12
固は強気な金髪娘、リリーチェことリリィとトゥールに挟まれたまま会話を続けていると、固のお腹から可愛らしい音が部屋の中に鳴り響く。
「あら、固。お腹空いた?」
「少し早いですが食事にしましょうか」
トゥールとリリィはそれぞれ固の腹の音を食事時間だと解釈すると、立ち上がってみせる。
「学食に行きましょう?」
「いいえ、今日は私がスペシャルなディナーを用意いたしますわ!」
「リリィさん、ここでは学食で事足りるわよ?」
「私が折角用意して差上げると言うのに、断るおつもりで?」
「貴女だけに良い格好はさせれませんので、ねっ固、学食に行きましょう」
「スペシャルなディナーに行きましょう、固?」
両サイドから腕を引っ張られる固。そして固は思う、トゥールさん昨日は学食いかずにパン食べに行きましたよね、と。
「ちょ、ちょっと一人にさせてくれー!」
二人の腕を振りほどくと、固は無我夢中で部屋から抜け出す。そしてそのまま転送機に入って移動をする。
「はぁ、はぁ、はぁ……ハァー! やっと解放された!」
名一杯伸びをしてから、スグ近くにある木に腰掛ける。固は逃げ場所として封印の間へと移動していたのだ。
「ゴードンさんにまた怒られちゃうかなぁ……まぁ、平原の方へ近づかなければ大丈夫だよね?」
「な訳あるかバカ者っ」
いでっ、と声をあげ頭をさすりながら横を確認すると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
「ゴードンから連絡を受けていてな、念の為にと巡回しておいて正解だったわ。貴方バカなの? 餌になりたいの? ここは魔の獣を封印する間よ、わかっているの?」
「え、ええと、その」
「良い? 魔の獣は危険なのよ? それもここ地下10階より深層にいる魔の者達は全て例外なく勇者ですら手を焼く存在なの。だからこそ、こうやって仮想空間に閉じ込めているのに、私達の苦労がわからないのかしらこのおバカさんは!」
「うぅ、すみません」
唐突に現れ説教をはじめる女性を前に、いつのまにか正座をして首を垂れる。
「まぁ良いわ、顔をあげなさい。私はラッチェ、おバカなお兄さんは固さんで間違いないわよね?」
「そ、そうです」
「そう。まぁこの森の中にいれば炎の門番は入ってこないから安心よ、何処かの誰かさんのせいで巡回とかいうとてつもなく暇な当番をする羽目になったんだから、少しは付き合いなさい」
「は、はい」
ラッチェは固の隣に腰掛けると、少しだけよと言い加えて話し出す。
「何故、炎の門番が森の中に入ってこないか知ってる?」
「いえ、知りません」
「うんうん、知らないか。では私が教えてあげるわ、あいつらは気が高ぶったり、攻撃をする際は必ず口から火を吐く獣なの。火への耐性も高くて、柔らかな毛も斬撃を通さないオマケつき。そんな炎の門番も、森には近づかない」
「何故ですか?」
「炎の門番は自らの不注意で森を焼き払ってしまうからよ。根は良い獣なの、でも意に反して物が密集している場所などではそれら全てを焼き払ってしまうの。誤炎でね。彼らはそういう経験を心に刻んで来たから、森には決して近寄らない」
「あれ、結構良い奴なんじゃないですか、炎の門番って」
固はそう思う。自らの行動を理解し、それを御する為の手段にそもそも近づかないという行動を選択する獣なのだ。さんざん危険そうに脅されたものの、これなら思っていたより安全な獣だと思う固だった。
「ふふ、そうなのよ。良い獣故に、知らない事に対しては純粋に疑問を抱く事無く行動してしまうの。さて、炎の門番が人里に紛れ込んだ場合、どうなるでしょう?」
「どうなるって、ん?」
「なんで人里に紛れ込むのかって疑問かしら? 愚問ね、魔の獣にとって人里は自然にある森とは全く別物の認識なのよ。だからこそあいつらは危険なの」
「まさか、人里に紛れ込むと……」
「想像の通りよ。バーッと町を焼き払って無に戻してしまうの。人里を焼き払ったところで、炎の門番は何とも思わない。何しろあいつらにとって何も損な事は無いのだから」
「……」
「そんな燃えゆく町、都を背景に何事も無かったかのようにたたずむ姿を目撃されて、あの魔の獣は炎の門番って訳。どう、勉強になったでしょう?」
「はい」
固は気が重くなる。魔の獣は危険だという事を耳にする事はあるが、こんな具体的な話しを聞くのは初耳だった。
「どう? 興味が湧いたかしら? 魔の獣を封じる為、その名の由縁を調べたり、特性を利用した空間を作り上げるのが私の所属する封印研究室よ。少しでも興味が湧いたなら、いつでもうちに加入するといいわ」
どうやらラッチェなりの勧誘活動だったらしい。
「もう転送機のリチャージもとっくに終わってるわね、固君の保護も無事終えた事だし私も研究室に報告上げてゆっくりさせてもらうわ」
「ご迷惑をかけたようですいません」
「本当にそれよ? 私達だっていつでも駆けつけれる訳じゃないんだからね? まぁ良いわ、さっきの説明でこの封印の間での活動方法は理解できたわよね?」
「え、ああ、はい」
「よろしい、固君は部外者だけど特別にここへの出入りを許してあげるわ。ただし軽率な行動による死には責任もてませんからね? くれぐれも先ほどの話し、森の中は安全だという事は忘れないようにね」
「あ、ありがとうございます!」
「じゃあね、私は先に戻るわ」
何故だろうか、固は先ほどまで会話をしていた相手、それも一度頭を叩かれた相手の容姿、声色を思い出すことが出来なかった。
「はっ!」
反射的に立ち上がると、そこは森の中。目の前には転送機がある。
「あ、あれ? 寝ちゃってたのかな……」
お腹がクゥと鳴り、そういえば夕食時だった事を思いだす。ラッツェとの会話を思い出す事も無いまま、固は学食へと足を運ぶのだった。
「固ぅ、固ぅー、私を捨てないでぇうぇぇん」
「私達を放って何処かに行くなんて、あんまりですわ固。でも、私ですら探し当てれなかったのは不覚でしたわ。次からは逃がしませんわよ?」
泣きながら抱き付いて来るトゥールと、腕を組み頬を膨らませながら話しかけて来るリリィ。そんな固は学食で再び注目の的となる。
「ご、ごめんよ二人共。と、とにかく何か食べよう? 座って落ちつこ?」
「ウー、ウー」
「お、おおアッポイ。そうだよね、落ち着こう」
「ウー、ウー」
どこからかやってきたアッポイが固の頭上にポフンッと着地してみせると、ギャラリー達はザザザッと一気に引いていった。
「良いですわ、それでは私はこのAセットに」
「うぅ、私を捨てないでぇぇ」
「わ、わかったから! 俺もAセットで」
「ぅぅぅ、私も同じのにするぅ」
トレーにのった野菜たっぷりのカレーを受け取り、空いてる席に適当に腰掛ける三人。
「それにしても、そのカボチャはなんですの?」
「こいつはアッポイっていうんだ。スィーの作った魔法生物らしい」
「辛ひ……」
「そうですの。ずっと331号の中でフワフワ浮いてて何かと思いましたわ」
「ごめんごめん、つい真上に浮遊されると存在忘れちゃって」
「ウー、ウー」
「お水ぅ、ひぃ」
「そういえばリリィはレンジャーなんだよね? なんで魔法ギルドに?」
「最近魔王が動いたって報告があってね? それだけ聞いても平和ボケしている一般市民には実感がないでしょうけど、私達のクラスになってくると事が事なのよ」
「魔王が動いたって?」
「うーいたひぃ」
「ウーウー」
頬杖をついてめんどくさそうにリリィは説明を始める。
「ギルドってのはね、何も悪い事を企てる人間相手の抑制組織じゃないのは知っているわよね? 魔の獣を退ける術を、そして少しでも人類が蹂躙されないように回避の術を得るための研究、特訓機関。人類の最終目標は魔王から身を守れる術を手に入れる事だけどね、そんな悠長な事を言えなくなったようなのよ」
水の入ったピッチャーを手に取り、リリィは自らのコップに注ぐ。カランカランッと氷のこすれあう音が鳴り、ピッチャーの中身が空になる。
「うーお水ぅ、ないぃ!?」
「それでね、魔王との抗争が発生した場合、例外なくギルド員は皆矢表に立たされる訳。そんな訳で、極力最悪のケースを回避する為に皆情報のやりとりを必死にしている訳」
「お、俺も戦闘に参加する事になるのかな?」
「ええ、勿論。でも私が命を賭けて固を守ってみせるわ」
「わっ、わわわ、私も固を守る!」
二人が突然、固を守ると公言しだし慌ててみせる固。
「いやいやいや、お、俺が二人を守るからさ!」
「ふふ、流石固ですわ、私の見込んだ男」
「あ、あわわわ、恥かしいです」
「ウー、ウー」
「ああ、アッポイも守ってやるからな」
「ウー、ウー」
「そ、そうだトゥール。誕生日に何か欲しい物はある?」
何て恥かしい事を言ってしまったんだと今更ながら思い、固は話題をトゥールの誕生日に向ける。
「そうね……そう、ね……固の……欲しいかな」
「トゥールさん? こんな場所でよくそんな事言えましてね!」
「い、良いじゃない! 私が最初だもん!」
「えっと、何が欲しいって言ったのかな?」
「固。トゥールは貴方の体が欲しいと言ったのよ。しっかり応えてあげなさい」
「え、ええ!?」
「恥かしいです……」
「えっと、そうだ! 明日買い物しよう? どうせ自習なんだし、そこで何かプレゼントするよ!」
「羨ましいですわ……まぁ、ここは譲ってあげましょう」
「ウー、ウー」
小さく嬉しい、とつぶやくトゥール。しかしトゥールの皿にはまだ半分以上カレーが残っている。そんな事関係ないとばかりに、リリィはご馳走様と言い固の腕を掴み立ち上がらせる。
「それじゃトゥール、ごゆっくりお食事を楽しんでらして。私は先に固と部屋に戻りますので」
「「ふぇ?」」
変な声を上げる固とトゥール。そんな二人の意を気にせず、リリィは固を引っ張って自室へと戻っていくのだった。
「なんで、私と固に譲ってくれるんじゃなかったのぉぉぉ」
辛い野菜カレーを前に、天を仰ぎ叫ぶトゥールであった。
「な、なぁリリィ? トゥールを置いてきちゃったんだけど……」
「良いのですわ。それより固、やっぱり私はトゥールに先を越されるのは嫌ですの。だから……」




