めると、既に新人二人がデキテルという噂が広まっていたらしい。勿論、魔法ギルドとしては歓迎ムードである。
「あはは、君は面白いね? でも良い事じゃないか、魔法ギルドとしては魔力量を多く持った継承者が増える事は歓迎しているからね? おっと、おいでなすった」
「ん、何か来たんですか?」
腰に手を当てヤレヤレ顔で遠くを見つめるカナカナの視線を追いかけると、そこには固より頭一つ程大きい女性が立っていた。
「失礼、ザリィ先生の元まで案内しなさい」
「はぁ、困ったね? ザリィ先生は今出張中だよ? それに手続きを最初に済ませて欲しいんだけどね?」
「何を言ってるの? このわ・た・しが案内しなさいと言ってるのよ? 下っ端は下っ端らしく私の言う事を素直に聞けばいいのよ」
「こらこら、これでも君と同じシルバーランクなんですけどねぇ? といっても、ギルドが違うから比べるのは失礼か」
「相変わらず棘のある言い方をしますわね? たかだか情報魔法を使えるだけで偉そうに。レンジャー技術を貴方も磨いてみると良いわ、どれだけ自分が小さい存在かスグにわかるわ! ふふふ」
突然現れた金髪ツインロールの女性は扇子を広げると、口元を隠しながらお淑やかに笑ってみせた。
「あーもぅ、いいからさっさと手続きしなさい」
バンッと縦長テーブルに手続き用紙とペンを叩きつけると、ビクリと女性は一歩後ずさる。
「ふふ、ふ……しょうがないわね、それにしても私が来る事は伝えてた筈なのに何故ザリィ先生はいないのかしら? この私よりも大切な用事があるとでも?」
ぶつぶついいながらも、手続き容姿に要領よく記載をしていく。
「まぁね、最近色々物騒だからね? 今回は学生寮に泊まってみるかい?」
「はぁ? 何バカな事いっているのかしらこの人は、私があんな場所に泊まる訳ないじゃないの。全部荷物は貴族街に運び終えてますわ、ご心配なく」
「おーおー、それはそれは」
完全にその方が嬉しいとばかりに、歪んだ笑みで対応するカナカナ。そんな二人のやりとりを見て、固は会話に割り込まれた上に完全無視され少し気は良くなかった。
「むぅ、可愛い顔して何様なんだよ全く」
カナカナの代弁とばかりに、固は思っている事を呟いてしまう。すると、手続きを終えた女性はバシッとカナカナから手渡された期限パスをぶんどると、突然振り返り固の居る場所まで近づいて来る。
「な、なんですか?」
固は後ずさりをする。基本的に人の髪の色は黒色なのだが、極稀に色付と呼ばれる髪を持つ人類が生まれる事がある。色付の髪を持つ者は少数派で、珍しい者をみるかのように自然と視線を集める女性。そんな視線ごと固の元へやってきて、ついには声をかけられる。
「貴方、名前は何というのかしら?」
「へっ? 固です……」
「そう、ロックね? どこに住んでいらっしゃるのかしら?」
「今は学生寮ですが……」
「そう、学生寮ね。好きな食べ物はな、何かしら」
「へっ? いや、突然何でしょうか……」
一歩一歩、距離を詰められながら、そして固は一歩一歩後ずさりをしながら問答を続ける。
「ああ、失礼しましたロック。私はリリーチェ、リリィとでも御呼びくださいませ」
「お、ぉぅ。それで俺に何か用でもリリィ?」
「ふふ、いいえ。少し気になりまして……そうですわ、宜しければ私とパーティを組みましょう?」
「待ってリリィ、俺達初対面だよね? それに俺はまだブロンズ、見習いなんですけど……」
「私が守ってあげますわ、安心してください!」
ついに距離を詰められ、手を掴まれ懇願される。しかし固は手を振りほどくと、ごめんなさーいと叫びながら魔法ギルドの中へと逃げるのであった。
「ふふ、可愛らしいお方」
「おいおいリリーチェ、君より固君の方が年上なんだからね? 勿論、俺もだけども」
「ふんっ、貴方の事はどうでもいいですわ、男装変態野郎の事なんて」
「ばっ、人の趣味に口出ししないで欲しいね? まぁ良いよ、手続きは無事終了、一週間これで出入りは自由だよ」
「そうね、貴方との会話に貴重な時間を無駄にするのも勿体ないですわね。では……いや、ちょっといいかしら?」
「まだ何か?」
「このパスは学生寮にも出入りできるのかしら?」
目を輝かせながら、リリーチェはカナカナに尋ねるのだった。
固は魔法ギルドの中を散策しながら考える。先程の女性は何だったのかと。カナカナとの会話から察するに貴族と思って間違いないだろう。それに、シルバークラスのレンジャー、なのだろう。自分よりも身長が高いので、きっと年上に違いない。場違い感のある浴衣と呼ばれる衣服を身に纏い、長髪の金髪がクルクルと渦巻きながら垂れ下がっていた。そんな貴族かつ、高ランクもちの人が何故自分に話しかけてきたのだろうかと疑問に思う固だった。
「よう、昨日ぶりだな親孝行者めっ!」
「うわっ、ビックリしたじゃないかマロック」
「あはは、何怯えてんだよ? まだシズク先生は来てないし安心しろって」
笑いながら後ろから肩に手を回してじゃれあってきたのは、固の母親の研究室に所属している生徒の一人、マロックという少年であった。固とマロック、名前も似ている事もあり、マロックとしては固と話せる機会がないかと昨日から密かに楽しみにしていたのだ。
「いやー面白かったよ昨日は、シズク先生があんなに取り乱すなんてさー」
「やめてくれよマロック。俺にも何がなんだか完全には理解できてないんだからさ」
「いやぁ、でもチャム先生の試薬を飲んだんだろう? もう皆知ってるぜ、その力で女の子を落としまくってるって事くらいは、なっ!」
「ばっ、変な事を……いや、でもそうなのか?」
「あはははは、真に受けるなよー。本当に魅了の魔法が完成してたら今頃シズク先生の研究室、それ以外に魔法ギルドの女性は皆お前さんにメロメロだぜ?」
「そ、そうだよなー?」
固は停止しかけていた思考をゆっくりと駆け巡らせる。本当に魅了の効果のある試薬が効いていなかったのかどうかを。
いくつか変な事はあった。トゥールとの事、クリュとの事。思えば先ほどのリリィだって様子がおかしかった気がする。これは全て偶然なのだろうか? 女性と付き合ったことのない固には、未だ判断のつかない案件であった。




