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「それで、この部屋は何なんだよ……」
少し疲れた感じで呟く固。タニーマと二人で扉を通った先は変わり映えの無い白い部屋。ただし違う点は中央にガラスで囲まれた小部屋がある事だ。
「ようこそ、こちらでは中央の部屋に入っていただきます」
声に導かれるままに中央の小部屋に入ると、出入り口だった扉は消失してガラス張りの部屋の中に閉じ込められてしまった。
「では、上をご覧ください」
言われるがままに、上を見上げる二人。すると、真ん中に頭一つ入りそうな穴が開く。
「おわかりいただけたでしょうか」
「わかんねぇよ!」
「おやおや、突っ込みもなかなか鋭くなってきましたねマスター」
「だからさぁ……マスターって俺の事、だよな? 何だよ、俺にはブワッ」
固が名乗りをあげようとした瞬間、上から水が流れ込んでくる。
「つめてぇ、何だよ」
「お兄ちゃん……」
ずぶ濡れになったタニーマはどさくさに紛れ固に力いっぱい抱き付く。
「では、口拘束の部屋へようこそ。こちらではそちらの小部屋の中に水を入れ続けさせていただきます」
「そんなっ!?」
「ご安心下さい。人工呼吸班として二人には上空よりお二人を見守ってもらってますので」
「安心出来ねぇよ!」
水が流れ込み続けるガラス張りの部屋の中で、固は焦りを見せる。
「水が水槽の中……失礼、その小部屋の中に一杯になりますと上にあります穴から流れ込む水は止まります。顔を出して呼吸するなり、ご自由にどうぞ」
「それで……今回は鍵が見当たらないが、どうしろってんだよ?」
「……簡単です、ガラスを破壊して脱出してください」
「なぁんだ、簡単じゃねぇか」
固はすぐさま30㎝程の棒を手に取る。棒術は親父直伝なのだ、それなりに自信はある。
「そんじゃ、とっととこんな部屋からはおさらばだ!」
岩砕突、と詠唱をしながら渾身の突きを放つ固。岩をも砕くこの一撃は、魔力による身体強化と武器強化を同時に行い岩をも砕く必殺の一撃を放つスキルだ。
ケニュントトのように、常時身体強化をするスキルを固は聞いたことなく、このように武具を利用した瞬発的な強化系のスキルがこの世界ではメジャーであった。
『ガキィン』
が、棒術でメジャーなスキル、岩砕突がガラスの表面でピタリと止まってしまう。音だけは凄かった、しかしヒビどころか傷一つついてなかった。
「そんな」
ガラスは脆いという認識があった固だが、このいやらしい拘束の間の事だ、何かあるかと思い最初から全力で壊しにかかったがその思惑は嫌な方に当たってしまった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
「あ、ああ……だけどこのガラス、めちゃくちゃ硬い」
「私の七色ネイル、何か役立つかな?」
「アイテムの声が聞こえた、のか?」
「んーん、ごめんねお兄ちゃん」
「いや、俺もこの棒からは何も声なんて聞こえやしないしな」
そんな話をしている間に、膝辺りまで水は達する。
「お兄ちゃん、私泳げないよ……」
「お、俺もだ……」
二人共困惑する。そもそも陸育ちなのに泳げるわけも無く、水が腰を越えた辺り
から作戦会議に移行する。
「まずは落ち着こう」
「う、うん」
「タニーマ、まずは君からあの穴から空気を吸うんだ」
「あそこまで辿り着けるかな?」
上を見上げるタニーマ。高さは2m強だろうか、上手く水に浮く事が出来れば簡単に穴から顔を出し呼吸をすることが出来るだろう。問題は、水に浮かべるかどうかという事だ。しかし、固は瞬時に対策を練っていた。
「大丈夫さタニーマ、交互にお互いの肩に乗ればいいのさ」
「お、お兄ちゃんの上に?」
「そうとも。今は水が流れ込んできているけど、俺がタニーマを肩車するよ。その間は上の空間、もしくは水が止んだ穴から顔を出して呼吸が出来るって寸法さ」
「お、重いかもしれないよ?」
「今更だろう?」
「そ、そうだけどぉ」
そして、呼吸を十分に終えたら交代をしていく。これで当分の酸素問題は解決するだろう。問題はこのガラスの耐久度である。
破壊力では間違いなく強スキルであった岩砕突が効果が無かったのだ、要するにアイテムの力を使いこなさなければ突破口は開けないという意味だろう。
そんな考察をしていた固だが、ついに口元まで水が溜まってきたのだ。固はタニーマを肩車するとそのまま水の中に埋もれていく。
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
「お兄ちゃん、頭の被り物が当たるよぉ」
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
「きゃあ、振り向いて喋らなくていいよぉ」
「ぼごぉ」
少しすると、固がタップをする。交代のサインである。タニーマは目を瞑って水に潜ると、固を肩に乗せる。
「ぶはぁっ。はぁはぁ、結構辛いな……」
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
「えっ? もうサイン? すー、はー! よし交代だっ」
「ぼごぉ」
交代は今のところ上手くいっている。
「はぁ、はぁ……お兄ちゃんの股間が私の後頭部にあたってたぁ……はふん」
こんな場合なのに、うっとりしてみせるタニーマ。ついに水の流れは止み一か所しかない穴から酸素の補充を行う。と、タップで交代のサインがやってくる。
ここで事件は起こる。
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
私の肩に乗ってお兄ちゃん、と肩車をしたタニーマだが、コツンと嫌な感触が固の体越しに伝わる。目を開けるのは怖かったが、お兄ちゃんに何かあったのではないかと心配になり目を徐々にあけていく。
そこでタニーマは見た。
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
お兄ちゃん!? と叫ぶタニーマ。そしてもがき苦しむ固。ガラスに反射する固の顔は未だに水の中にあった。そして必死に穴の中に頭を通そうとするも、アッポイがつっかかり顔を表に出すことが出来なかったのである。
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
固は思った。ああ、俺はここでこのまま苦しんで死んでしまうんや、と。タニーマは思った。ああ、お兄ちゃんを助ける事が出来なかったと……。
タニーマは自分の力の無さに嘆き、お兄ちゃんの力になれない自分を悔いた。肩車をしていたタニーマは膝をつくと、ごぼぉと水を飲んでしまう。
「ぼごぼごぉぉぉ!?」
タニーマ、大丈夫か! と意識を失うタニーマの顔を見る固。日常の鍛錬のおかげで肺活量が多い分、固は苦しみながらも未だ水中の中で息を止め続けれていた。そして固が酸素の補充が出来なかった事を知ったタニーマは、自らの酸素のリミットを固に伝える事をしなかった。
「ぼごぼごぼご……」
固は棒を握りしめ、再びスキルをガラスに向かって放つ。足元の安定しなくなった今、スキルは不発に終わりカンッと鈍い音を水中に響かせるだけに終わる。
だが固は諦めない、何度も何度も棒をガラスに向かい殴りつける。もう、固も呼吸が続かない、そんな限界を超える寸前に声が聞こえる。
「固、私の本来の扱い方を思い出しなさい」
「誰……だ?」
「貴方の最も愛すべく者ですよ」
「俺の愛する者?」
「そうです、魂の想いと共鳴するのです」
「共鳴? 一体何を」
「私を扱いこなしてください、最も私を愛してくれた貴方なら、必ずできます」
固はアイテムの声を聞いても何も思い出す事は出来なかった。ただ、この棒を信じるのみだった。
「ぼごぼごぼごぉぉぉ」
運命を委ねる希望のレバー、レバーコネクトォ! と固は詠唱していた。瞬間、これまで弾かれ続けていた棒はガラスの表面にぬめり込む。だがぬめり込んだだけで、ヒビどころか貫通しているようにも見えなかった。
だがそれで固の行動は終わらなかった。
「ぼごぼごぉぉ」
再び詠唱。温度魔法を右手で発現させる、固が詠唱するは激熱の高温魔法。固の右手周辺の水がボゴボゴと沸騰するかのごとくゆらめく。
そして残りの酸素を全て吐き出すべく、固は最後の詠唱を行う。
「ぼごぉぉぉぉぉ、ぼごぉぉぉぉぉぉぉぉおおおん」
右手を振り上げると、おもいきり振り下ろす。激熱のレバーオンと言い、ガラスから垂直に伸びていた棒を高温の拳で叩く。
瞬間、全くビクともしなかったガラスが一瞬で砕け散る。ざぱぁ、と水はみるみるうちに外へ流れ固は尻餅をつく。
「これが……俺の力……?」
カランッと鈍い音を立て地面に落ちる棒。自身の拳を眺める固だが、すぐさまそれどころでは無い事に気づく。
「タニーマ!?」
水を大量に飲んだのだろう、早く何とかしなければならないが人工呼吸をしようとして固は気づく。
「口が届かない!?」
「ウー、ウー」
アッポイは自分は何も悪くないよ? と弁明しているようだが、早く何とかしないと。そう思っていると二つの声が背後から聞こえて来る。
「固様、ここは私が」
「ご主人様、私に任して!」
「お前達っ」
振り返ると、元気そうな姿で現れたマリーとケニュントト。二人は交互に人工呼吸をこなすと、タニーマは水を吐き出し息を吹き返す。
「かはっ、げほげほっ、私……助かった、の?」
「ああ、無事だ! 俺達全員、助かったんだよ!」
「うん……」
これで残るはタニーマのアイテムの覚醒を残すべきとなった。が、正体不明の存在がやっと姿を現す。
「おめでとうございます、皆様は無事アイテムの覚醒をさせました。マスター、改めておかえりなさいませ」
先ほどまで不明瞭だった姿が、徐々に目視できるようになっていく。やがてその存在は、ビキニ姿に頭に大きな花飾りをつけた少女と化す。
「改めまして、私はマスターが創造した南国の少女ゾナダでございます」
「いやさ、確認するけど俺の事をマスターと呼んでいるのなら人違いだろう? 俺にはマーガレット固って名前がちゃんとあるんだからさ」
やっと名乗る事が出来た固だが、南国の少女ゾナダと名乗るビキニ姿の少女は首をふる。
「まだ記憶は戻られてないのですね……そもそも、戻る事は無いのかもしれませんね。かいつまんで説明致しますと、マスターとは固様の前の魂保有者の事でございます。固様に宿ったその魂こそ、私が仕える存在でございます」
「前の魂? いや、そんな事言われても何もわからんのだけど」
「……少々この先の部屋でお待ちください。二つ程案件が出来ましたので、ゆっくりお休みください」
と言い放つと、南国の少女は姿を消してしまう。
「俺の……魂……」
呟く固だが、それ以上にタニーマは困惑していた。
「私……だけ何も覚醒してないんですけどぉ」
動きを止める三人。確かに、タニーマだけ何も力に目覚めていないにも関わらず南国の少女はこの拘束の間における、アイテムの覚醒は全て終わったと告げていた。と、その疑問に応えるべく南国の少女が戻って来る。
「すみませんタニーマ様。最初に覚醒した貴女は問題無いと思ってましたよ?」
「どういう、事?」
「ふふ。七色ネイルの代わりにお答えしましょう、貴女のアイテムはオシャレアイテム。可愛くみせる事で、ヒロイン補正を得るでしょう」
「……?」
「以上ですよ?」
「……純粋にオシャレアイテムだったって事?」
「イエス! ああ、向こうのナビゲーションを終わらせちゃいますのでごゆっくりどうぞ」
言い終えると、南国の少女ゾナダは姿を消す。つまるところ、タニーマのアイテムは特殊な魔法を扱う為の物では無く、ただのオシャレアイテムだったという。
「うう、お兄ちゃん、私可愛い?」
「お、おう! 可愛いよ」
そう応えながらタニーマをおんぶする固。次の部屋に移動すると、横長のソファが置かれた見慣れて来た狭い部屋の中で待機をする四人であった。
「ここにアイツが居るのね」
「固がここに……また何かに巻き込まれたのかしら?」
「固は私が助ける」
三人の少女は白一色の小部屋に足を通していた。
「いらっしゃいませ、トゥール様、リリーチェ様、クリュ様。拘束の間へようこそ」
「そんな挨拶はどうでも良いわ、アイツは無事なんでしょうね?」
「そうね。固は何処にいるのかしら?」
「固、救う」
三人は不可視な正体不明の存在の声に対し、臆することなく問答する。
「マスターは無事でございます。この先にある三つの部屋を突破した先にて、お休みいただいております」
そう、と呟くと棚に向かって歩き出す三人。
「これ、使っていいんでしょう?」
「私はコレが良いかな」
「私はコレ」
三人はそれぞれアイテムを手に取ると、固のいる場所目指して歩き出す。
「第一の部屋は下半身拘束の間、中央にある鍵を……」
動けなくなった三人は、アイコンタクトで誰が鍵を取るかと一瞬で意志疎通をすませる。リリィは説明を聞き終える間もなく、一本のクナイを投擲する。
カァンっという音と共に、中央にあった鍵は弾き飛ばされパシッとキャッチしてみせるトゥール。ささっと解錠してみせると、リリィ、クリュの拘束を解除してみせた。
「さぁ、次は?」
「……はい、お進みください」
進んだ先で、三人は両手両足を拘束される。説明を聞くと、今度はトゥールがやると言い詠唱を始める。
決してアイテムを用いなければ魔力の操作が上手くいかない空間にも関わらず、トゥールの詠唱は完成する。
「永遠の愛」
トゥールが創り上げし魔法。本来ならば水と位置の魔法の組み合わせなのだが、もう一つだけ彼女しかなしえない恩恵が込められていた。固を決して逃がさない想い、重い重いその想いは決して敗れる事は無い。ザパンッ、と柱から水と共に鍵が一緒に落下してくる。
「ほら、次行くわよ」
トゥールは言うと、扉を開け放つ。
「こちらで最後でございます。口拘束の間、ガラスを破り脱出していただくだけで結構でございます」
水が流れ込みだし、流石に二人は動揺をみせる。泳いだことのない二人は、勿論溺れる可能性を考慮した。だからこそ、すぐにガラスを割ろうと試行錯誤する。リリィだけは、レンジャー技能の一つとして水への対策もあったのだが、水に耐える事では無くガラスを破壊する事だったため、いち早くリリィは行動に移す。
続いてトゥールも非力な力でガラスを叩くも、ビクともしなかった。リリィはクナイでガラスを何度も突くも、傷一つつける事が出来なかった。ここでクリュが口を開いた。
「私がやる」
トゥールとリリィはガラスを破る為の行為をやめると、クリュの行動を見守る。
「超高温焼き上げ」
370℃に達する高温を両手の平に発したクリュは、その手でガラスに触れた。すると、ドロリとガラスは溶け突破口が開く。
「一瞬で終わっちゃいましたね……流石マスターの選んだ女性達と言うべきでしょうか。いいでしょう、次の部屋へお進みください」
ガラスは強化ガラス、耐久温度は270℃までの仕様だった為に、クリュの会得した固を守る為の魔法が早速役だったのだ。
三人が手に取ったアイテム、それはそれぞれ何の意味も持たない球だった。
「さっ、行きましょう」
トゥールと共に、リリィとクリュは揃って前へ進む。固達四人が累計何時間もかけて突破した三部屋を、数分で突破した三人であった。




