13
固にリリィが迫っている頃、魔法生物・カボチャのアッポイを通じて嫌悪感を抱くスィーピンが研究室の中、悶えていた。
「何故なのだろう、アッポイから……何故」
彼女は魔法ギルドで成果を上げ、自らの専用の研究室を持っている。よって、今この部屋に居るのは彼女のみである。入り口には鍵をしめてあり、誰も居ない空間で身をよじらせ自問自答をする。
「決して私は初対面の男に惚れる事は無い。ああ、勿論だ。これまでこんな事は一度も無かったのだから。なのに何故、アッポイを通じてこんなにも切なくなるのだ」
腰は砕け、立っている事もままならず一人愚痴る。魔法の才も、格闘センスも群を抜いている彼女は親しい友と呼べる存在はいない。基本的に彼女の性格が問題なのだが、スィーピンは自覚していない。自らが異端児だという事を。
「でも待てよ、この私が踏ん張らなければ抑えつけれない程の男はこれまでにいただろうか? いや、居なかった。本当に惚れたとでもいうのか?」
自問自答の到着点。それはあの生徒に自分が惚れたという事である。だが、それでもまだスィーピンには納得がいなかった。ここから先は声には出さず、胸中で呟く。
『気持ち悪い』
嫌悪感を隠す為、彼女は再び暗闇の中一糸纏わぬ姿で体をよじるのであった。
そんな事も知らず、固はリリィに襲われるがままになっていた。
「んーーー!」
「ふふっ、ファーストキスはスパイス味だったわ」
「ぷはっ、ちょっと! リリィさん……」
何をするんですか、と言おうとするもそのまま330号にあるリリィのベッドに押し倒されてしまう固。
「ねぇ、なんで私の服装が浴衣かご存知?」
「唐突ですね」
浴衣という服装は身軽で、可愛く見える事から一部の男女に人気はあるのだが、いかんせん露出度が高かったり、身を守るうえではあまりにも軟な素材で出来ていた。そんな浴衣を着こなす金髪少女リリィは、自慢げに応えてみせる。
「この服装は私の所属する研究室の修行服なのですわ。ああ、ここ(魔法ギルド)とは違って単位制ですけどね」
「そ、そうなんですか」
「そうなんですわ。そして、浴衣とはとても神経を使うのです」
「何故、でしょうか?」
「よくぞ聞いてくれましたわ」
再び迫り来る顔が離れ、立ち上がってみせるリリィ。解放されたとばかりに体を起こす固の視線の先でリリィは浴衣の裾をたくしあげてみせる。
「この浴衣は膝よりも少し高め、要するに不用意に動くと下着が見えてしまう程の丈しか無いんですわ。だからこうしてみると」
チラリ、と何か見えそうで見えない絶妙なラインで裾を摘まむ腕は止まる。
「どうでしょうか?」
「どうって、み、みえちゃうよリリィ」
「でしょう? でも見えない。これがこの服装での鍛錬。決して乙女の花園は覗かせないってのが日々の鍛錬になるんですわ」
「へ、へぇ……」
「ちなみに私、今何も履いてませんわ」
「ぶはっ」
再び近づいて来るリリィを前に、ベッドの上で後ずさりする固。そんな固に容赦なく飛び乗ると、マウントポジションをキープしてみせる。
「それでは固、いつでも良いですわ」
「良いって何が!」
「ふふ、わかってるくせに」
「ウー、ウー」
顔が近づき唇同士が交わされようとするも、間に割って入ったアッポイがそれを阻止してみせる。
「アッポイさん、邪魔しないでくれますか?」
「ウー、ウー」
リリィとアッポイが睨めっこをしたかと思うと、今度はアッポイが振り向く。そのまま、口の形にくりぬかれた部分が固の唇を覆ってみせる。
「あふっ!?」
「ウー、ウー」
口を覆われた固は、アッポイの口と思われる場所から少量の魔力を流し込まれる。
「ケホケホッ、アッポイ……さん?」
「ウー、ウー」
ピンク色に発光してみせたアッポイは空中に舞い上がると、顔を背けて部屋の端っこにいってしまう。
「もう邪魔者はいなくなりましたわ、続きをしましょう固」
「い、いやぁぁ」
思わずか弱そうな悲鳴をあげてしまう。それと同時に、横付けされていた固のベッドからバサリとシーツが舞い上がる。
「おかえりなさい、固。パンにする? 私にする?」
小さな体が背後から覆いかぶさり、細腕でしっかりと体をホールドされてしまう固。聞き覚えのある声に、名を呼んで確認する。
「クリュ……ちゃん?」
「はい、クリュです。んんっ」
「んーーー!」
無理矢理首をひねられ、苦しい体勢のまま唇を奪われる固。
「うぅ、辛い……」
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて!」
「貴女、固の何なのかしら?」
「そういう貴女こそ誰? トゥール以外は認めてない」
「図々しい子ね、まぁいいわ。私はリリ―チェ、固は私のですわよ?」
「リリーチェ……私はクリュ。固のファーストキスは私が貰ったから、リリーチェは三番目」
「くっ、本当なのですか固!」
「え、ええとその、本当です」
「くぅぅ、固続きをしましょう!」
「んーーー!」
今度は正面に無理矢理顔を掴み戻されると、再び固は玩具の様に好き勝手にやられていく。
「固、お口辛い。フレッシュして」
「ぷはっ、そ、そうだよリリィ。先にフレッシュしよ? な? なぁ?」
「……そうですわね。そのままも味があっても良かったのですがこのままって訳にもいきませんわね」
そういってみせると、フレッシュの魔法を行使する二人。途端、口内の中にある食べカスや汚れが瞬時に消えていく。魔力を口の中で循環させるフレッシュという魔法は、生物なら誰だって行使できる日常魔法の一つなのである。
「ふふ、じゃあ続きを」
手を抜く事を知らないのか、リリィはまだ足りないとばかりに固に迫り寄る。が、それもここで終わりとなる。
「固ぅ、固ぅぅぅ、置いてかないでぇぇ、一人にしないでぇぇ」
泣きながら部屋に戻ってきたトゥールが勢いよく横から固の体に突進してみせた。そしてフレッシュの魔法を行使したばかりの口の中に再びカレーの味が流れ込むのであった。
「はぁ、やっと落ち着いた……それで何でクリュがここに?」
泣きながら固に抱き付くトゥールをあやし終え、やっと本題にうつる固達。そう、クリュが固のベッドの中で眠っていた件についてである。
「私、朝早い。この時間帯に寝ないと、パン作りに支障が出る。でも固ともっと会いたかったから、睡眠はここで取ることにした」
「パン作りはどうするんですの?」
とはリリィ。それに対して親指を立て合図を送るクリュ。
「問題ないの。隣に作業ブースを用意してもらった。お金も大丈夫、おかげさまで儲かってるから」
バンッと外に出ると隣の部屋、鍵のかかっていない332号の中を覗いてみる。そこにはパン作りに必要な器材などが揃っていた。
「ハッカさん、とても優しい。これで固と沢山一緒」
「はぁ、貴女の本気具合はわかりましたわ。それにしても固、貴方は相当モテるようですわね」
「固はカッコいいからしょうがないの! でも、私だけの固なの!」
「クリュも固が良い。だからずっと一緒」
「ウー、ウー」
固の意志に反して、勝手に納得してゆく女性陣。結局、トゥールとリリィの二人に挟まれながら就寝したのだが、早朝に再びパンの食べ合い合戦が始まり苦労する固だった。
そして翌日、トゥールと固は二人っきりで商業区まで出かけるのであった。




