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名も知らぬ女の子を背負い、学生寮へ向かい南下する事数分。巨大なドーム状の建物へと辿り着く。
「ここが学生寮、だよな」
思わず声に出して確認してしまう。高さ3m程のソレは、これまで王都の住民街や他の地区からは天井が低く目視する事が出来なかった。初めて目にする魔法ギルドの学生寮は新鮮で、鉄らしき素材で外周は覆われていた。
学生寮の入り口に近づくと、一人の女性がタイミングを見計らったように入口から固の元へと向かい歩いて来る。そしてついには固の目の前まで来ると、コホンと咳払いをして話し出す。
「ああ、君が固君だね? カナカナから話しは聞いているよ……それはそうと、何で今朝自主トレに出たはずのトゥールを君が背負ってるのかな? そうそう、私はここの寮長をしているハッカだ、宜しくな!」
「ええと、固です。この子はトゥールさんって言うんですね。ここへ来る途中、道端で倒れてたので拾ってきました」
「ははは、またか。まぁ君が回収してきてくれたおかげで手間が省けたよ、ありがとう。ついでさ、彼女を331号まで運んでくれるかな?」
「ええ、ここまで運んだんですし最後まで責任もちますよ」
「それでこそ男の子だ。2人部屋だし、どうせだから君もそこに住めば良い、ああ名案だ。そういう訳で、後は頼んだよ」
ハッカさんの言葉に対し、一体今何とおっしゃいましたか? と聞き返そうかと思が、そもそも突っ込みが色々追いつかなかった。
まず最初にカナカナって呼ばれた人物は誰なのか、など。そして固の口から出た言葉は、固が最も気になった目の前のハッカという女性に対しての興味であった。
「あの、ハッカさんて何歳なんですか?」
思わず固は尋ねてしまう。目の前にいるハッカという女性は間違いなく固より身長が低く、子供用のシャツと短パンという完全にお子様スタイルなのだ。
「こらこら、女性に年齢を尋ねるとは失礼だね君? まぁ特別に教えてやろう、私は今年で四十だよ。いい加減、子供っぽくみられるのは飽きた歳だよ」
「わかっ」
思わず突っ込みを入れると、デヘヘと顔を緩ませながら素直に喜びをみせるハッカ。
「ふふ、なかなか見る目があるな君は。そうだ、君は先ほど魅了の試薬を試したとも報告が入っているが、どうかな? 私に魅了をかけてみてくれたまえ」
「そう言われましても……」
「ふむ? 私に魔力を伝播させるだけで今なら発動すると思うのだけどね? 握手でもしてみよう」
「は、はい」
鍵を預かると同時に、思いっきり手を掴まれる。同時に、魔力がお互いの手を通じて流れる。
「ほう、なかなかの魔力量じゃないか」
「ありがとうございます」
「……はぁ、残念ながら私は君に惚れる事は無かったらしい」
「はぁ」
「ははは、どうやらまた魅了の薬は失敗作だったという訳だ。モテなくて残念だったな男の子?」
いや、別に年上かつ見た目が子供のハッカさんに惚れられてもと困る固。決して年上が嫌いという訳ではないのだが、固は自分よりも年下の女の子が好きなのだ。決してオバさんだから……。
「君? 何でそんな渋い顔するかな? まぁいい、転送機<テレポータ>に乗れば中に入れるから331号室まで頼んだよ?」
「転送機? 何ですかそれは」
「魔動具の一つだよ。魔力で念じた場所へ飛べる物と思っておくれ。ここからだと中に移動するか外に出るかの二か所へしか通じてないから、入ろうと思えば自然と中へと移動できるよ。寮の中は広いからね? 更に正面に別の転送機があるから、そこで部屋の番号を頭に思い浮かべれば一番近くにある転送機に転移できるよ」
「へぇ、便利な物があるんですね」
「そうだろう? 君も魔法ギルドに入るからには、良い研究成果を是非残してほしいね。それはそうと、一度使った転送機は魔力のリチャージに1分程時間がいるので無暗に出入りや移動は出来ないので注意してくれ」
なるほどと。中と外を繋ぐ場所がこの転送機のみだとすれば、忘れ物などしてもすぐに取りに戻れない事になるのだ、気を付けなければならない。
「ああ、あともう一つ頼み事して良いかな?」
「はい。何でしょうか?」
「いやね、トゥール君はその様子だと体温が大分さがっているだろうから、学食でおかゆでも貰って運んでやってほしいんだよ」
「学食、ですか」
「ああ学食だ。学生寮の地下には魔力空間が広がっていてね。勿論、移動は転送機でイメージすればすぐに地下へ移動できるからそう難しいお願いではないさ」
「そうですか……わかりました、俺やりますよ」
「よしっ、それじゃ後は頼んだよ」
331号前。
言われた通り、転送機という円形の装置に乗ると一瞬で視界が切り替わる。なるほど、これは便利だと思う固。
「鍵をあけてっと……おじゃましまーす」
中に入ると、正面には木製の机。その両サイドにベッドが一つずつセットされていた。片方のベッドはシーツがくしゃくしゃになっていたので、スグにトゥールの使っているベッドだとわかった。そっと濡れた服のままベッドにおろすと、そのまま寝かしつける。
「それにしてもこの子、可愛いなぁ。やべぇ、ベッドもビタビタじゃん」
固は女の子の介抱などする機会は無論無かったし、ましてやびしょ濡れ状態の女の子の介抱なんてどうして良いのかわからなかったのだ。髪の毛は長く、腰のあたりまでたっぷりと水を含んだ衣服と髪の毛はベッドを水浸しにしていた。顔立ちは少し幼く、整った顔つきはまるで雑誌モデルを連想する程の可愛らしい顔を少しだけ覗き込み、すぐさま顔を振って思考を戻す。
トゥールは決して美人という訳ではないのだが、固は年下好きという事もあり、固の瞳にはトゥールが凄く可愛い女の子にうつっていたのだった。
「そうだ、温かいおかゆ貰ってこなきゃ」
ずっとトゥールに見惚れている訳にもいかず、固は部屋を抜け出すと転送機へと乗る。そして……。
「えっと、温かいの物があるところに」
そう、学食をイメージすれば良いものを、頭の中は『温かい食べ物を早く』という想いで一杯だったのだ。そう、転送機はハッキリと固の行きたい場所を認識した。『温かい者』が居る場所へと。
「……あれ、ここが食堂? なわけないよね」
ぽかんと、思わず口を開いて自問自答してしまう。目の前に広がった空間は密林地帯とでも言うべきだろうか。周辺は木々に覆われ、視界の先にはかろうじて開けているだろう場所が目視できるだけである。すぐに戻ろうと転送機に乗り直すも、どうやらリチャージ中ですぐには移動が出来ないようである。
「はぁ、ここどこなんだよ」
スグに戻る事も出来ず、取り敢えず気味が悪いので開けた場所に出てみようと固は不用意に進みだす。何事も無く歩みを進めると川の流れる平原地帯に出る事が出来た。
「んー、本当にどこなんだろうここは? そろそろ戻るかな……て何だありゃ!?」
思わず一人突っ込みをしながら川の近くに居る動物の元へと駆けよる。
「うわぁ、何だこのモフモフ。ちっちぇーかわえぇ……ほーらモフモフモフー」
「キュゥ、キュー」
白い毛むくじゃらのソレは、どうやら子犬のようだ。どうやら迷子になったのか、一匹で川の水をペロペロと飲んでいるところだったようだ。
「変な鳴き声だなぁお前。それにしても、母さんや父さんはどうしたー? はぐれちゃったのかー?」
「キュゥ、キューキュー」
「わっ、やめろって」
子犬の首元をモフモフしてたら、突然子犬は跳躍してみせると固の顔を舐めだしたのだ。
「やめろよー、ベトベトじゃないか……そんな尻尾振って、そんなに一人が寂しかったのか―ホレホレ」
モフモフしながら子犬とじゃれあっていると、突然ピーっという笛の音が森の中から聞こえて来る。何事かと振り返ると、そこには魔法ギルドの制服を着た男が一人、森の入り口付近から警棒を構えて声を上げる。
「君ぃ、何をしているんだー! 早くソレから離れなさいー! スグに、今スグにだー!」
はて、何故あの人はあんなに警戒しているのだろうか。あんなにも離れた場所から忠告するのは何故だろうか。ここにはこの子犬と自分しか見当たらないというのに。固は子犬を肩に乗せると、その足で男の居る森の方へと歩いていく。
「ま、まてっ! ソレを連れてくるんじゃない! 落ち着け、落ち着くんだ君!」
「どうしたんですかそんなに警戒して? 何かあるんですかココには?」
「あるも何も、君の肩にいるじゃないか! 炎の門番、通称ケルベロスだぞ! 早く離れるんだ、消し炭になるぞ!」
「はははっ、そんなまっさかー? まさかー、お前がそんな凶暴な魔の獣なわけないよなーモフモフー」
「冗談じゃない、この場所がどこかわかってるのか?」
「何処って? さぁ、何処なんですかここ?」
「バカッ、ここは地下10階、封印の間の一つだよ! 勇者でさえも討伐出来ない魔の獣、業火を吐くケルベロスを封印してる間だ! いいから、はやくそのケルベロスを置いてこっちに来なさい!」
「そんなー、まっさかー……まさか……」
肩にのっかっているモフモフ子犬は、キャゥゥと鳴き声をあげると同時に、口からボゥと火を噴きだして見せる。固はその地点でかたまってしまう、普通の動物は口から火を吐いたりしないのだ。
魔法を扱う動物、それが魔の獣と呼ばれており、主に魔王が配下に置くと呼ばれる生物。そして目の前に居る名も知らぬ男性は、必死に固へと声をかけているのだ。これがどういう状況なのか、無理やりにでも理解する必要がある。
「まさか、ね……ほーら、パパやママのところにおかえりー、俺も帰るからさー、な? な……そんな悲しそうな声出すなよー、ほら、またいつか会えるだろうからさ……そう、そのまま……そんな目でみるなよー」
ダッと思いっきり振り返ると、男の居る場所へと猛ダッシュをする固。
「よし、急げっ」
手を引かれ、そのまま一緒に転送機へと乗り込む。最初に学生寮へ入った時に見た光景が再び訪れる。
「はぁ、はぁ、ふぅ……お前さん、運が良かったな!」
「はぁ、はぁ、はぁ……あの、ありがとう、ございます」
「ハッハッハッ、お前さん新入りだな? それにしても封印の間にいくなんて、どこで聞いたんだ?」
「いえ、その……温かい物を、おかゆが欲しくて」
「おかゆ? どんだけ熱いおかゆを想像したんだこの野郎、まぁ無事で何よりだ。俺の名はゴードン、お前は?」
「俺は固と言います、ロストワードの漢字で固って文字を使います」
「はぁ、キラキラネーム世代か。まぁいい、学食へ行きたいんだろう? ついでだ、一緒に行こうか」
「あの、ゴードンさんもここに住んでいるんですか?」
「ああ、俺は封印魔法の研究をしている。フウカ先生のもと、日々研究さ。固も封印魔法の才能があるかもしれないな、よければいつでもうちの研究室を尋ねれば良い」
「ありがとうございます」
固は手を差し伸べて来るゴードンの手を握り返すと、一回りも大きい手が固の手を包み込む。さっきはあまりにも急いでいたため、この手の大きさを改めて今実感した固だった。
固よりも長身なゴードンは18歳と、固よりも3つ程年上である事。そして自習中に偶然、封印の間に侵入者を感知出来たのですぐに駆けつける事が出来たのだとか。魔法ギルドで通常通り研究を行ってれば、転送機のある学生寮まで移動する間に消し炭になっていたに違いないと、そう説明されたのである。
「いやぁ、それにしても固君はシズク先生のとこの息子さんだったかー。あそこは人気だからなー。そっか、お前もそこに入るのか?」
「いえ、母には家で色々教わったので、別の研究室に入る予定ですよ」
「そうか。しかし熱々なおかゆが欲しいなんて、熱でもあるのか? いや、無いか」
少し屈むと、固のおでこにゴードンは自らのオデコをあてると、ふむ、熱は無いなとそう言いながら席に着く。
「すみません、俺これ部屋に持っていきたいんですが……」
「おお、そうか。俺は701号室にいる、いつでも遊びに来てくれ」
「ありがとうございます、それでは」
熱々のおかゆの入った鍋を素手で持つと、そのまま331号へと戻っていく。固はゴードンに対して、すなわち同性に対して魅了が発動してはいないかと心拍数を跳ねあがらせたのだが、どうやらそんな事もなく思い過ごしだったと安堵の息をついた。
「マーガレット固か、これからが楽しみな人材だな……」
少し早めの昼食を頬張りながら、固の後ろ姿が見えなくなるまで熱い視線で見続けるゴードンであった。




