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部屋に戻ると固もトゥールも魔力の消耗が激しかったのか、夕食を取る事も無く各自のベッドに倒れ込むとお互い死んだかのように眠り込んだ。何故固も魔力を激しく消費したかは、まだ知る由もない。
「あーん」
「……んぅ」
「もぅ」
固の眠気眼に、女の子の姿がぼんやりと映る。起き上がろうとするも、何かが上に乗っかっていて寝起きの体ではソレを跳ねのける事が出来なかった。
「いただきます」
何故なのだろうか。その女の子は固の上で食事の前に唱える言葉を発すると、固の目の前まで口を近づけて来る。そこでやっと意識が覚醒した固はハッとなり制止の声を出す為に口を開ける。しかし、その行動が固にとって想定外の事態を引き起こす。
「あぐっ、んっ、んん」
二つの湿った音が交差する。口の中に甘い香りのする物が放り込まれ、唇には温かみを帯びた柔らかな物が接触する。急いで離れようとするも、それはズイズイと迫ってきて、ついには湿った何かが口の中に流れ込み、そしてペロリと固の舌を何かが這う。
「んんー!」
悲鳴にならない悲鳴を上げると、やっと固を襲うソレは離れた。
「おはようございます、もう一口いきますね」
「ま、まって!」
昨日から待って待ってと言い続けている気がする。固は必死に手を前に突き出して再び近づく女の子の体に触るも、お構いなしに女の子の口に咥えられた小さなパンを口移しという手段で食べさせられる。
「んー!」
再び悲鳴。唇が重なり合い、唾液で湿ったパンを舌でねじ込まれていく。まだ部屋の中は暗く、夜中なのだろうかと咄嗟に頭元にあるスイッチに手をかざす。
ピッという音と共に、部屋の天井に備え付けられたライトの魔法が発動する。同時に、固の上に乗っかっていた女の子の容姿がしっかりと目視できるようになる。
チュパッと艶めかしい音をたて唇が離れた瞬間、固は震え声を発する。
「クリュ……ちゃん?」
先日、昼食でクーリュのパン屋に行った時に出会った看板娘である。
「うんっ、覚えていてくれて嬉しいな。今日のパンをお届けに参りました、サービスで食べさせてあげるのです」
一体何を言っているのだクリュは。そもそも、何故331号に居るのだろうか。
「お、美味しかったから落ち着いて! いや、それよりもいったん離れて!」
「あう、重かった?」
「違う違う違うっ、そうじゃなくて! もぉ、とにかく一度起き上がらせてー」
固の悲鳴に似た願いに、クリュは残念そうに固の上から退くとベッドに腰掛けたまま熱い眼差しで固を見詰めている。すると、向かい側で寝ていたトゥールもライトの明りと固の声で目を覚ましたのか、ふわっと起き上がると腕を組んで固のベッドを睨みつける。
「おはよう固。それにクリュちゃん? 一体何をしていたのかしら?」
「おはようございますトゥール。朝食のパンをお届けに参りました」
「朝食って、貴女ねぇ今何時だと思っているの?」
「あう? もう5時ですよ?」
「5時ですよ? じゃないわよっ! まだ5時前よっ5時前っ! それに、何故貴女がパンを咥えているのかしらね?」
「それはですね? こうして」
「んー!!!」
不意打ちで再び固とクリュの唇は重なりあう。そして、無理やり固の口の中へとねじこんだパンを飲み込むのを確認すると、クリュは唇を離し頬を赤らめながらトゥールに言ってみせる。
「こうして私の作った愛情たっぷりのパンを食べていただこうかと」
この時のトゥールの表情は、氷水を全身に浴びたかのような絶望に満ちた表情をしていた。が、すぐにトゥールは切り替える。
「あ、貴女ねぇ! 何てうらやまけしからん事をっ」
「トゥールもやってみますか? 水分を含むと私のパンの味は更に膨れ上がりますよ」
「やるわっ!」
即答であった。固は完全に頭がフリーズし、体をやっと起こして見せるも二人の会話の内容が頭に全く入ってこなかった。
「では、これを口に咥えて」
「ほ、ほふね。ろっふ、いふわよ」
ガシッと肩を掴まれると、プルプルとトゥールの手の震えが肩越しに伝わって来る。目をギュッと瞑ったトゥールの顔が徐々に近づき、そして先ほどよりも少し大きくて柔らかな唇が固の唇を覆う。
「んーーーーー!」
訳の分からない内に、固はファーストキス、セカンドキスを喪失。
「う、うまくいかないわ」
「舌を使えば簡単ですよ」
「そ、そんなっ! でもやるわっ!」
そしてフェードアウトしていく意識の中、固のお腹は本人の意志に関係なく膨れていくのであった。




