14
クリュはパンの食べ合いっこと称して咥えたパンをしこたま固の口の中にねじ込むと、仕事があるのでと332号という名の工房へ戻っていった。同じくリリィも用事があると固と居る事を断念して、しぶしぶ何処かへ出かけてしまった。
「何だか急に静かになったね」
「ウー、ウー」
「そうね……やっと固と二人きり」
「アッポイもいるけどね?」
「ウー、ウー」
「ふふ、私、気にしないわ」
やっと二人きりになり、静かに二人は唇を重ねる。しかしそれ以上の発展は無く、お互い気恥ずかしそうに見つめ合うだけである。
「そ、そうだ。商業区に行こう?」
「この時間帯はまだどこも準備中だと思うわよ?」
「そ、それじゃあ……」
「固、私固の魔法も見てみたいわ」
「ん? ああ、お安い御用さ」
二人は手を繋ぐと、昨日と同じ広場へと移動する。広場と言っても、学生寮と魔法ギルドを繋ぐ道中なのだが、思いついたら試し撃ちせよとばかりに道の外れには砂場や密林、崖や滝などなんでもありな空間が広がっていた。
ただし、道の隅に行かない限り視覚情報としてそれらの空間は入って来ず、綺麗な並木道となってみえている。闇雲に道を外れると非常に危険な場所なのだが、皆事前に説明を受けている為誤って道の外へ出る生徒は居なかった。
固とトゥールも例外なく、道のすみまで移動すると立ち止まった。すると、昨日と同じく正面には砂場、背後には木々が生い茂る場所が視界にうつる。
「温度魔法って、どんな事が出来るの?」
「例えば、俺の手を握ってみて」
正面に向き合い、手を差し伸べる固。トゥールは照れながらその手を掴もうとすると、小さな悲鳴をあげる。
「きゃっ、冷たい!」
「どう? 驚いた? これが基本的な温度魔法の一つ、冷却さ。逆に熱くするのは加熱、そしてコレを応用すれば」
手を前に突き出すと、一本の木に向かって魔力を放出してみせる固。瞬間、ボウッと球体状の魔力の塊が冷気を発しながら木に衝突する。
「わっ、凄いわ固!」
魔力は純粋な力の塊であり、木だって折る事が出来るのだ。しかし、生命力と直結している為に、木を折る程の魔力を燃費するには骨が折れる訳だ。
しかし、今の様に火力が出ない分、別の方向性を練り込んだ魔力となると別である。
「こうやって、温度という一つの方向性を魔力に練り込ませると、木を折るだけの魔力を消耗するよりもずっと効率的に相手を牽制できるわけさ」
うんうん、とトゥールは頷いて見せる。固の放った冷却球は木の破壊とまではいかなかったが、代わりに衝突面の一部が氷りついていた。
「逆に一定の温度以上の方向性を練り込ませれば、相手を炎上させる加熱球も作れる訳さ。別に魔力という名の力、衝撃に頼るだけが魔法じゃないって訳」
「凄いわ固、私の魔法なんかよりよっぽど凄い!」
「んー、そんな事はないよ? トゥールの魔法だって凄いさ。研究室を見て回った感じ、特定の場所に水を生成する魔法を研究しているところは無かったしね? 見学出来てない高位の研究室で研究されてる魔法かもしれないよ!」
「そ、そんな。でも、何かの役に立てば良いな……」
「うん、俺もトゥールの魔法応援してるよ」
「ありがとう」
そんな微笑ましい光景を鋭い眼差しが観察を続ける。
「もぅ、私という者がありながら、固ったら」
「本当です、私だけを見てくれればいいのに」
「気になって来てみれば、先客がこんなにも」
「「貴女誰??」」
「そういう貴女達は?」
「私はリリーチェ」
「私はクリュ」
「そう、私はスィーピンよ」
お互いに顔を確認すると、興味を失くしたのか再び陰に隠れて固とトゥールの姿を観察する。
「貴女、ただ者じゃないわね? 私の隠密に割り込んでくるなんて」
「そういう貴女こそ、レンジャーかしら? 何故こんな真似をしてるのかしらね?」
「二人共、固が動いた」
「尾行しながら話しましょうか」
「乗った」
リリィとスィーは握手を交わし、隠密行動を続行する。クリュはそんな二人の隠密行動に必死についてまわるのだった。
「はぁ、はぁ……二人共、木登り得意? 早いです」
「レンジャーなら基本技術の一つですわよ?」
「クリュ、君のその華奢な体に秘められた体力には驚きを隠せないよ。私の研究室に是非、入らないかい?」
「私、パン職人。だから魔法は学ぶつもりは無い」
「そう、残念だわ」
「黙って二人共、固が店の中に入っていくわ」
商業区にある植木の上から二人を観察する三人。先程と違う点といえば、手を怪我しないようにと、クリュはキッチンミトンを装備しているくらいか。
「それにしても、私は気になるの。あの固って子が」
「ん、私だって気になりますわ?」
「私も」
「そういう意味じゃないわ二人共。私はアッポイから異常な魔力を感知しているの、固を好きになったというべきかしら?」
「私が一番愛しているわ」
「私も」
「だーかーら、そういう意味じゃないの。別段、あの固って子が私のタイプでも、一目惚れをした訳でもないの。なのに、こんなにも私の心に反して惹かれる感じ、異常なのよ」
「固が好きじゃないなら、私達に譲ってくださいまし。流石に四人は多すぎだと思っていたところよ」
「私も同意」
ため息をつき、二人に向き合って話し出すスィー。
「そうじゃないの、そうじゃないのよ。おかしいと思わないの貴方達は? あんな特に特徴のない子があんなにもモテるなんて、変でしょう? それにリリィ、貴女は貴族の出よね? 貴族かつレンジャー、そして金髪の少女で可愛らしい。そんな貴女が固に惚れるなんて考えにくいわ」
「失礼ね。私だって恋をする自由はあるわ」
「本当にそうかしら? 正直なところ、私だって異常に固が気になるわ。でも、異常なの。心の奥底から好きだと思える半面、それと同じくらいに心の底から気持ち悪い、吐き気が沸き上がって来るの。今だってそう、なんでこんな事をわざわざしているんだってね」
「どういう意味よ」
訳が分からないとばかりに、スィーの顔を睨みつけるリリィ。
刹那
「ひゃ、やってくれたわね」
「痛いです」
「ごめんね貴女達、少し拘束させてもらうわ」
シルバークラスのレンジャーだというにも関わらず、それを縄術で拘束してみせるスィー。
「ごめんなさいね。私も含めて、一度研究室に軟禁させてもらうわ」
「説明くらいしてくれるでしょうね?」
「説明、欲しい」
「何てことは無いわ。私達は彼の、固の魅了にかかっている可能性があるってだけよ」
そんなバカな事があるかとリリィは思う。抗精神魔法は既に単位を取得しているのだ、こっそりと何度か魔法抵抗を試みるも、何も異変が無かった為、固を愛おしく感じる感情は、間違いなく本心から湧き上がる物だと確信していた。
「レジストが出来なかったから本物の愛だと思っているのかしらね? でもね、知っておいて。貴女達よりも中途半端に魅了されたでしょう私が今、どんな気持ちなのか」
瞳に涙の粒を浮かべながら、スィーは二人を担いで研究室へと戻る。
「そう、これは放っておけない事なのよ……」




