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少し遅めの昼食を終え、331号へ戻ってきた二人に会話は無かった。そんな部屋の中、聞こえて来る音は私服から学生服へと着替えをするトゥールの生着替え音だけであり、固の耳へ艶めかしく響き渡った。
「お、俺外出てようか?」
「大丈夫です」
大丈夫と言われても、固の自制心が大丈夫では無くなりそうだ。しかし、思いのほか衣服のこすれる音は止み、固が振り返るとトゥールは麻製のローブ、魔法ギルドの制服の着替えを既に終えていた。
「あの、先ほどの話しなんですけども」
「ん?」
先ほどの話し。クリュパンを半分こにして、かぶりついていた時の話題だろうか。
「えっと、好きな人が居るかって話題だったけか?」
「そうです」
唐突に好きな人がいるか尋ねられ、固は居ないと即答した。生まれてこの方、モテた事は残念ながらなかったのだ。基本的に家事全般をこなし、父親と母親の特訓教育を受けていたため同世代の友人が居なかったのである。そんな固に恋愛をする暇も、出会いも無かったわけで。
「ずっと家の手伝いや棒術、魔法の練習してたからなぁ、出会いすら無かったよ」
自分で言ってて悲しくなるのだが、事実だからしょうがない。先程は居ないと即答してから会話が途絶えたのだ。トゥールは急によそよそしい感じになり、部屋まで会話も無しに戻ってきたのである。
固が再度、好きな相手は居ないと白状すると、背を向ける固にトゥールは背後から抱き付きを実行したのである。
「固……私でよければ、いえ、私は固が良い……」
変な声が出そうになる固だったが、何とか堪える。
「落ち着いてトゥール? 俺達は今日出会ったばかりだよね? まだお互い何も知らないよね? ね? ね?」
少しきょどりながらも、正論を唱える。
「いいえ、私は運命の出会いと思っています。こんなにも、こんなにも心が弾むなんて……二度と離れたくは無いです」
「お、ぉぉぅ」
可愛い年下の女の子からそんな事を言われて、生涯モテたことのない固は一気にその気になってしまう。悲しいかな、恋愛経験ゼロ。
「お、俺で良いのか?」
「はい!」
トゥールなりに本気で抱きしめているのだろうが、その腕を掴むと抱き付きを解いて見せる固。キャッと小さな悲鳴を上げるトゥールだが、お構いなしに固はトゥールと向かい合う。
「と、取り敢えず研究室でも見に行かない?」
「返事を誤魔化さないで固……私じゃダメですか?」
「いや、ダメじゃない……わかったよ、これから宜しくな?」
「はい!」
今度こそ固からしっかりとしたお付き合いの返事をいただき、トゥールは満面の笑みを浮かべた。補足だが、この後二人で研究室の見学に行くのだがそのほとんどの先生はいなく、数少ない開講中の研究室、固の母親の研究室でトゥールに辿り着くと、トゥールは恋人ですと自己紹介をしたのが本日ハイライトだった。固はあまりの緊張に頭がパンクしてしまったので、その時の記憶はほとんど残っていない。
「お母さま、優しそうな方でしたね。私も魔法の研究頑張らなきゃ」
「お、ぉぅ……そういえば、何でビショ濡れになって倒れてたの?」
やっと頭の回転が戻ってきた固は、今更ながら出会った時の疑問点を尋ねた。
「あの、恥かしいんですが私、水の方向性を独自で覚えまして……」
「自分で方向性をみつけたんだ! でも、それと倒れてたのと一体どういう関係が?」
「魔力を水に変換するまでは出来たんですが、出現箇所をまだ指定出来ないの……それで自分の真上に水を出しちゃって自爆しちゃった」
魔力を水に変換するだけでも凄い方向性だと思ったのだが、少しややこしい方向性までくっついているようだった。わかりやすく言えば、位置の方向性も同時に再現してらっしゃるようなのだ。
「もしかして、それって位置指定の方向性も再現してるよね? 二種類の方向性を同時に扱うなんて、凄いじゃん!」
固は素直に凄いと感心するのだが、トゥールは首を振る。
「ううん、そうでもないの。私、魔力量が少ないから消耗が激しい上に、位置指定なんか全く想定してなかった副産物だから困ってるの」
「うーん、位置指定の研究室があればトゥールにあった研究が出来そうなのになぁ」
「ふふ、固は私をかいかぶりすぎよ? でも、ありがとう」
学生寮に戻る道中、隣を歩いていたトゥールの唇がそっと固の頬に触れた。
「なっ」
固は何が起こったのか理解出来ず、腕に抱き付いたトゥールと一緒に部屋まで戻るのであった。




