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ハーレムエンド  作者: PP
第一章:魅了地獄
16/27

16

 トゥールの誕生日、厳密には11月2日の12時ジャストで15歳になる。

 そんな5分前。


「固、私幸せよ」

「俺もトゥールと出会えて幸せだよ」


 甘い言葉を交わしながら、今日も商業区に来ている二人。昨日はリリィもクリュも、朝を除けばずっと二人の前に現れる事は無く、二人は遠慮なくくっ付き合う。甘い甘いホイップの山がパンケーキを飾って、二人の座るテーブル席の中央に置かれていた。


「トゥール、誕生日おめでとう」

「ありがとう固」


 照れながらも、一口サイズに切り分けてみせる固。産まれた時刻に甘い甘いソレを食べさせて欲しいなと、トゥールは昨日お願いしたのだった。勿論、固もお安い御用だとばかりにその願いを実行する。


 フォークで一口サイズのパンケーキを突き刺し、ホイップをたっぷり塗ったそれをトゥールの口に運ぶ。


「あーん」


 トゥールの甘く高い声と共に固に食べさせてもらう。パクリとソレを加えると、トゥールの唇の端にホイップの塊が少しばかしついた。ソレを口でとってとばかりに固の顔に自身の顔を近づける。固も男であり、トゥールが本当に自分の事を好いてくれていて、お互いが望みあっているのだと疑う余地はなかった。固は顔を近づけるとトゥールの口元についたホイップを舐めとってみせる。


 カチン。


 店の中にあった時計が丁度12時を指す針を真上に移動した、そんな音がどこからともなく聞こえて来た。二人にはしっかりとその音が聞こえたのだ。


 刹那


「うっ……」


 顔を離すと、固の顔をじっと観察するトゥール。すぐさま、何も言わずに席を立ち去る。


「トゥール……?」


 固はトゥールの表情に、何かあったのかと心配するもスグに戻って来るだろうと席に座ったまま待つのであった。


 一方、トゥールは共用の化粧スペースへ駆け込むと、水道から両手で水をすくい取り口を何度も、何度もゆすいでみせる。


「けほっ、けほっ……がらがらがらがらがら」


 何度も何度もゆすいで、うがいをして、それでも口の中には甘みが広がり続ける。甘みという名の、嫌悪感はしっかりと口の中から、そして心の底から同時に蝕む。トゥールの感情が一気に負の方向へ渦巻く。


「はぁ、はぁ……はぁ……うぅ、気持ち悪いよぉ……」


 涙をポロポロ流しながら、個室へと駆けこむ。


「ああああああああああああああああああ、うああああああああああああ」


 絶叫。何故、何故自分はこんな事をしたのだろうか。なんで好きでもない男とあんな事をしたのだろうかと。冷静になっていく、心の底から湧き上がる感情は既に嫌悪感のみ。


「あああ……ああ……あ……あは、あははは、あははははははは」


 個室の中で絶叫し、それはやがて笑い声に変わってゆく。トゥールは叫び散らしているが、個室の中は防音処理がされている為思う存分に叫び散らす。


「そう、そうよ、変じゃない? 変だったわ。起きたら突然アイツがいて、心の底から愛してた、そんなの変じゃない。私の意識が急に私の奥底に押し込まれて、私はそこからずっと新しい私をみていたわ。どうしようもない程に固を愛している私を、これっぽっちもそんな思いを抱いていない私が見ていたわ」


 ガンッ、頭を壁に一度叩きつける。真っ赤になった額がジリジリと痛むが、そんな痛みよりも耐え難い心の痛みが体を蝕む。


「何よ、何よ何よ何よ何よ! うぇぇ、気持ち悪い」


 舌を出し、必死に体内に入った異物を吐きだそうと試みる。しかし、出てくるのは先ほど食べた甘いホイップの香りと胃液の香りのみ。


 心が痛む。私が好きな固、そんな私を呆然と見詰める私。突然私が二人になって、その一人が勝手に暴走するのを見詰める事しか出来ない日々。どうしてアナタは私の体を使ってアイツと色々してるの? どうしてアナタは私の心を蝕んで、アイツで勝手に満たされていくの? どうしてアナタはアイツを……。


「アイツが全部悪いんだ、アイツが居なくなれば、アイツが消えて、私も消えちゃえば……」


 どうしてこうなっちゃったんだろう。商人仲間の親友はレンジャーの卵になって、商売も両立させるために得意な算術を今でも磨いてると聞いている。私も、魔法の方向性を独自で得ていたから、魔法使いになれる可能性があるって、そう思って魔法ギルドに入ったのに。なんで私だけ、なんで私だけ、なんで私だけ……。


 どうしてこんなにも親友と差がついちゃったんだろう……。


 トゥールは髪を触る、ああ、気持ち悪い。あんなにも自慢だった長髪も、こんなにも汚されてしまった。拭えない、どうやっても拭いきれない。


 決意にはそう時間がかからなかった。深呼吸をする、空気を吸うだけでも気持ち悪い。吐き出す自分の息が気持ち悪い。でも、これももうすぐ終わり。


 個室から出ると、固のいる卓へと戻ってゆく。


「トゥール?」


 固は目を赤く腫らして戻ってきたトゥールの顔をみて、何があったのだろうと心配してみせる。原因が自分にある事を知らぬまま、近づこうとする。


「触らないでっ!」

「っ!?」


 頭を撫で、次いで抱きしめ介抱しようとした固は、触れる事すら拒まれたことに動揺しピタリと動きを止めてしまう。出会ってから、ここまでハッキリとした拒絶は初めてだったのだから戸惑うのも無理はない。


「固、アンタ、私と一緒に死になさい?」


 ホイップのたっぷりついたフォークを皿から取り上げると、サッと空振りしてホイップを振り落として見せる。ピタピタッとテーブル、地面をホイップで汚すと、少しばかし綺麗になったフォークをまっすぐ固の胸めがけて構えたまま無言で突進する。その時、トゥールの表情は鋭く固の事だけを捕えていた。


「ト、トゥール! どうしたんだよっ!」


 両手でしっかり握られたソレは、間違いなく刺殺する為の凶器。普段から鍛え上げている固はそんな凶器から難なく後方へステップして回避して見せるも、ギリッと睨みつけるトゥールの殺気に恐怖する。


「な、何か俺悪い事しちゃったかな! ごめん、謝るから! 落ち着いてよ!」

「自分が何したかもわかってないのに謝る? はんっ、死んで謝れ!」


 片手で振り上げたフォークは、そのまま固の肩めがけて振り下ろされる。しかしそれすらも難なく躱して見せる固。


「どうしちまったんだよトゥール!」

「ふふ、お前がそれいう? 私の心を、体を、全てを蝕み壊したお前がぁぁ!」


 一筋の涙を流して叫ぶトゥールに、固は選択する。今は逃げるしかないと。


「ご、ごめんよ」


 踵を返すと、トゥールに背を向け一気に駆ける。身体能力の差は歴然で、トゥールが必死に追いかけるもどんどん固の後ろ姿は遠ざかってゆく。


「逃がさない……」


 トゥールはナイフを握ったまま駆ける。集中する、憎い程に嫌いなアイツの居場所はすぐにわかる。魔力に方向性を与えると、水のラインが浮き上がる。どこまでも追いかける水、永遠の水が固の行く先を指し示す。


 逃げる固は困り果てる。突然豹変してしまったトゥールにもだが、どうやらトゥールの魔法が固の足元を濡らし、行き先をしっかりと残してしまうのだ。


「どうしちまったんだよトゥール」


 魔法ギルドのある敷地内に入り、道の外れにある密林地帯に隠れるも。


「何処にいるの? ねぇ、何処にいるのかしら? 出ておいで、良い子だから出ておいで?」


 すぐに追いつかれる。トゥールの狂ったように楽し気な声が固の鼓膜に響く。声が聞こえてくる度に逃げるも、どうやってもこの追尾からは逃れられないようである。


「何とかして……そうだ」


 固は一か所だけ、安全地帯を思いつく。リリィでも入ってこれなかった場所がある事を思いだし、そこへ逃げ込むことを選択する。





「はぁ、はぁ……どうしちまったんだよ一体」


 学生寮の転送機に駆け込むと、固は封印の間をイメージする。途端、視界は密林の中に切り替わる。ここは学生寮地下10階にある封印の間である。


 ゴードンの話しでは存在を知らなければ入る事は不可能との事だった。偶然であれ、固はその偶然という名の幸運を今だけは感謝した。


 木に背を預け、固は考える。トゥールの悲し気な顔、そして頬が歪み負の感情を

爆発させた時の表情を思い出す。固は自らが何かマズイ事をしてしまったのだろうかと思考する。


 本当は先日言っていた体が欲しい、というトゥールの意志に反してパンケーキの食べさせ合いっこという案で妥協したのが余程嫌だったのだろうか。いや、それとも食べさせ方がマズかったか? もしかしてフォークが口の中のどこかを傷つけたか? いや、それとも昨日のデートから不満が溜まっていた?


 どんどん遡って考えてゆく。そもそも、こんなにもモテること自体がおかしかったのではないだろうか? そうなると、やはりと固は結論に至る。


「やっぱり魅了の魔法が発動していた……?」


 しかし、何故トゥールにだけ効いた? いや、リリィもクリュも、もしかするとアッポイも魅了にかかっている? でも、どうして? 魅了が発動しないかどうかと色々とマロックと一緒に試したが、そのような事象は一切起きなかった。リリィもシルバーランクのレンジャーならば魅了などという精神支配の類の魔法はレジスト出来ると言いきっていたのだ。


「もしも、魅了がレンジャーですらレジスト出来ない魔法だったとしたら……?」


 憶測の範囲から脱する事が出来ない。しかし、考えられる事は魅了の魔法しか無かった。


 考えろ。魅了にかかったと推測される女の子達の共通点を。魅了にかかったであろうトゥールが何故、今このタイミングで魅了から脱したのか。





 固は年下の女性が好みである。普段、父親と母親のスパルタ教育のたわものだろう、ハードな日々が普通だと思い込んでいた固。自分も、大人になったら子供に色々教えてあげたいなと思う程には将来像を持ち、それは固の好きな年齢層を年下へと深めていく要因となったのだ。


 年上の世代との会話はそつなくこなし、世渡りは上々な固。そんな固がこの数日間で年下の女の子達との出会い、そして好いてもらえた事に非常に気を良くしていた。疑いながらも、固と友人だけで導き出した解は魅了は発動していないという結論だった、そして固はその解を信じ込み、本当に好かれているのだと信じ切っていた。


 過ち、罪、知らぬが故。狭い世界だけでの解は結果、歪んだ道へと自らを導いたのだ。


「ああ……」


 何故自分は魅了の魔法について、もっと調べようとしなかったのだろうか。何故、学生のみで魅了の調査をしようと思ったのだろうか。本来であれば、専門家、魅了の研究を行っているチャム先生に現状を相談すべきだったはずではないか。


 まだ魅了の魔法と決まった訳ではない、しかし固はほぼ確認してみせる。


「自分より年下の子に魅了がかかっているんだ」


 発動条件はわからない。しかし、固と接触した年下の女の子達だけが自分を好いてくれているのだ。固はほんの少しだけ、こんな現状なのに安堵の息を吐く。


 もしも自分より年下の女の子が沢山いる時間帯に外を出歩いていたら、もしも魅了にかかった女の子が全て、本心とは別の思いで、魅了の力で無理矢理動かされていたとしたら。


 震える。現状、固はトゥール、リリィ、クリュの三人だけが魅了にかかったとみている。アッポイに至っては魔法生物なのでどうなのか判断に困るが、スィーは固に接吻をしたりする事は無かったので今は除外して考える事にした。


「どうしよう、どうしたら……」

「キュゥ、キュゥ」


 気が付いたら、固の隣にピタリとひっついて見せる子犬。白い毛がふわふわしており、その背を撫でると幾分か固の心も落ち着きを戻す。


「お前、炎の門番ケルベロスなんだろう? 森の中は苦手だったんじゃないのかーもふもふー」

「キュゥ、キュゥ」


 嬉しそうな鳴き声を上げる炎の門番を撫で、固はぼんやりと思い至る。


「ああ、お前も名前何かあった方が良いよなぁ? そうだなー、ちっちゃいしチッチッとかどうかな?」

「キュゥ、キュゥ」

「そうかそうかー嬉しいかー。もふもふー」


 固は一切落ち着いていなかった。現状の異常具合に、炎の門番が森の中に居る事の異常性すら見落としているのだ。


「ああ、もうすぐ此処もみつかっちゃうのか」


 顔を伏せ、チッチッの小さな体を抱きしめる。


「キュゥ、キュゥ」


 固には幻聴では無く確かに聞こえて来る。トゥールのヒステリックにも似た固を呼ぶ声が。


「固ぅ? 私を一人にしないでぇぇ? 一緒に逝きましょうぅぅ? あは、あはははははは」


 転送機から見えないように木の陰に体を隠すも、時間の問題である。素直にトゥールの前に出るか、ひたすら逃げるか。固は少し悩んだ末、逃げる事を選択する。




 封印の間、性格は穏やかでかつ、優しい心を宿した魔の獣の住む場所。ただ、決して人とは共存出来ない存在。全てを燃やし尽くしてしまう炎の門番の住む大地へ、固は歩みを進めたのだった。


 数分駆け足で移動し森から離れると、視界の悪い岩場地帯へと辿り着く。ここならば身を隠せると思い、巨大な岩に背を預け一息つくもソレは固の姿をしっかりととらえていた。


「キュゥ、キュゥ」

「ん、どうしたチッチッ? んん? 何かあるのかい?」


 何かを必死に伝えようと鳴くチッチッのサインを受け取り、視線を一周させてみる。すると、岩場の上に一匹の獣が佇んでいた。


「ん、まさかアレって……」

「キュゥ、キュゥ」


 ピョンピョンと跳ねるように岩場を駆けあがるチッチッ。そしてその存在の横に辿り着くと、小さな体を摺り寄せる。


「なんだ、お前の親かよ」

「ギギギ、ギギギ」


 大型犬と同程度のソレは、チッチッの親であろう炎の門番ケルベロスであった。尖った口からは赤い炎が漏れ出ており、鋭い爪は岩を抉りつつ大きな体をしっかりと固定していた。そんな炎の門番は明らかに固を威嚇していた。


「ははは、はははは……チッチッに何も悪い事してませんからーアッーーー!」


 瞬間、危険を察知した固は座っていた場所から飛びのいて見せる。体勢を崩しながらも、先ほどまで座っていた場所を振り返ると炎の門番が吐き出した炎が岩を焦がしていた。


「ま、待って待って! 今それどころじゃアッーーー!」


 前のめりに避けた固は未だ体勢を整える事も許されず、視線を炎の門番へと戻す。


 刹那


 視界にチラリとうつった赤色だけを頼りに、体勢を崩したまま横に飛びのきゴロゴロと回転してみせる。固の居た場所は二度目の炎が大地をも焦がしていた。


 父親との打ち合い特訓を思い出す。これまでのスパルタ教育がなければ反応すらできずに最初の一撃で焼き殺されていただろう。そして父親との敗北を繰り返してなければ、二撃目をここまで必死にぶざまな格好になりつつも避ける事は出来なかっただろう。


「親父ぃ、役に立ったよっ」


 普段の調子が戻って来る。固は決して軟弱な男じゃなかった。それがここ数日、魅了の魔法を得た頃から何かがおかしくなっていたんだと、徐々に気持ちを前向きに修正していく。


「おい炎の門番、俺はお前と争うつもりは一切ないっ!」

「ギギギ、ギギギギギギ」


 立ち上がると、指を指し宣言してみせるも人間の言語が伝わるはずも無く。


「ギギギ、ゴウッ」


 再び容赦なく吐き出される炎。線上に吐かれるソレを再び躱して見せると、固は安全地帯といわれた森へと走り出す。トゥールに謝ろう、そして罪は償おう。


 だから、今はトゥールがいるであろう森へ一心に駆ける。炎の門番を撒いて、生き延びて、そして全て一からやり直そうと。


 岩場地帯を抜けると森まで数十メートル程の平原が広がっている。遮蔽物がないココさえ乗り越えれば、後は何とでもなる。しかし炎の門番の足は想像以上に早く、丁度平原の中央付近を駆けていると固の頭上が陰る。


「はは、はは……ひとっとびってか」


 加速した炎の門番は固の頭上を越え、正面にその姿を現したのだ。


「やるしかない、のかな……」


 装備もない状態で固は構えてみせる。ギギギと歯をすり合わせながら声をあげる炎の門番と対峙した状態に、固の神経は徐々に擦り減ってゆく。ただでさえトゥールとの出来事で気を病んでいたのに、立て続けに生死に関わる事案の発生ときたのだ。それも、今回は本気で生きて戻れない可能性が高い案件だ。


 炎の対処手段を考える。全身を魔力の膜で覆い、冷却の方向性を与えるという発想。これならば多少は無理して体を焦がしながらも駆け抜けれるかもしれない。


 これしか今の固には考え付かず、魔力の膜で体を覆ってみせる。タイミングは炎を吐き出した瞬間にダッシュだ。あのツメで抉られるよりかはマシだろうと、そう思いたい固だった。


「ギギギギギ」


 口から炎が漏れ出し、いざ吐き出そうとした瞬間、固とトゥールしか居ない筈のこの空間に別の声が響き渡る。


「そこまでですわっ」


 バババッと固と炎の門番の睨みあう真ん中の大地に突き刺さる三本の短剣。投擲用のソレには札が巻き付けられていた。


 声の主、リリィは叫ぶ。


「ライトッ!」


 私生活で使われる魔法を込めた短剣は発光してみせる、それと同時に札が焼失する。うっ、と声をあげる固の隣にリリィは移動すると、固の腕を引いて退避行動をとる。


「リ、リリィ?」

「間に合って良かった、そして……会いたかった!」


 こんな非常事態にも関わらず抱き付いて来るリリィに、固は神妙な気持ちに陥る。この子も、きっと魅了の魔法のせいでこうなってしまったんだと。


「リリィ、実は俺……」

「固、今は無駄話をしてる暇はありませんわ? 目くらましなんて獣には少ししか効果がありませんもの」


 正面をみると、既に視界を復活させたのかしっかりと固の姿を捕えている炎の門番が居た。


「急ぎでしたので、この服を盾にする事くらいしか出来ませんの。一気に行きますわよ?」

「お、ぉぅ」


 固はリリィの言葉の意味を理解する。隣で浴衣を脱ぎ捨てるリリィの体を直視できなかったが、代わりに正面にある安全地帯だけをまっすぐに捕えてみせる。


「では固、行きますわよっ!」


 掛け声と共に走り出す二人。同時に、ゴウッと炎の渦が正面に襲い掛かるも、リリィが石を込めた自らの浴衣を正面に投げ入れる。炎の渦は浴衣と接触した瞬間、ボウッと燃え盛り火柱をあげる。そんな炎の柱の間を縫うように駆け抜ける二人。


「急いで」


 すれ違いざま、炎の門番の瞳がギロリと固を捕える。炎の門番は炎を吐く口を閉じると、ゆっくりと背を向けて走る固を見据える。心優しき魔の獣はこのまま固を逃がすわけにはいかなかった。獣は思う、背後から焼き殺す事を許してほしいと、そして森さえも燃やしつくしてしまう事さえもいとわず、炎の門番は口を開く。


「ギギギギギ」

「固! こっち、早く! 早く!」


 正面にはクリュの姿があり、森の中から全身を使って手招きをしていた。二人を招くクリュも魅了のせいでこんな場所まで……と心を痛める固。しかし、クリュの表情が凍り付き、一歩、一歩前進を始める。そして。


「やだぁぁぁ!」


 クリュは駆け出す。二人の背後から炎が一直線に伸びるのを確かに見た。後少し、後少しで逃げ切れるのに、固が死んじゃうのは嫌だ。そう、思ったクリュの体は自然と動いていた。


「クリュ!?」


 二人とすれ違い、背後に立って両腕を前に突き出すクリュ。


 瞬間、二人の背後で炎が炸裂する。火柱を上げ、冷却を使っているにもかかわらず全身にジワリと熱風が伝わる。


 振り向き、クリュを確認すると彼女はその場で炎を受けきり、持ちこたえていた。


「私は大丈夫、早く奥へ」

「お、おぅ」


 三人は揃って前へ進もうとする。しかし固は見てしまう。


「お、おいクリュ! その両腕……」

「大丈夫、キッチンミトンは炎の耐性抜群」


 グッと親指を立ててみせるクリュ。しかし、その両腕につけていただろうキッチンミトンは焼け落ち、クリュの両腕には大きな焼け跡を残していたのだ。


「そんなっ、お前……その腕……」

「良いの、固の為なら私、何だってできるもん」


 思わず両腕に出来た大きな火傷の跡に、足を止めてしまった。しかし、密林地帯に入ったからといって気を抜いたのが仇となる。


「ギギギギギ」

「なっ、なんでだよ!?」


 後少しで転送機だというのに、炎の門番は森の中まで固達を追ってきたのだ。


「ギギギギギ」


 口から漏れる炎が、周辺にある木に燃えうつりチリチリと音をたてながら火は広がってゆく。前にも後ろにも逃げる事が出来ず、三人は身を寄せ合う事しか出来なかった。


「ギギギ」


 終わった、そう固は思った。リリィもクリュも、固を守り切れなかった自分の非力さを一瞬嘆く。が、もう一つの叫び声が三人に響く。


「あんた達っ、全力で走りなさいっ!」

「ギギギギギ」


 同時だった、炎の門番が炎を一線に吐き出す。正面から迫って来る熱風、そして炎の塊。それに突っ込むように三人は駆け出す。


 まるで自殺行為、だが迫り来る炎が三人を捕える前にソレは降り注がれる。頭上が陰ったかと思えば、水の塊が三人を包み込んだのである。


「早くっ!」


 二度目のすれ違いざま、炎の門番はしっかりと固を睨みつけていた。ビショ濡れになりながら、三人は無事、転送機を潜り抜ける事が出来た。


「だらぁぁぁあぶしっ」


 勢いよく通り抜けた先は学生寮の廊下だった。そして、必死に駆け込んだ結果、勢い余ってそのまま壁へと固だけが顔から突っ込んだのだった。


「本当はアンタなんて助けたくなかった、なかったけど……このままじゃいけないもの」


 そんな固をみながらトゥールは悲し気な声色で意識が途絶えてゆく固の頭を撫でるのだった。


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